前々回→【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その1)
前回→【そこそこ徹底ゲーム考察】『ペルソナ2 罪/罰』(その2)
新味を与えようと色々な要素が加わった結果、面白さの軸がポールシフトしてしまうのは映画でもゲームでも続編の宿命だ。比較的シンプルなユング心理学ものだった『女神異聞録ペルソナ』と違って『罪罰』はユング心理学を中核にいくつもの要素が加えられた。大きなものとしては次の三つの要素が上げられるだろう。一つは物語の装飾としてのオカルト的に解釈された古代マヤ文明で、もう一つは時代背景としてのノストラダムスの大予言的な終末論、そしてそれらを結びつける物語の柱としての霊性進化論/理想世界の追求である。
とにかくとっ散らかって読解困難な『罪罰』なので、迷わないようにその三つの流れを手がかりに『罪罰』の諸要素を紐解いていこう。以下、事典的に五十音順で書いていくので読んでる人は各自勝手に活用したりしなかったりしてください。
アドルフ・ヒトラー
ヒトラー率いるラストバタリオンの突然の襲来は間違いなく『罪』最大のええっ! ポイントだと思われるが(ニャルラトホテプに完敗なラストは「えぇ…」なので別枠)、『妖獣都市』的な伝記ハードボイルドの枠組みに古史古伝をはめ込んだ『デビルサマナー』に続いて70年代以降のオカルトブームの折りに大量刊行された石石混交のトンデモ本群から広くネタを採取した『罪』なので、その物語にヒトラー生存説が組み込まれるのはええっ! でもなんでもなく当然のことだったのかもしれない。
死亡を直接確認したソ連が長らく詳細な情報を開示しなかったことに由来するヒトラー生存説は今でもよくバカ映画なんかのネタにされるが、『罪』のヒトラー生存説はこうしたジョーク化されたものとは性質を異にする。おそらく次の二冊はそのインパクトからいって『罪』のヒトラー生存説に大きな影響を与えただろう。
ひとつは武闘派ジャーナリスト(?)落合信彦が1980年に発表した『20世紀最後の真実』で、南米に逃れたナチの残党を追っていた落合が次第にヒトラー生存説とナチの残党UFOに乗ってる説という壮大かつアホみたいなナチ陰謀論の領域に踏み込んでいく様をハードボイルド小説調に綴ったこの本は、ルポルタージュとして売り出されたことからヒトラー生存説に一定のリアリティを付与しつつ、日本においてはナチズムと現代オカルトの接合点となった。
もうひとつはその『20世紀最後の真実』の評判を受けて、五島勉のベストセラー『ノストラダムスの大予言』と同じ祥伝社ノン・ブックの一冊として出版された、ある意味70~80年代オカルトブームの総決算のような川尻徹の『滅亡のシナリオ』だ。
著者こそ別人名義だがこの二冊は共に週刊プレイボーイの連載の書籍化で、なにせ『滅亡のシナリオ』は『20世紀最後の真実』の新解釈(?)として、落合は南米で生存していたエヴァ・ブラウン(もうみんな生きているのである)と会っていた! という衝撃的な与太話からヒトラー生存説を展開していくので姉妹編のようなものだが、『20世紀最後の真実』を超える奇想と刺激を求める編集部と読者の要望に応える形で書かれた(と思われる)妄言のすごさは『20世紀最後の真実』の比ではない。
なんとヒトラーはただ影武者を3人ぐらい使って先の大戦を生き延びていただけではなく、ノストラダムスの大予言に従って意図的に第二次世界大戦を引き起こしており、現在は南極のUFO基地でラストバタリオンと共にノストラダムスが予言した1999年の破局に備え、破局後の地上にナチス千年王国を築くべくUFOで地球を離脱する準備に入ったというのだ…。
