あんま感想になってない映画『ジョジョ・ラビット』感想文

《推定睡眠時間:0分》

加藤典洋の『敗戦後論』になぜ坂口安吾は戦時中に『戦争と一人の女』を書けなかったのか、という問いが出てくる。あれは戦争の真っ只中で書かれてこそ価値のあるものではなかったか…いや別に作品の素晴らしさは変わらないけれど、みたいな文脈だったと思いますが、『ジョジョ・ラビット』を観ていたらなんだかそのことが頭に浮かんでしまった。

だって不謹慎じゃないもん。不謹慎かもしれないけどこれは安全な不謹慎だもん。友達がいないから敬愛する総統を妄想フレンドにしてるヒトラーユーゲントの新入団員ジョジョくん10さいを主人公にして総統万歳ナチス万歳アーリア人の純血を保つために女は子を産みユダヤ人は害虫だから全員殺せ! と、いうことを吹き込まれるヒトラーユーゲント・キャンプの様子をコミカルに見せていったりする映画なわけですが、もちろん、当然、これは序盤だけで、愚かで間違っていて危険なものとして後に劇中で批判されるし、ユダヤ人少女との密かな交流を通じてジョジョくんが敬愛するヒトラーとナチの過ちに気付いていく過程が映画の中核になってるわけです。

不謹慎なら不謹慎で通せばいいのに結局は啓蒙に辿り着いてしまう。啓蒙で不謹慎を正当化するとか、あるいは逆に啓蒙のためにあえての不謹慎で耳目を集めるとか、毒蝮三太夫がババァさっさと死ね! みたいな毒を吐いた直後にごめんね今の嘘だから俺に死ねって言い返せるぐらいおばあさんも元気になって長生きしてねって言うようなもんです。そんなのせっかくの不謹慎が台無しだし、逃げ道が上手いとも言えるけれど、ずるいとも言える。仮に不謹慎ユーモアの底にヒューマニズムとか啓蒙のメッセージが流れていたとしても、それは観る側が考えて判断してくださいという風にあえて作り手の意図をストレートに描かないこともできるんだから、結局は叩かれるのを恐れて安全な不謹慎に逃げたんじゃないかとも思えてしまう。

そうではなくてあくまで人種差別とか戦争賛美とか全体主義の怖さ醜さ愚かしさを描いた映画なのだとか反論されるかもしれない。でも、ですよ。それぐらい抽象的な事柄を扱うのならじゃあ、パレスチナを舞台に同じような映画を作れるのかって嫌味の一つでも言いたくなる。それが非道なケチというならこういうのはどうですか。大戦末期のアメリカ片田舎、ディズニーとかのプロパガンダアニメを観ながら自分もジャップをぶっ殺す立派な兵隊になることを夢見る少年が、ある日のこと日系人収容所から命からがら逃走してきた日系女性と出会う。彼女との秘密の交流の中で少年の心は揺らいでいって、ジャップを殺すのは本当に正しいことなのだろうか…と思いかけたところで少年は新聞を読んでいた近所の老人の歓喜の叫びを聞く。それは原爆投下の知らせであった。

やらないんじゃないすかねぇ、ハリウッドはそういうの。人が人を差別したり殺したりするのはどんな局面でも愚かなことだと思うけれど、その愚かしさを指弾するためにハリウッドは自らの汚れた過去をえぐろうとはしないし、自らの手を汚そうとまではしない。ナチスドイツはハリウッド啓蒙とハリウッド国威発揚とハリウッド不謹慎の安全な核実験場で、結局、啓蒙にせよ不謹慎にせよその程度のもの。本気で何かを変えようだなんて少しも思っていないし、本気で不謹慎ギャグを繰り出そうとする度量もない(監督が、ではなくて製作側が)

こういう映画を観るとまことに白ける。な~にが愛は最強よ。(ハリウッドに)許された愛でしかないじゃないか。本当に本当に愛は素晴らしいですねって言うつもりなら分離壁の警備に当たるイスラエル兵と彼が発見した命がけの壁越えを繰り返すパレスチナ人青年の同性愛でも描いてみたらいいんだよ。やりゃあしないんだよそんなもの。アカデミーノミネート当たり前じゃないですか。ここにはアメリカが気持ちよくなるものしかないんだから。気持ちよくなってそれで終わりで、せいぜい戦争って悲惨ですねとか、ユダヤ人の人は大変だったんですねとか、子供は悪くないですよとか、そりゃどれもその通りだけれども、だとしてもかなしい世界に同情してあげる優しい自分になるための免罪符にしかならないだろう。それも、昔々の他の国の出来事として。

だが泣いた。ジョジョくん10さいが今まで悪魔だと思っていたユダヤ人少女をだいぶ姑息な手紙偽造作戦で家から追い出そうとした後に、やっぱちょっと酷いことしたかなぁと思って二通目の手紙を急遽こしらえて読むシーンで泣いた。それからラストも泣いた。ラストの曲…曲入りのタイミング…その時の登場人物の表情…あれは汚いんじゃないですかね泣くでしょ。余裕で泣く。
泣くし、っていうか普通に面白かったですよ結局。途中まではハリウッドのせこさが本当に嫌で早く帰りたいなーぐらいに思ってましたけど『西部戦線異状なし』のオマージュと思しき蝶の場面から一気に、それまではどこか絵空事のようだった世界が現実味を帯びてきて、カラフルな色彩が灰色に塗りつぶされていって、その中に色を持ち込む意外な人間もいて…もう、せこいとかせこくないとかそういう視点で観ていられなくなってしまった…。

観客なんていい加減なものだなぁと自分でも思いますがでもまぁ、そういう映画だったからね。頭の中で嫌悪していたものでも同じ時間を過ごしていれば情も出てくるというか…まぁ情というかこの映画の場合は単に構成が巧いのだが…映画のテーマを鑑賞体験の中で経験することになったわけで、さながら感情の4DX、面白うてやがて悲しき戦争ジュブナイルの傑作だった。
まんまと乗せられたような気もしますが良い映画でしたよ『ジョジョ・ラビット』。でもエンディング曲があれなら尚のこと、こんな風にパレスチナの「壁」を撮ってほしいとも思ったけれど。

【ママー!これ買ってー!】


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哀惜ラストがおそらく『ジョジョ・ラビット』に引用された戦場オデュッセイア。戦争映画でいちばん好き。

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