《推定睡眠時間:40分》
世界が終わった! ぼく銭湯に行くのが趣味なのですが夏ともなれば自然と入浴回数も多くなりがちなのでリュックサックには常に銭湯セットが入っている。身体洗い用のナイロンタオル、身体ふき用のフェイスタオル、カミソリ、ひげ剃りジェル、携帯サイズのシャンプーとボディソープ。それを持って今日も銭湯に行って、さて入ろうかと脱衣所でリュックを下ろしてウッ…と何かに気がついた。リュックの底が、濡れている。触るとぬるりと、指が滑る。これは、中に、何かがある…。
ジィィ…と恐る恐るリュックを開ける。そぉぉ…っと手を突っ込んでみる。何かに触れた。手を取り出した。指先に見えるのは白濁液。臭いを嗅ぐとボディソープだ。ウウウウッ!!!! 慌ててリュックの中身を外に出したがもうとっくに後の祭り、本も書類も映画のチラシも何かの拍子に蓋の開いたボディソープにどっぷり浸って濡れ濡れのぬめっぬめ。終わった! 世界が終わってしまった!
その精神的ダメージがあまりに大きくしばらく立ち直れなかったので映画とは何の関係もないのだがついセラピー的に吐き出してしまった。まぁでも『ワールドエンド』もある意味これぐらいの範囲の世界の終わり感ですからね、まったくの無関係ってことはないね。そんなことはないだろ! ないが、『ワールドエンド』と言いつつロシアの終わりの話でしかないという視野の狭さは『ワールドエンド』という映画の結構コアの部分なのである。これは邦題なので原題をつけた人からすれば言ってねぇよみたいな感じになるとは思うが。
どういう映画かというとエイリアン侵略もので、このエイリアンはまず電磁パルス攻撃みたいなやつで世界中をブラックアウト(英語題はこれ)させる。スマホもテレビもPCも使えないとなったらもう文明なんか終わりだ。そもそも照明すらつかないんだから怖くて生きていけない。
未曾有の危機であったがロシア辺境の軍事基地はどうやら無事であったらしい。そこは高度な非常電源設備とか備えてたっぽいから電磁パルス攻撃を受けても比較的被害が少なかったわけです。が、そこだけ生きていても仕方がない。軍を守るための軍にどんな存在意義があるというのか。
というわけで(はないと思うのだが寝ていたから細かい事情がわからない)生き残りの先鋭部隊は連絡の途絶えた外部の都市に向かう。そこで先鋭部隊の面々が見たものは民間人に紛れた所属不明の便衣兵、そして口が窓取り付け型エアコンの排気口みたいになったこちらも正体不明の知的エイリアンであった。果たして彼らは何者なのだろうか。エイリアン男は言う。「いわば私は神なのだ」と…。
公式あらすじが結構バラしちゃってるのでこちらも気にせず書いてしまったが知的エイリアンの存在は実は映画がかなり進んでからわかることなのだった。じゃあそれまで何をやっているかというと寝ていたからよくわからないがなんか群像劇的なことをやっていた。この映画にその設定いる? と思うのだがこれ一応近未来が舞台。『ブレードランナー』みたいに発展した近未来ロシアでその繁栄を享受できない下層の人たちが主役格になって、その見捨てられた人々のエレジーが映画の基調になっている(どうもこの人たちがブラックアウト後に軍に合流したようだ)
なにせランタイム150分の長い映画だしストーリーもこれぞロシアンファンタジーという感じの広大な、悪く言えばとりとめの無いものなので捨てたそばから疑問符が浮かぶような理解に難ありな映画だったが、今にして思えばこの冒頭部分は単なるキャラクター紹介のパートとかではなく結構重要なところだったのだなと思う。
これはたぶん、荒唐無稽なSFの皮を被っているけれども、その中にあるのは現代ロシアに対する絶望とかソ連時代のトラウマ的な出来事への強迫観念とか、あるいはそれでもソ連を蘇らせたいというニヒリスティックで密やかな大衆の願望なんじゃないですか。そういうものをエイリアンSFのフィルターを通して描いた寓話的・風刺的な映画だったんじゃないですかね。
というのも終盤が…もう、ものすごい。これはネタバレをしたくないところなので詳細は映画館で的な感じになりますがめっちゃ人死ぬ。目視で1000人ぐらい死ぬ。非常にブルータル。RPGに白リン弾は乱れ飛ぶし自爆兵もポンポン飛んで敵も味方もない地獄絵図。知的エイリアンの風貌も子供だましな感じだしそれまでが比較的バカっぽい展開だったから終盤になって急に飛び出す凄惨な戦争風景にびっくりしてしまった。
戦争というかこれは虐殺。そこからは赤軍の白軍狩りであったり独ソ絶滅戦争であったりスターリンの大粛清だったりが浮かび上がってきたりする。ストーリー展開もキャラクターもよくわからないし表面的にはつかみ所がない映画なんですけど、ロシア・ソ連を描いた映画なんだなぁと思えば色々と腑に落ちるところがあって、そうと思えばキッチュで荒唐無稽に思える描写もなんだか重く見えてくる。地球に侵略してきた知的エイリアンが「神」を自称するのもロシアはやっぱ宗教の国・霊性の国だからなんかあるんだろう含意が、ロシア正教絡みのなんかが。
深いなぁロシア映画。深いけど浅いし浅いけど深いよ。寝ていたのもあるし、どんでん返しがあるとかそういうわけではないけれどもあんまネタバレしたくない映画だったのでなんだかひどく迂遠な感想になってますが、まぁ観てない人は観てくれぐらいしか言えない映画なんじゃないかなぁって感じはあるよこれは。SFがどうとか、近未来がどうとか、エイリアンがどうとか、そんなものは客寄せの装飾のようなもので、その下にある「ロシア」の凄まじさにヤラれたよ、『ワールドエンド』。
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一方こちらは世界が終わってもパブでビールを飲み続けるイギリスの(ある意味)凄まじさを堪能できる映画。世界はとくに救わないです。酔っぱらいなので。
ロシア周囲(サークル)が助かったのはエイリアンのパルス攻撃のときに月がロシアの真上にあったから月の分だけ助かったみたいですよ〜
なるほど!それはまた神秘的なというか、宗教っぽい展開でゾクゾクくるものがありますね~。