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すごい邦題である。『イルミナティ 世界を操る闇の秘密結社』。すごい惹句である。「観ると、消される」。すごいタイトル画面である。「字幕監修:橋爪大三郎」。いやこのタイトルと題材で!? いかがわしいオカルト映画ばかり買い付けてくるトカナ配給の映画で!? 橋爪大三郎ってあの橋爪大三郎なの!? 別に橋爪大三郎をそんな大した人物だとは思っていませんがこんなところに絡んでくるとは思わないだろう普通。でもまぁ本編を見れば納得、これは映画で観るオカルティズム教養講座なのでした。
いやー、どうせ騙されてるんだろうなぁとは思っていましたがまさかそっち方向に騙されるとはねー。「観ると、消される」とかカマしといて内容は公開講座っていうこの見事なまでの裏切りねー。知らないけどこれはみんな怒るんじゃないかなーこれはー。でも難しいですよねー。ちくしょう騙された! ってムカつくのはムカつくかもしれませんけど騙されやすい客を騙してある程度ちゃんとした知識を強引に学ばせ身も蓋もなくイルミナティ陰謀論を完全否定するのですからこう、やっていることとしてはむしろ道徳的というか。
逆にこんな大して面白くないお勉強映画をアノ手コノ手で見せようとした結果が『イルミナティ 世界を操る闇の秘密結社』の邦題であり「観ると、消される」の惹句なのだとすればこれは啓蒙活動としか言いようがない。あまりの正しさに嘘だが感動してしまう。イルミナティ陰謀論を信じる人が素直にこんないかにも釣り針っぽい映画を観に来てくれるかは大いに怪しいとしても、「もしかしたらあるかも?」ぐらいな感じの人なら観に来てくれるかもしれない。「もしかしたらあるかも?」の人が独学でネットの海に分け入り「ディープステートの選挙不正!」とかに変わってしまう前にこの映画を観に来てくれたらしめたもの、それぐらいのレベルの人ならまだこの映画の内容を受け入れてくれるだろう。世のため人のための映画である。
さてイルミナティとは一体何か。まぁ私もオカルティズムの知識は保育園なのであまり自身を持っては言えませんが要は18世紀以降のヨーロッパによくある新興宗教の一つだよね。この映画の中では尺の関係もあってかあまり触れられていせんでしたがこういうの当時たくさん興ってたわけですよ、時代が理性と科学の方へと舵を切っていく中での旧態依然とした封建制とか教会支配への反動として。映画の中ではイルミナティの階級とか暗号とか儀式とかがたくさん紹介されるんですけど、ぶっちゃけつまんなかったよね。オリジナリティを感じる要素なんかほとんどなかったので。全部ほぼほぼどこかで見たやつだし、どこかで聞いた思想なんです。
「真実の」イルミナティを解説してくれるのは主に長年イルミナティ=フリーメイソン陰謀論の被害を食らい続けてきたフリーメイソン会員の研究家(?)たち。その意味では当事者とまでは言えずとも関係者視点のドキュメンタリーになっているわけで、多少客観性を欠くと言えなくもないが、まぁ別にフリーメイソンがイルミナティの嘘をついて得をすることもないだろうし、字幕監修だとしても橋爪大三郎通してるので、映画の中で語られるイルミナティの実態に関しては基本的に信じてよい。
個人的なことを言えば「あぁ実際こんなもんなんだろうな」と納得できたのはイルミナティのオリジナリティのなさで、異端信仰が教会にバレたら処刑されるぐらい怒られる時代だったのでイルミナティは秘密結社の形態を取っていたわけですが、その中で培養された厨二的密儀の数々はともかく、「自己研鑽」とか「原罪の否定」とか「神の遍在」とか…最近ニューソートっていう18世紀の大神秘家スウェーデンボルグに端を発するアメリカのキリスト教異端の歴史の本を読んでるんですけど、ぶっちゃけ、言ってることの本質は大して変わんないんですよ。
ニューソートはもっと個人主義的なのでイルミナティみたいなユートピア構想とかは持ってないっぽいですけど、これはカトリック的な階層秩序かプロテスタント的な共同体かみたいな違いっていうぐらいな感じで、ニューソート諸派にしてもイルミナティにしても結局個人の霊性の向上っていうのを目指してみんな入会するんで、一会員にしたら(時代も場所も組織形態も違うとしても)ニューソート系の教会だろうがイルミナティだろうがフリーメイソンだろうがなんでもいいやっていうか、だってニューソートなんて今の日本でも幸福の科学がニューソート系の宗教ですからバリ現役なわけで、結局いつの世もそういう新興宗教を求める人はいるっていう、で、逆にそういう新興宗教をなんかよくわからん連中として実態以上に恐れて妄想を膨らませる人もまたいつの世もいるっていう、なんかそんな程度の話なんですよ結局。自己啓発本とか自己啓発セミナーもニューソートが原点ですし。
までも面白かったエピソードもあってですね、イルミナティとフリーメイソンが熾烈なシェア争いを繰り広げた結果、どんどんイルミナティが客寄せのために胡散臭い歴史的背景を付け足したり密儀をカッコよくしたりして厨二っぽくなっていったっていう…なんて俗っぽい話なんだって思うよね。とんこつラーメン屋じゃねぇんだからみたいな。しかもそれがイルミナティ陰謀説の「根拠」になってしまったという間抜けな顛末。
でもそういうのも本当にいつの世もあるもので、初期オウム真理教は当時隆盛を誇っていた新興宗教の阿含宗から教義とか宣伝法とか多くをパクって出来上がった非公認分派のようなものですが、その時にどうやって教団を売り込んだかって阿含宗では身につかない超能力がオウムの修行カリキュラムなら身につくぞとか、なんかそういうシェア争いっていうのを猛烈に意識してる感じなんですよ。布教用の本のタイトルとかも露骨に阿含宗教祖の桐山靖雄が出した本からパクったりしてるぐらいで。修行は「解脱するか狂うか!」みたいな煽り文句を付けてどんどん激しく人目を引くものになっていきましたし。
だからこの映画は内容的にはガチの教養ドキュメンタリーなのであんま面白くないんですけど、なんていうか、洋の東西を問わず人間こんなことずっとやってるんだなぁっていう呆れながらの感慨があったというか、まぁとにかくですね、タメになるからみんな見ておけ。
【ママー!これ買ってー!】
なんとイルミナティ創設者アダム・ヴァイスハウプトの手になる(とされている)結社パンフレット! そんなものまで翻訳が出るのか! 金になるんだなイルミナティのネタ。