ハイパー凡庸タイム映画『はりぼて』感想文

《推定睡眠時間:0分》

とにかく見事なまでにオッサンなのだ。右を見てもオッサン。左を見てもオッサン。オッサンの顔! 顔! 顔また顔! 額の脂と加齢臭が4DXでもないのにスクリーンから飛び出てくるそのオッサン天国っぷりたるや東映実録路線の如しであるがこちらは路線もなにもそのまんま実録であった。代理でもなんでもなく単に地方市議と地方新聞社の北陸戦争である。

しかし戦争というにはやってることがショボすぎた。地方議員の政務活動費不正受給といえば今や懐かしの野々村議員もやっていた地方議員あるある、野々村議員ぐらいキャラが立っていないと見る方としても新味がなさ過ぎてふーんで済ましてしまいがちな地方議員にとっての万引きのようなもの。疑惑を含めれば十人以上、詐欺罪で既に実刑判決を受けた元市議が既に三人という数の多さを度外視すれば、まぁ本来それではダメなのだが正直なところあまりにもどうでもいい話である。

映画の中で具体的に明かされるその手口も杜撰の一言、まったく手の込んだものではなく呆れるばかり。どのように政務活動費をだまし取るか…その答えは単に、印刷代であった。請求書に資料印刷代って書いて何十万とか請求すればお金もらえる。そんな! せめて隠しコマンド的なやり方ぐらいあれよと思う。

あまりに杜撰なので地元テレビ局の報道部が調査を開始するとすぐにボロが出てしまう。そこで資料使う勉強会的なのをやったと市議側が言い張る公民館に取材すればその日は使用されてないですねぇの致命的証言。領収書を出した印刷屋の親父に取材すれば一枚一枚宛名とか書くの面倒臭いからそのうち白紙で渡すようになったんだよねの破壊的証言。

ケッサクなのは福岡に視察に行ったとして政務活動費を請求していたオッサン市議への直撃インタビューであった。福岡で何を視察してきたんですか? と記者。うーん福岡かぁ、と市議。街作りの参考にとか…と記者アシスト。うーん記憶にないなぁ、とせっかくのアシストを台無しにする市議。行ったんですよね? おじいちゃんのご飯を食べたか食べてないか論争の様相を呈してきたところで市議、行ったって書いてるあるってことは行ったのかなぁ…? なんでお前が疑問符を付けるんだよ。

脱力。せめて否定すればいいじゃない。悪人なら悪人らしく堂々としたらいいじゃない。緊張感がないとかそれ以前に悪いことをしたっていう自覚がないんじゃないのかね君たちは。もうしょうがないな…とそこで笑いは反転、たかだか政務活動費の着服ごとき小犯罪が日本の政治風土の大いなる宿痾に触れ、映画は世間を騒がすあんなスキャンダルやこんなスキャンダルの背景(かもしれない)を暴き出していくのであった。

いやーこれは面白い映画ですよねー。面白いことを撮ってるから面白いんじゃなくてつまらないことを撮ってるから面白いドキュメンタリー映画だと思いましたよ。地方テレビ局が市議の不正を暴いた! と聞けばなにやらすごいスクープ映像が映っているのかなと思いきやそんな映像は全然無い。なぜなら取材対象である不正に関与した市議やその他の人々自体にすごいところとかすごい考えなんかないからで、そんなものはどこからどう撮ってもすごい映像にはなりようがないのだ。

映画が映し出すのは究極の凡庸であった。凡庸であり紋切り型でありどこまでも平均的な日本のオッサンたちであった。とにかく自分で考えない。組織のルールに唯々諾々と従う。なにがなんでも責任を取ろうとしない。喉元を過ぎれば自分がしたことも他人がしたこともすっかり忘却してしまう。すいませんでしたと謝れば、それで禊は終わると思ってる。

この不正市議たちは何も悪人ではなくただひたすらに日本人なのだ。そして典型的日本人が典型的日本人と群れるともう政治家としての良識であるとか民主主義の理念どころか善悪の見境なんかもなくなっちゃって単に組織の一部として動く人でしかなくなってしまうのだ。映画に出てくる汚職市議がオッサンだらけなのは富山市議会に女性市議が少なかったから、というだけの話ではないだろう。疑惑を受けて14人もの市議が辞職とかいう地方議会的大惨事を生んだ背景には「みんな」と意見を異にする人間を和を乱す者として排除する日本型組織と、それがもたらした多様性の無さ起因の緊張感の欠如があるんじゃないだろうか。

映画の最後でちょっとだけカメラが捉えるようにこういうオッサンほど話せば面白かったり仲良くなればちゃんと親身になってくれたりする。ようするに今の首相の人と同じでお友達政治家なのであり、それこそが日本の有権者の求める政治家なのであり、だからこそこんな汚職オッサンたちでも議席を占めていたのだ。と、そこまではこの映画は言わないが!

いかにも悪人ですよ~悪人ですよ~とユーモラスかつ煽り気味に汚職オッサンたちを撮っておいて最後の最後で悪人の首魁たる自民会派の長老市議の案外話せばわかりそうな姿を捉える意地の悪さから、こいつは悪人だ! と劇中の汚職オッサンたちに憤慨して、その愚かさを嗤って、市議たちの実刑判決に溜飲を下げる、無責任で単純で流されやすく個性のない他力本願で凡庸な観客たちこそが日本型政治の最高の養分なのだ、という言外の皮肉を妄想力で受信すれば、笑える映画だがこれ以上ないくらいに鋭利な政治ドキュメンタリーとしてメンタルにぶっ刺さるんじゃないだろーか。

【ママー!これ買ってー!】


コクヨ 請求書 複写簿 ノーカーボン B5 タテ 20行 40組 ウ-302

後から数字を付け足して請求額を水増しするみたいな水戸黄門的にベタな不正請求手法も常態化した不正の証拠として地元新聞社にスッパ抜かれてしまいました。そんな馬鹿げた理由で不正を暴かれたりしないようにこれから政治家を目指す人は請求書の上手い捏造の仕方を勉強しておこう。

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2 Comments
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さるこ
さるこ
2020年8月25日 6:13 PM

ママー!これ買ってー!に笑ってもた。
では、かわりにこれを貼っておきます。
https://sayonara-tv.jp/
何となく、思い出しましたので…