終末予言詩を現実化しようとする秘密結社のアイデアといいUFOを使った終末回避のアイデアといい、これはもうほとんどそのまま『罪』のラストバタリオン&ヒトラーだから、『罪』のメイン種本と言っていいだろう。『罪罰』で雑誌記者の天野舞耶が籍を置いているのは「月刊クーレスト」編集部だったが、オリジナルは1985年の『滅亡のシナリオ』が1995年の地下鉄サリン事件後に「麻原彰晃が読んでいた!」という全力で不謹慎なキャッチコピーを纏って復刊された際の版元はクレスト社なのだった(ちなみに現在はオウムの後継団体アーレフを脱退しひかりの輪を率いる元オウム幹部信者の上祐史浩は自身の団体総括の中で麻原が『滅亡のシナリオ』の影響を受けた説を支持している)
アドルフ・ヒトラーその人の話でいえば、中二なら誰でも超かっこいい名前だけ知っているユダヤ陰謀論『シオン賢者の議定書(プロトコル)』を、当時これが偽書であることは既に知れ渡っていたにも関わらず党パンフレットに組み込みホロコースト正当化の根拠にまでしてしまった史上最悪の中二であることが『罪』読解の上では重要だが、ヒトラーが『議定書』を知った経緯も因果が深い。なんでも現在では反ユダヤを標榜するオカルト団体・新聖堂騎士団(新テンプル騎士団)が発行するオカルト雑誌『オスタラ』を読んだことが『議定書』とヒトラーの最初の出会いだったと推定されているらしいのだ(『オウム真理教の精神史』p.150参照)
政治的偽書の『議定書』をオカルト領域で延命させた『オスタラ』からユダヤ陰謀論を受け取った(かもしれない)ヒトラー、そのヒトラーをオカルト陰謀論の領域で現代に蘇らせた『滅亡のシナリオ』からノストラダムス終末論と救済の可能性を受け取った(かもしれない)麻原、その麻原の引き起こした大惨事を背景として(里見直によって)書かれた『イン・ラケチ』から破局を伴う霊性進化論を受け取ったジョーカーは、こうして因果の糸で結ばれるのである。
イン・ラケチ
In lak’echと書く。マヤ暦研究家・マヤ神秘家の高橋徹は『古代マヤ文明が日本を進化させた!』の中でこれを「私はもうひとりのあなた自身である」と訳し、古代マヤ人の意識の在りようを象徴する言葉として紹介している。
マヤ語の多くは、このような二元的、双方向的な意味を一語で表わす。哲学的に言えば、古代マヤ人は「善悪」や「男女」などの言葉に代表される二元論的な価値観を超越した視点を持っていると言える。
『古代マヤ文明が日本を進化させた!』p.29
高橋の古代マヤに対するアプローチは言葉の語感からマヤ語と日本語をダジャレ的に繋げていく、という風にユングの心理療法を援用したもので、対極的な要素がひとつの存在のうちに同居し、それらが統合されることで双方の持つ欠点や矛盾を乗り越える、という高橋の古代マヤ精神の理解にはユング心理学が色濃く反映されている。
言うまでもなくこれは『罪』においてフィレモンが語りジョーカーが志した人類の理想型であり、里見直が高橋のマヤ思想に触れていたかどうかはともかく、このへんに『罪』が古代マヤの意匠を取り入れた理由があるのだろう。
『罪』の「イン・ラケチ」は須藤竜也の幻聴をイデアル先生と橿原先生がチャネリングとして書き取り、おそらくそれぞれの関心分野からの解説を加えた(ここには一人の中の別人、男女の共同作業としての執筆、というマヤ的な関係イメージを見て取ることができる)奇書だが、その『滅亡のシナリオ』によく似た支離滅裂パッチワークと超牽強付会は、いくつかの小説からの剽窃で成り立ったパッチワーク本である『議定書』と共通するものがある。
モーリス・ジョリの風刺対話篇『モンテスキューとマキャベリの地獄の対話』、ヘルマン・ゲトシュの小説『ビアリッツ』、シオニストのテオドール・ヘルツルがユダヤ国家建設の構想を記した『ユダヤ人国家』を種本とする『議定書』は、もともと帝政ロシアの政争の具として保守派・超反動派の手によって編纂されたものとされる。この目論見は外れたものの、宙に浮いた形になった『議定書』の草稿は後に神秘思想家セルゲイ・ニルスの手に渡り、彼が自著『それは間近に来ている……反キリストが来る。悪魔の地上支配が迫っている』に収録したことから世界中に広まった(『オカルティズム 非理性のヨーロッパ』p.252参照)
