《推定睡眠時間:0分》
古今東西、連続殺人鬼とくれば襲うのはもっぱら自分より弱そうな女と自分より弱そうな女児と自分より弱そうな老女と相場が決まっているが、その点この連続殺人鬼は映画の中で最初に殺していたのがオッサンだったから偉いし、しかもそうと知らずにやってしまったことではあるがあのマ・ドンソクをも刃物一本でぶっ殺そうとしていたのでそのガッツにはリスペクトしかない。ただのマ・ドンソクでもやばいのにこのマ・ドンソクは韓国ヤクザの組長ですからね。リスペクトでしょ。コリアン・ノワールの下剋上精神ここに極まれりだ。
この連続殺人鬼は車で町を流してなんとなく目に付いた車を追跡、人目につかない場所に差し掛かったところでわざと衝突事故を起して被害者が被害状況を確認している間に背後から襲うという手法を取っていたのでマ・ドンソクとの事故的エンカウントが発生してしまったのだった。連続殺人鬼とはいえしょせん武器がなければ首の一つもへし折れない小枝のような二の腕の若造である。そんな若造に殺されるマ・ドンソクではないし寛大な心で許してあげるマ・ドンソクでもない。
ぶっ殺す。警察なんかには意地でも渡さずあの野郎は俺が100%ぶっ殺す。もうその段階で詰んでいる連続殺人鬼であったが法の番人として私刑絶許な立場であるはずの刑事までもがマ・ドンソクに味方してしまったので行く末は絶望的である。この刑事は正義とか法とかそんなものはまったく興味がなくただ単に出世したいだけの人。どこまでが実際に連続殺人鬼の犯行なのかはわからないが「こいつめっちゃ殺してますよ!」アピールで大々的に連続殺人事件を売り出し、情報を握るマ・ドンソクと結託してその犯人を挙げることで昇進しようとしていたのだった。ますます連続殺人鬼に肩入れしたくなる話である。
それにしても実話がベースと冒頭に出ていて驚く。いやこんな話を実話にすんなよ! 逆だけれども! 実話が映画になったのだけれども! まぁ、おそらく、これは俺の想像ですが、実話というのは手柄を独り占めにしたい汚職刑事がヤクザから得た捜査情報を共有しなかったとか、でそのヤクザの方はちょうど殺したかった敵対ヤクザを連続殺人犯の仕業に見せかけて殺したとか、そういうブルータルな部分だけなのだろう。
マ・ドンソクが出ている都合なんだか悪イイ話みたいになっているが、冷静に考えればマ・ドンソク(の役)が犯人の目撃情報をさっさと警察に提供していれば次の犠牲者は出なかった可能性もあるので、ヤクザも汚職刑事も公益ガン無視で私益のために連続殺人鬼を利用するという酷い話であった。
コリアン・ノワールは酷ければ酷いほどいいので個人的にはやっぱその酷さがもっと見たかった。明らかに悪いのに途中から急激に善玉化が進んで最後はなんというかこう、マ・ドンソク、アンチヒーローみたいになってしまう。汚職刑事の方も結局マ・ドンソクの引き立て役に終わってしまって、まぁマ・ドンソクはアイドルなので…というのはわかるが、えげつない話はもっと本気でえげつなく描いて欲しいもの。
マ・ドンソクの登場でコリアン・ノワールの流れも少し変わって来たんだろうか。(マ・ドンソクが主演の)『犯罪都市』なんかも描写がえぐいだけでお話は良い奴と悪い奴が闘って良い奴が勝つ比較的単純な勧善懲悪であった。マ・ドンソクは今や韓国映画界最注目クラスの大スターというから、マ・ドンソクが体現するハリウッド映画的な善の暴力を韓国とか日本の観客は求めているのかもしれない。思えば『新感染 ファイナル・エクスプレス』で「あ、こいつ死んだな」と誰もが確信したに違いない絶望的なゾンビ囲まれシチュエーションをまさかの腕力で突破してしまった瞬間からマ・ドンソクの取るべき道は決まっていたのであった。
とまぁそういうわけで実話ベースとか言っといてしっかりマ・ドンソク対モブヤクザ集団の擬斗まで用意されている『悪人伝』である。そんなわけないだろと思うが観客が観たいのはマ・ドンソクの二の腕暴力であろうからそれでよいのだ。まーこうなるといよいよ連続殺人鬼が不憫よね。でももうちょっと連続殺人鬼にも頑張って欲しかったよ。
相手が腕力ならこっちは脳力。大胆にも被害者の葬儀に顔を出したりする行動力も備えた連続殺人鬼なのだから、その脳力と行動力を駆使してもっとマ・ドンソクを追い詰めて欲しかったね。じゃないと殺しがいもないというものだ。せめてそこらの小学生でも拉致してきて警察がマ・ドンソクの犯罪行為を見逃すならこの小学生の首ちょん切っちゃうよ~とかテレビ局を通して声明出すぐらいのことはしても良かったはずだ。せっかく実力のある連続殺人鬼なのにもったいない。
とはいえ、ノワールではなくセガール映画だと思えば別になんの不満もないので、こういうのはどこから観るかという視座の問題でしかないんだろう。マ・ドンソクが悪かっこいい。マ・ドンソクが悪い奴をぶっ殺す。マ・ドンソクが時にはお茶目。セガール亡き今、無双映画の新たなるキングとしてマ・ドンソクの今後に注目したい。
※2020年8月9日現在、スティーヴン・セガールさんはまだご存命です。映画の方は死んでます。
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アウトローどもの三つ巴といえば『マッドボンバー』。マ・ドンソクにもいつかは爆弾魔にチャレンジしてもらいたい。
※映画の方は死んでます
さすが貫禄のセガール
セガールほどの大物となればDVDジャケットに主演と書いてあるのに出演時間15分でアクションなしの全部座り芝居とか余裕です