核戦争ちょう怖い映画『ウルフズ・コール』感想文(途中からネタバレあり)

《推定睡眠時間:0分》

タイトルになっているウルフズ・コールとは潜水艦内で聞くアクティブ・ソナーの音のことだと解してますが違ったらごめん潜水型ミリオタの人。確認しようにもパンフレットがなかったもので。いや作ってたら買ってたよ。買っても全然いいぐらいな出来だったし、リアル寄せの軍事シミュレーション映画だったので軍事評論家とか政治評論家なんかの解説をパンフで読んでみたいって思わせるところはたくさんあった。

まぁでもこれ、実はちょっとネタバレなのです。いやだってそんな風になるとは思わなかったからね途中まで。大丈夫そこは俺も大人ですから濃度の濃いネタバレはちゃんと注意書きを挟んだ上で感想後半に押し込みますが、やられたわー。序盤、いかにもな海軍プロパガンダっていうか、保守層向けの愛国戦争アクションって感じじゃないですか。まだ観てない人はじゃないですかと言われても困ると思うがそうなんです。そういうテイスト。まぁアメリカの戦争映画がよくやってるやつのフランス版ですよね。

タイトルとかポスターを見てもとにかくそういうニオイしかしない。むしろそういう野蛮なアクションものだと思ってこっちも観に行ってるわけですが…どういうストーリーかというとですね、フランス軍の特殊部隊が中東のどっか(愛国戦争アクションっぽい!)で隠密作戦を展開してるんです。で主人公のフランソワ・シヴィル(森崎ウィンに野性味を足したような顔の人)は特殊部隊を回収するための原子力潜水艦に乗ってる音響鑑定士で、潜水艦外の音を聞いて波形を見て周囲の状況を推察する役割。

珍しいですよね、音響鑑定士。たぶん正式名称はそんなんではないと思いますが耳慣れない職業っていうかポジションなのでなんて呼んでいいのかわからない。まそんなことは良いとして、その音響鑑定主人公が作戦行動中に耳慣れない音を聞く。中国か、それともロシアか。どうも潜水艦の音のようだが型式不明で所属も不明。この所属不明の潜水艦の突然の出現により作戦は大きく路線変更、隠密作戦のはずが主人公たちの潜水艦の存在もアクティブソナーでバレちゃって敵勢力との交戦に入ってしまう。

いくぶんかの損害を出しつつもなんとか作戦は成功、フランスに帰還する主人公たちだったが、あの正体不明の音が主人公には気になって仕方がない。上層部の説明ではロシアの水中ドローンとのことだが本当にそうだろうか。やはり潜水艦なのではないだろうか。だとしたら型式は? 所属は? 本屋で出会った女とその日のうちにベッドインしながらも考え続けていた主人公はある結論に達するが、時を同じくしてロシアとのつばぜり合いが続いているフィンランドへの原水派遣が決まり、主人公も搭乗することになるのであった…。

まぁネタバレがどうとかオチがどうとかそういう映画では別にないですけど俺は一応そこからの展開にそう来るかって驚いたのでこうやって赤字で警告しときますからね観てない人のために。あとはもう何があろうと君たちの自己責任ですから。福祉に関しては公助の理念をなにより高く掲げるべきですがネタバレに関しては自助でお願いします。

でそこからがすごいんだよ主人公フィンランド行ってそこでこいつが正体を見破った謎の潜水艦ことロシアの型落ち潜水艦と音響対決するのかなーって思ってたらこいつ搭乗前にマリファナやりやがって薬物検査で搭乗拒否されちゃうんです。いや軍の機密情報にアクセスするための上位権限パスワードを音響鑑定士の聴覚を駆使して耳で盗み出してでも謎の潜水艦の正体を探ったお前の意気込みはなんだったんだよ! なんでそこでマリファナやっちゃうんだよ! 我慢せぇよそれぐらい! そのくせめちゃくちゃ落ち込んでるし!

なんなんだこいつは性格が雑すぎるだろ…と思っていると軍港に鳴り響く不吉なサイレン。はいはいなるほど、何が起こってるのか知りませんけれどもなんか悪いことが起こってやっぱ主人公の聴能力必要だよ~ってなる展開ね。はいここまで主人公に呆れて鼻ほじり気分で観ていましたが「ロシアからの核ミサイルです!」の台詞に唖然。そ、そんな…いくら西側の愛国戦争アクションとはいえそんな展開やっていいのか!? アメリカの愛国戦争アクション映画でもそこまではやらないし中国の愛国戦争アクションだってさすがに配慮して具体的な国名を出しての核ミサイル展開は避けるだろ。

おそるべしフランス共和国。さすがはシャルリー・エブドの国。空気の読まなさと面の皮の厚さはかのグレートブリテン以上だぜ…しかしそこに衝撃第二波! なんとである…なんとみんなが核ミサイルだと思って撃ち落そうとしたものの迎撃システムでは迎撃できずフィンランドに向けて出航した例の原水を使った核ミサイルによる報復攻撃にまで大統領がオッケーを出しちゃったことで第三次世界大戦待ったなしの大緊迫状況を作り出したロシアの核ミサイル、核弾頭を搭載していないただの弾道ミサイルであった。

そうです、ロシアは核なんか撃ってなかったのです。主人公が見事同定に成功(ヤリチンなのに同定に成功とはこれいかに!)したロシアの旧式潜水艦はロシア軍のものではなくロシアが放出したものをイスラム原理主義組織が買ったもの。その目的はどうもロシアが旧式原水隠し持っとるぞの偽情報をフランス軍部に植え付けることだったらしく、見事情報攪乱に成功したイスラム原理主義組織はおそらく冒頭で主人公たちがやっていた中東作戦の報復として件の旧式潜水艦を使って幻の核ミサイル攻撃を演出、くそったれフランスとロシアを大喧嘩させようとしていたのでした。

