午後ローなら名作アクション映画『ザ・ビースト』感想文

《推定睡眠時間:2分》

観たこともないような光景を見せてくれるのも映画の醍醐味かもしれないが、観たことしかないような光景を見せてくれるのもまた映画の醍醐味だ。こういうのが観たかった。こういうの最近あんま映画館で観てなかった。貨物船で南米から米国へ移送されることになった凶悪殺し屋が船内でやっぱり大暴れ、偶然にもその船に乗り合わせていた猛獣ハンターのニコラス・ケイジが野獣狩りを開始する! いいんだ、映画なんてこんなんで良いときもあるんだ。

身も蓋もなく言ってしまえば船版の『コン・エアー』かもしくはニコラス・ケイジが主演の『沈黙の戦艦』。ただし敵は単独犯なので様式はテロリスト・アクションそのものだが変形スラッシャー映画的な印象が若干ある。今度のニコラス・ケイジは一匹狼の猛獣ハンターっていうんで船には幻のホワイト・ジャガーほか多数の捕獲動物が同乗。FBI捜査官とか船員を攪乱させるために脱走した凶悪殺し屋はこの動物たちを解き放つ。

なんか一時期流行ったじゃないですか、パニック映画的シチュエーション×テロリスト・アクションみたいなやつ。『ダイ・ハード』がめっちゃウケたから場所を船とか電車とかショッピングモールとかに置き換えただけの二番煎じが雨後の竹の子のように出てきて、それが一通り出揃っちゃったら今度はシチュエーションの方に変化を加えたパニック映画的なテロリスト・アクションが作られだして、パニック×筋肉スタアみたいなのに派生して…っていう。

『ザ・ビースト』その系統の映画っていう感じでしたね。アニマル・パニック×テロリスト・アクション。ホワイト・ジャガーが洋上で立ち往生の貨物船内で逃げちゃったら危ないのは間違いないが、ほかにも毒ヘビとか凶暴サルとか地味に危険な動物が船内跋扈。ニコケイと他の連中は凶悪殺し屋と脱走アニマルの両方と戦わなければならないのだから大変だ。どんなウィルス持ってるかとかわかったもんじゃないしね、野生動物。タイムリーですな(そうか?)

でまぁこの手の映画の定番ですが閉鎖環境で交錯する様々な立場の人間の思惑、裏切りと疑心暗鬼、そのへんともニコケイは戦わないといけない。敵が(人間は)一人な分、ニコケイの味方サイドの群像劇の趣もあり、なんとかして共闘しないといけないのにそれぞれに意地があって立場も違っていまいち連携が取れない、でそこに凶悪殺し屋はつけ込んで協力体制を崩しつつ一人また一人と消していく。

その姿はまるで野生動物を罠に追い込んで捕獲していく猛獣ハンターだ。蛇の道は蛇、ハンターに対抗できるのはハンターしかいない。かくしてジャングルと化した船内でニコケイのハンティングがはじまるのであった。

いやそれにしても文章にすると実に面白そうな筋立てだ。言うまでもないかもしれないがもちろん実物はそこまで面白いわけじゃない。確かに面白いは面白いがアニマル・パニック要素がかなりこぢんまりしてるあたり、そこもうちょっとなんとか…と思ったのもまた確かだ。演出力の問題とかではない。単純にシーンの分量が少ない。まぁ90分ぐらいのV級映画的ベスト・ランタイムだからこれでもオモシロ要素を詰め込みすぎなぐらいで、それ以上を求めるのはいささか欲が深いのではないか、と自省しないでもないが、逆に、小ぶりなアニマル・パニック映画としても決して悪くない出来だったので欲も出てきてしまうというもの。

たとえばサル。サルのシーンがいいんですよ、『エイリアン』みたいに撮る。長期戦に備えて食糧確保のためにコックのクルーが調理室に行くとそこにいたのは食料を荒らす可愛いおさる。血の気の多いコックはおさるを叩き潰そうとするが、可愛くたって野生のおさるを舐めてはいけない。闘争本能に火が付いたおさる群団はチェストバスターのように現れ『ロスト・ワールド/ジュラシック・パーク』のコンプソグナトゥスの如くコックに襲いかかる。

