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食えないカルチャー雑誌編集長の大泉洋が対立する同じ社の文芸誌からベテランオッサン作家・國村隼の連載を奪い取るべく部下の雑誌編集者・松岡茉優をダシに使うという昨今の過敏気味のモラル基準からすれば危ういな~と映画の内容とは別のレベルでヒヤヒヤさせられる場面があったのだがそう感じたのも束の間、國村隼が松岡茉優にキモ絡みをしたところで「なんか気持ち悪っ」と観客のだいたいが思ってるっぽいことを松岡茉優は代弁してくれるので胸をなで下ろすのであった。
うまいなぁと思う。このギリギリを攻める感じ。ここネットで炎上するんじゃない? っていうラインをちゃんと読ながらあえて取り入れることで(かどうかは定かではないが…)ハラハラ感を演出しつつそのハラハラをひっくり返してスッキリに変える演出と脚本のマジック。なんかそういう映画でしたね。観客の感情のコントロールがうまいなぁっていうそこに感心するしその煽情っぷりがちょっと怖くもなる映画。
老舗出版社の社主っぽい人が死んでしまった。まぁなんか詳しい設定とかは忘れてたがそれで社内に権力闘争勃発。このままでは経営状態が悪くなる一方だってんで不採算部門の閉鎖を含む大胆な改革を訴えるのが外から引っこ抜かれてきたっぽい社長代行みたいな佐藤浩市。たとえ短期的な業績が芳しくなくてもあくまで伝統を守るべきで組織再編なんかもってのほかと頑固に譲らないのが同社一筋でやってきた専務だかの佐野史郎。でこの対決に大泉洋とか松岡茉優が巻き込まれます。
佐藤浩市派の大泉洋は経歴的にも佐野史郎より佐藤浩市寄り。色んな雑誌を転々としてきた謎の男で企画の鬼。要は雑誌なんか話題性抜群のオモシロ企画がありゃいいわけでしょって感じで信用できないことこの上ないが刺激的な企画を引っ張ってくるのは事実。佐野史郎が社の柱と考える大して売れない文芸誌を潰して佐野史郎の発言力を削ぐべく、佐藤浩市は大泉洋にカルチャー雑誌を使って文芸誌に戦争を吹っかけるよう指示します。
一方、松岡茉優は書店の娘で文芸大好き人間という出版サラブレット。こちらは例の文芸誌の編集部員であるから佐野史郎派であったが、新人賞の選考過程で「先生方に審査の論点が見えにくくなるから」とかいう知ったこっちゃねぇよ理由で才気迸る応募作が落されたことで編集部と佐野史郎に不信を抱き、ウチなら好きなことできますよ的な大泉洋の甘言に乗せられて大泉洋配下に。
かくして佐藤浩市と佐野史郎の代理戦争が社内で勃発。作家を奪い合ったり企画で出し抜いたり禁断の炎上商法に手を出してみたり…となんだか危うい感じの方向に向かっていくのでした。出版社、仁義なさすぎ。
それにしてもヒヤヒヤされられるといえば街角書店を経営する松岡茉優の父親を演じているのが塚本晋也。こ、これは…いやあくまで偶然なのだろうが(偶然かなぁ?)塚本晋也の街角書店といえば2019年末に休刊した映画雑誌「映画秘宝」がそのわずか数ヶ月後に版元を変えて復刊を果たした際の告知ムービーじゃないですか。のんこと能年玲奈が映画秘宝ありますかーって塚本書店に行くやつ。そして映画秘宝といえば今年1月の編集長によるメンヘラ恫喝メール事件を期に一ヶ月以上にも及ぶ長期ネット炎上に入り目下の所くすぶり中、その過程で編集部員や相談役やライターなどなどの関係者が次々に編集部の内情や不満をツイッターで晒し内紛の様相を呈してきた雑誌というわけで…なにその微妙な映画と現実のリンクっぷり! 面白いけどヒヤヒヤするよ!