ががーん。フランス万歳映画だと思っていたのに。ロシアの悪い潜水艦をやっつけて良かったねする野蛮映画だと思っていたのに。まさかそんな頭の良さそうな方向に舵を切ってくるとは…やるじゃないかイスラム原理主義組織! いや、褒める相手はそっちじゃないのだが…。

これ何かってシドニー・ルメットの大傑作『未知への飛行』の潜水艦版ですよね。米ソ冷戦の真っ只中、コンピューターの故障によって核爆弾を搭載した爆撃機にモスクワを爆撃せよの命令が下ってしまう。米ソ両国は最悪の緊急事態に協同して対処に当たるのだが、いやこれは米国の罠なんじゃないか、いやこれはソ連の罠なんじゃないか、いやむしろこの状況を利用してあくまでも「事故」としてモスクワに核を落してやれば…と協同作戦は相互不信と策謀渦巻く情報戦の様相を呈してくる。そうこうするうちにも誤信号に基づく作戦を完遂するために外部との通信を絶った爆撃機は刻一刻とモスクワに近づいていく。そのとき合衆国大統領が下した空前にして絶後の決断とは…とこのようなお話が『未知への飛行』。

誤指令による全面核戦争の危機っていうネタが同年公開のスタンリー・キューブリックの『博士の異常な愛情』と被ってしまったのでキューブリック側から盗作訴訟を起され、これは結局和解したらしいが『博士の異常な愛情』が先に公開されたこともあって『未知への飛行』の方はその影に隠れる形になってしまった。
キューブリックの天才性と『博士』の独創性は誰もが認めるところだろうが、しかしそれは『未知』が劣っているということを意味しないだろう。『博士』と『未知』の最大の相違点にして『博士』が『未知』をある意味で超えられなかった点は、『博士』では核攻撃が司令官の発狂とかいう一種のヒューマンエラーで、一方『未知』の方は単なるコンピューターの誤作動という点じゃないかと俺は思う。

要するに社会を有機体として見るかシステムとして見るかという違いなわけですなこれは。キューブリックは反動的ではあるけれども基本的には近代的な価値観に依って立つ人で、人間を信じたいからこそ人間不信の塊のような映画を撮りますが(要出典)、一方社会派のレッテルを貼られ社会の中であがく「人間」を描く監督だと思われているルメットは、むしろ人間が社会の中でどのように振る舞うかを通して社会のシステムを描き出そうとしているように見える。で、『未知』では一台のコンピューターの誤作動を端緒として社会システムのすべてが狂ってしまうのです。

これは誠におそろしいおとぎ話だけれども『博士』と『未知』の公開された1964年よりも遙かに情報化の度合いが進んだ現代では切実にして根本的な問題であって、インターネットによって社会の構成要素の全てが直接的にも間接的にも相互接続された世界ではひとつの誤情報が全体に影響を与えることがあるし、その意味では当時よりもむしろ今の方が『未知』で描かれた「単なるコンピューターの誤動作」とそれに端を発する情報の錯綜と相互不信&破局をリアルに受け止めることができるのかもしれない。

などと話が長々と逸れましたが、が、そんな真面目な方向行く? ってビックリしたよね『ウルフズ・コール』。ドンパチものかと思ったらそうではなくて、ドンパチもあるにはあるけどそれは核攻撃命令を受けた先行潜水艦を止めるために後発の潜水艦が魚雷戦を仕掛けるっていう、味方と味方がそれぞれ己の職責と正義に従って殺し合う悲壮感あふれるもので、ドンパチの楽しさなんかほとんどない。

ロシアの核攻撃に対して報復攻撃をしなければ核抑止力が機能しない。核抑止力が機能しないと分かれば両国はおろか大なり小なり核抑止力を国防戦略の核にしている世界各国の混乱は必至。しかし報復として核を撃ったら撃ったで露仏の全面戦争は不可避というわけで…悲壮な海戦映画/情報戦映画であると同時に、他国に対する防衛装置としての核が情報伝達の方向を変えるだけで簡単に自国の破壊装置として機能する核抑止戦略の致命的なパラドクスを告発するのがこの映画だったというわけです。

まったくよくできているよ。よくできているし覚悟が決まっている。なにせ最初こそヒーローとして登場する主人公もしょせんは軍隊のシステムの一パーツに過ぎなくて、自身の権能を遙かに超えるような状況では何もできないっていう残酷な現実までちゃんと映し出してしまうんだから。主人公がただ核戦争の回避を願うことしかできない置物と化す(そして頼みの耳も潰れてしまう)最終盤の展開からすれば、序盤のマッチョな愛国アクション路線はその無力や悲痛を見せるために用意された周到な罠だったんだろうと思えるほどだ。

いやまんまと騙された。潜水艦内のディティールが細かくてミリタリー映画としても面白いし、謎の潜水艦を巡るミステリー展開を経ての戦争シミュレーションへのジャンル転調も見事なもの、オマール・シー、マチュー・カソヴィッツと脇を固める役者にも不足はない。最後まで先読みの出来ない緊張感の続くたいへんおもしろい映画でした。ここまで読んでるぐらいな人ならたぶんもう映画観ていると思いますが超おすすめ。

【ママー!これ買ってー!】


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シナリオの完成度もすごいがほぼ全編管制室に籠もりっきりで全面核戦争の恐怖を強烈にドライブするルメットの演出力も尋常ではない。映画ファンの義務教育教材にしてほしい(映画ファンの義務教育って?)

【ソフト/配信】

ウルフズ・コール(字幕版)[Amazonビデオ]

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