ここはアニマル・ホラーっぷりもなかなかだったがそのためのシチュエーション作りに手を抜いてないのが良かったですね。コック、自動小銃持ったFBI捜査官が護衛に付いてたんですが、自分だけ調理室に入るとその分厚い鉄扉を閉めて中から鍵をかけてしまう。そのせいでコックはおさるの襲撃に遭うわけですが、このコックは調理室が聖域でそこに勝手に入ろうとする連中が許せない頑固親父キャラっていうのが序盤でさりげなく描写される。どうせ荒唐無稽な話だからと強引に話を進めないで、ひとつひとつのシーンに丁寧に理屈を付けていく詰め将棋的な作劇は好感度が高かった。

まぁ真面目ってことですね。真面目に作りすぎて全体として小ぶりになってしまったきらいはあるけれど、刻々と悪化していく状況はサスペンスフル、不遜な面構えの凶悪殺し屋(演じるケヴィン・デュランドは押井守の『ガルム・ウォーズ』に兵士役で出ていた人!)は邪悪なユーモアを漂わせていて小粒な悪のカリスマ、医師のファムケ・ヤンセンは凜々しくて蠱惑的、武装FBI捜査官たちがちゃんと頼れる感じに描かれているのもよかったし、突発的なアクションやスラッシャー映画的なショック描写、隠し味的な『闇の奥』要素に『エイリアン2』や『遊星よりの物体X』を思わせるホワイト・ジャガー追跡劇も利いていた。

ニコケイのやさぐれ猛獣ハンターっぷりは当然ハマっているが、ニコケイのスター性に頼らずともアニマル・パニック/テロリスト・アクション/群像サスペンスとして高い水準を保っているのは嬉しい。最初からニコケイニコケイって推してくるんじゃないすよね。最初は船内の危機的状況に無関心だったニコケイと凶悪殺し屋の決戦が徐々にお膳立てされていく展開の中で、自然とニコケイのスタア性が前面に出てくる。

これは熱いですよ。世捨て人から英雄への緩慢にして着実な変化、たまらないじゃないですか。こういう微妙な芝居がニコケイは上手いんですよ。往々にしてアクション以外の芝居なんか二の次のテロリスト・アクション業界にあって、この監督はしっかりニコケイの持ち味を引き出しているのだから立派というほかないですよ。

凶悪殺し屋との決戦の顛末は予想のつくものだが応援上映なら絶対に盛り上がるポイント、ニコケイがホワイト・ジャガーを追いつつ他の脱走動物を回収していくあたりはアクション・アドベンチャー的なゲーム感覚でちょっとだけ斬新なサブオモシロ、最後は綺麗な爽やかラストに着地した。
これはあくまでもビデオスルー映画としてということなので、今のゴージャスなシネコン映画を見慣れた目の肥えた観客にはどう映るかわからないが…アクション路線のニコケイ映画の佳作と言っていいんじゃないすかねこれは。

たまたま観た人が倍面白く感じられるように「実物はそこまで面白いわけじゃない」とあえてハードルを下げたが! 正直、これぐらい丁寧に作り込まれたテロリスト・アクションとか最近なかなか無いですからね。全部小規模だとしても銃撃戦もナイフ戦も罠合戦もあるし、これを面白いと思えなかったら何を面白いと思えばいいんだと言いたくなるマイトマト100点フレッシュ。うん、面白かったわ。面白かったというか、見事だったと言いたくなるニコケイ映画でしたね。

※あとこれは比較的どうでもいいところではありますが、ホワイト・ジャガーのCGがよく出来ていたのは地味にポイントが高い。本当に細かいところまで手を抜かない映画ですよ。だからこそ、だからこそ、だからこそもう一段盛り上がりを上乗せ出来ていれば21世紀の傑作テロリスト・アクションになっていたのに…と、歯がゆさもあるが。

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巻き込まれ型主人公ニコラス・ケイジの本領発揮。なにかが間違っているがハッピーエンドに見えてしまうオチも最高。

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