『罪』の「イン・ラケチ」は『罰』では須藤竜也の父である極右政治家・須藤竜蔵の日本再生プロトコルとして反復されるが、「イン・ラケチ」の大元に『議定書』を置くなら、統合失調症の高校生とオカルティスト教師の理想主義的な妄想が大人の血生臭い政治行為に転ずる皮肉は、理想の劣化や悪用というよりも原点回帰だったわけである。
「噂は、現実になる」
『罪』のキャッチコピーは「噂は、現実になる」だが、偶然か必然かその発売三ヶ月前に刊行された翻訳本に『思考は現実化する(原題:Think and Grow Rich®Action Pack)』というものがある。著者はビジネス自己啓発の大家ナポレオン・ヒルということになっているが、実際にはヒルの主著『Think and Grow Rich』を下敷きにした自己啓発本というか、ストレートに言ってしまえば読者にナポレオン・ヒル・プログラムの受講を勧めるナポレオン・ヒル財団の分厚いパンフレットである(これ単体でも読めるが随所に「これ以上を求めるなら…」とプログラムの宣伝が入ってくる)
ヒルはニューソート思想をビジネスに応用し自己啓発分野を開拓した一人として知られる、と愛と信頼のウィキペディアには書いてある。ニューソート思想は創始者の一人にメスメリストのフィニアス・クインビーを持つアメリカのキリスト教異端で、その思想内容は「ポジティブ・シンキング」のキーワードが端的に言い表している。すなわち、ネガティブになるな。ネガティブになるから病気になるし貧乏になるし不幸にもなる。レッツ・ポジティブ・シンキング! 常にこころを前向きに保ち、願いの成就を思い描き続ければ必ずやあなたの「思考は現実になる」っ!
『罪』において天野舞耶の口癖であった「レッツ・ポジティブ・シンキング!」が、『罰』では自己啓発セミナー講師に堕ちた元アイドル・プロデューサー佐々木銀次のセミナー合い言葉になっていたのは、それが元々は自己啓発の文脈で語られる言葉だったからなのだ。ここにも『罪』に組み込まれたオカルト要素の原型に立ち返るという『罰』の基本姿勢が見える。
ニューソート思想は後にはユング心理学などとも合流しニューエイジ思想を形作ることになるが、メスメリスト=動物磁気を用いた療法師なので、ヨーロッパのオカルティズムとアメリカのプラグマティズムを統合した近代オカルト史のマイルストーンがニューソートと言える。
動物磁気というのは要はオーラ的なもので、その動物磁気を自在に操ることで治療を行う術師が18世紀末から19世紀中頃にかけてヨーロッパを席巻、提唱者であるドイツ人医師フランツ・アントン・メスマーの名を取ってこれがメスメリズムと呼ばれることになった。その施術はだいたい次のようなものらしい。
動物磁気治療師が患者――多くはヒポコンデリー(心気症)の女性――の身体に、手業と呼ばれる怪しい仕草で触れる。すると患者の身体に劇的な発作(「分利」)が起こり、患者の気鬱が嘘のように解消し晴れ晴れとした気分が訪れる。
『オカルティズム』p.168
メスマーの友人で自らも動物磁気療法を行っていたピュイセギュール侯爵はもう一歩オカルト方面に踏み込んで、これが今日的な(?)メスメリズムの萌芽となる。
彼は、ある時、ヴィクトール・ラスという二十三歳の農夫に動物磁気療法を用いた療法を試みた。(…)この若者は静かで深い催眠状態に陥った状態で、施術者ピュイセギュールとコミュニケーションを交わすことができた上、信じられないような不思議な能力を発揮しはじめた。教育のない農夫であるにもかかわらず、知識人が話すような美しいフランス語で、普段は考えているはずのない高尚な話題について語り、自分の病気の経過を前もって予言し、相手の考えていることを言い当てさえしたのだ。
