《推定睡眠時間:25分》
フランス映画っぽいなーと思ったら監督はフランスでやたら評価の高いホン・サンスの映画でプロデューサーやってたキム・チョヒという人でこの人はなんでもフランスの大学で映画学んだんですって。いや、後知恵じゃねぇから! その情報知った上でフランス映画っぽいな~とかすっとぼけて知ったかぶってるわけじゃねぇからマジで!
本当フランス映画っぽいのよこれが。フランス映画って言っても色々あるけどさ、ちゃんとストーリーのあるコメディを撮って客を呼ぼうとしてる時のゴダール系っていうか。なんか、そういう映画撮る若いフランス映画の監督っているじゃないですか。オフビートで幻想と現実が境なく入り混じって、基本的に温度が低い、コメディなのかなんなのかよくわからんけれどもなんとなく可笑しいっていう感じの。最近の映画だと『静かなふたり』っていうフランス映画がテイスト的に近かった。これも女性監督の作。
で、そういうフランス映画は概してストーリーの主軸があやふやで変な方向に脱線ばかりしているので何の話なのかよくわからん。『チャンシル』さんもぶっちゃけなんだかよくわからんかった。ストーリーもよくわからないしキャラクターもよくわからないし(いやまぁわからないことはないのですが輪郭が不明瞭という意味で)エンドロールに流れる曲までわからない。
なんかね、歌唱は懐メロ的っていうか舞踊曲みたいな。でもバッキングはペケペケしたエレポップ的な。で日本語字幕が出るんですけど「チャンシルさんは福だらけ~」っていうサビの部分を何度も何度も繰り返してその間を「イエイエイ~イ…フンジャラム~ウ~ン~」みたいなハナモゲラ語で繋ぐ。そう聞こえるってことじゃなくてそういう和訳が字幕で出るんです。なんなのそれってなるだろ、そんなもん。
長らくコンビを組んでた監督が急に死んでしまって(この場面がホン・サンスの映画とそっくりなのであるから笑ってしまう)行き場をなくした女性映画プロデューサーの早すぎるのんびり引退生活をレスリー・チャンを自称する冬なのにランニング姿の幽霊(?)とか大家さんとの交流とか映画よもやま話なんかを交えて描く…みたいな大枠はあるんです一応。で、その大枠の中で監督が自由に遊んだみたいな。箱庭オープンワールド的な映画とでも言ったらいいのか。だからまぁ観てる方もその変な空気を楽しみつつ勝手に各々のオモシロポイントを見つけていけばいいんじゃないですか。
色々ありますよそういうの。撮影とかも一風変わった…これはですねどことなくロイ・アンダーソンの世界、画角とか画面構成とか。ケレン味のある照明は鈴木清順の映画とかに近いと言えなくもない。公園の健康遊具でなんとなしにトレーニングしていると前触れなく自称レスリー・チャンがやってきてそのまま一緒にトレーニングする…とか文字にすると何が面白いのかわからないと思うが、映像で観るとシュールでユーモラス。内容よりもタイトルの傑作感がすごいキアロスタミの『そして人生はつづく』を地で行くラストはなんだかわからんがそれなりに感動的ではある。『そして人生はつづく』も映画作りについての映画だったから意識してるんじゃないかな。雰囲気的には『桜桃の味』かもしれないけれど。
あとやっぱ映画トークね。冒頭からホン・サンス映画のパロディをカマしてスキャンダル報道でやる気をなくしたホン・サンスをメタフィクショナルなギャグにしたかのような展開を持ってくる(なんせキム・チョヒはホン・サンス映画のプロデューサーだったわけだから)あたりで映画好きにはもう面白いわけですが、飲み屋でやっぱ小津こそ巨匠中の巨匠っすわ~あれが映画なんすよ~とベタなことを言う(※このあいだ小津オマージュのアメリカ映画『コロンバス』っていうのもやってましたけど、なんで韓国含む欧米の映画マニアってそんなに小津好きなんすかね?)プロデューサーに対して同席した男、「見たけどちょっと退屈でしたねぇ」。
酔ったプロデューサーが小津の魅力を熱弁すると男、「僕はほら、クリストファー・ノーランみたいな映画の方が…」と火に油を注いで、まったく映画オタクとは面倒くさいものだなぁとこのシーンは苦笑い不可避。でもそれが、プロデューサーがなんで映画界を目指したかっていうのを再考するきっかけにもなったりして、そういうところはなかなか巧み。
あれ、沁みたよな。プロデューサーがエアチェックしたラジオの映画紹介コーナーをカセットテープで再生するところ。「みなさんこんばんわ、映画の時間です。前回の映画は『バベットの晩餐会』、傑作でしたね。さて今日ご紹介する映画は…」とまぁこんな感じですが、俺の世代だとギリでテレビの映画番組と映画解説者(※流行の「映画コメンテーター」とかとかではない)が映画の原体験っていうところあるからさ、淀川長治とか水野晴郎とか、あと忘れちゃいけない木曜洋画劇場の木村奈保子! エログロバイオレンスのB級映画ばっか放映してるくせに「あなたのハートには何が残りましたか?」とか言われても何も残らねぇだろとか思いますが、今でも覚えてるってことはやっぱ何かは残ったんだよね。それ、この映画観てて思いだした。
で、映画作りをやめたプロデューサーは忙しくて振り返る暇がなかったそういう映画への情熱を段々と思い出していくんです。取り戻したかどうかは知らないしそれはたぶんどうでもいいことで、思い出すことがやっぱり大事なんじゃないですかね。この映画自体、レスリー・チャンをはじめとして台詞にも映像にも映画オマージュが詰まっていて、あたかも長年プロデューサーだった監督が自分が映画で何をやりたかったか一つ一つ思い出しながら作っていったかのように見える。
対象から距離を取ることで見えてくる愛とか、あるよね。あるかどうか知りませんがまぁたぶんあるんです。なんかよくわからんかったけどそういうことについての映画だったんじゃないかなこれは。素直に面白いとは言い難いが、なんか、ハートに残る映画ではありました。エンディングの謎曲も含めて。
映画冒頭の監督死亡飲み会はたぶんこの映画の飲み会シーンのパロディ。
こんにちは。本作を見た後、向かいの〝春光乍洩〟という名のカフェで『ブエノスアイレス』のポスター眺めながらランチしてた時に耳にした会話です。
店主「今日は映画?」
客「ううん、仕事。来週はイ・ビョンホンの新作と韓流いくつか見に来るよ。」
(私:以下心の声「KCIA!」)
店主「チョンシルさんは福が多いね は見た?」
客「何それ?どーゆーの?」
店主「あたしも見てない。何で見てないの!って言われた。レスリー・チャンの幽霊が出るんだって。愛の不時着の人が出てるって」
客「えー!チェックしてなかったあ!」
(私「そういうテンションの映画では…ちなみに私はトニー・レオンの方が…」)
映画の映画、には涙腺緩くなってしまいます。
彼女の転機が『ジプシーのとき』って…シブいわ。
文盲の大家さんとの交流は歴史の断片、沁みます。
そういえば、キム・ギドク監督、ラトビアで客死してたんですね…
あ、『ジプシーのとき』でしたか!なんでか『バベットの晩餐会』で覚えてました笑
いやぁ、しかしそれは良い鑑賞後エピソードっすねぇ。なんとなく映画の中から抜け出てきたような感じで。「レスリー・チャンの幽霊が出る映画」って、まぁ間違ってないと言えば間違ってないですけど、それを期待して観たカフェ店主が後日どんな感想をこの客に話すのかって思うとなんだか笑っちゃいますね。映画も変な良い映画でした!