前掲書 p.168
メスメリズムはその派生形である催眠術・催眠療法(ヒプノティズム)を間に挟み、やがてはフロイトの精神分析を生み出すことになるが、フロイトと出会った当初は意気投合しつつも後には袂を分かち別々の道に進んだユングの心理学が、結局はメスメリストの思想であるニューソートと(本人が望んだわけではないにしても)合流し、科学的な語句で飾り立てられた現代オカルティズムであるニューエイジ思想を形成するのはまことに歴史の皮肉、ニャルラトホテプの哄笑が聞こえるようである。
ちなみにニューソート思想の影響は広く日本にも及んでおり、日本会議の源流である新宗教団体・生長の家はこれを「光明思想」として取り込み「(教団機関誌を)読めば治る」とする変形手かざし療法を生み出しているし、また「先祖崇拝など霊の要素なく現在の幸福だけを追い求める異色の新宗教」(『現代にっぽん新宗教百科』p.125)創価学会においても勤行をすることで身体の内からエネルギーが湧き出し願いが叶うとか、活動初期にはビジネス哲学/自己啓発本と霊言本をその特徴的な書籍布教の二本柱としていた幸福の科学にもニューソートの影を見ることができる(どれも政治進出に積極的な保守派の新宗教というのは見逃せない共通項だ)
ナポレオン・ヒルの本には他に『Grow Rich!: With Peace of Mind(邦訳『成功哲学』)、『Succeed and Grow Rich Through Persuasion』『The Master-Key to Riches』とかがある。Richの乱れ打ち。とにかくもう、金持ちになりたい。金持ちになりたいと願えば金持ちになれると教えてくれるナポレオン・ヒルの本はしかし、そのオカルト的背景に反して極めて現実的な金持ちテクニックを教えてくれる。そのエッセンスは「“ノー”には“イエス”の血が流れている」(『思考は現実化する』p.98)とか「嘘も繰り返しの洗礼にあうと、自分でも本当のことのように思えてくる」(同書p.137)とかのまことに力強い言葉に凝縮されており、なるほど確かにこれを毎日読んでいれば(毎日読むことが序文で推奨されている)金持ちになれそうだなと思えてくる。金持ちになる手段は銀次と同じようなものかもしれないが。
2020/4/24:「アドルフ・ヒトラー」の項を追記
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【ママー!これ買ってー!】
滅亡のシナリオ―いまも着々と進む1999年への道 (ノン・ブック)
表紙に書かれた「原作:ノストラダムス 演出:ヒトラー」のアオリが強すぎるが本を開くとノストラダムスの予言を解読したと告げる手紙が週刊プレイボーイに届いたので編集者がその主である精神科医・川尻先生の話を聞きに勤務先の精神科病院を訪ねるという京極夏彦もびっくりの強設定&強展開にアオリなど忘却してしまう。
余談ながらこの編集者は川尻先生の大胆妄想に「この男は自分を医者だと思い込んだ患者なのではないか!?」とかのたまうのだが、そのへんカルト映画クラシックの『カリガリ博士』を思わせるところであり、『カリガリ博士』に出てくる眠り男と彼を操る催眠術師こそメスメリズム/ヒプノティズムの映像化に他ならないことを思えば、なにかここにも因果を感じてしまいたくなる。
↓参考にしたもの
オウム真理教の精神史―ロマン主義・全体主義・原理主義
現代にっぽん新宗教百科
オカルティズム 非理性のヨーロッパ (講談社選書メチエ)
古代マヤ文明が日本を進化させた!―時空を超えた宇宙人のシナリオ (超知ライブラリー)
思考は現実化する_アクション・マニュアルつき
20世紀最後の真実 いまも戦いつづけるナチスの残党 (集英社文庫)