ま俺はこの内紛というのもある種のプロレスノリというか悪ふざけとは言わないけれども多分にパフォーマンスを含んだ政治的なものだと思っているので(政治的って右翼とか左翼とかそういう意味じゃないですよ)この映画の中の内紛みたいに深刻な対立ではなかろうと冷めた目で見ているわけですが、でも面白かったのは内紛の根っこはわりと共通するものがあるっていうか、『騙し絵』も秘宝炎上も「あんま前のめりで走ってばかりいちゃダメですよ」って話だと思うんですよね要は。
この映画の大泉洋っていうのはとにかく敵をどうやって出し抜くかっていうことしか考えてないんですよ。本質的に競争的な人で四六時中脳みそを回転させてあれは使えるこれも使えるってそれしか考えない。その部下の松岡茉優は最初こそ大泉洋のエネルギーとオモシロ至上主義に乗っかってこの人となら面白い本が作れるぞーって仕事を超頑張るんですが段々疑問が生じてくる。競争的なオモシロ至上主義も企画至上主義もいいですけど…でもそれで雑誌って持続可能ですかね? そういうのって短期的には読者を引きつけるかもしれないですけど長期的に考えたら雑誌の理念とか核っていうのが企画とは別に必要になってくるんじゃないですか?
というわけで映画は上層部の代理戦争を経て本の在り方をめぐる大泉洋と松岡茉優の対決に物語が収斂していくわけですがこれ秘宝だわーって超思ったよ。もうね超秘宝。コロナ禍で本来の公開日が半年以上延びたのが悔やまれますよ。もしこの映画を見て秘宝の岩田元編集長が「やっぱり走りすぎはよくないな!」ってメッセージを受け取っていたらDM事件は起こっていなかったかもしれないわけですからねぇ。
これあくまで俺個人の妄想的考えですけど秘宝っていうか岩田元編集長って走ることばっか考えすぎたんですよ。だって早すぎるでしょ休刊から復刊まで半年未満とか。その間に別の版元で秘宝出すために商標取って編プロ立ち上げてってそんなん組織体制整うわけないじゃんね。で整ってない組織体制であのボリュームの雑誌(とムック)を毎号刺激的な企画付けて出し続けるわけでしょ。無理だよね。足腰ガタガタですよそんなの。組織体制の見直しとかリスク評価とか経営方針の策定とか諸々できませんよ。だから仮に今回の炎上がなくても遅かれ早かれその歪みっていうのはどこかで噴出したと思います。あくまで俺説によればですけど!
で、そういうことを考えると面白いのがさ、俺この映画って観てる間は超すげーやべーおもしれー韓国映画にも引けを取らない完成度ださいこーって思ってたんですけど数日経って今振り返るとなんか、結構そんなでもない。ユーモアもサスペンスも芝居も脚本も全部が垢抜けていて面白い映画には違いないと思うんですけど不思議と抜けるんですよ頭から。このシーン染みたなぁとかあのシーンはムカついたなぁとか、そういう画の記憶っていうのがあんまりない。誰の演技がどうとかどこの風景がどうとかそういうのが。
それってつまり面白い出来事しか出てこないからなんですよ。たぶん作りとしては最近の海外ドラマとかを参考にしていて、急展開急展開急展開に次ぐ急展開と逆転逆転また逆転っていう「事件」を数珠つなぎにしてるんです。そしたら観てる方はジェットコースターに乗ったみたいな感じで次々繰り出される刺激に身を任せますよね。たのしい。エキサイティング。ヤッホー。でもジェットコースターって乗ったらそれで終わりですよね。後からしみじみとその体験を振り返ってジェットコースターから観た風景を味わうとかそういうことはあんましない。俺はジェットコースター乗れないのでそこらへんはまぁよくわかんないですけど。
こういう風に刺激で刺激を塗りつぶしていく作りって劇中で大泉洋がやってることそのものなんじゃないですかね。俺べつに悪く言うつもりはなくそこも含めて批評的なよくできた映画だと思うんです。面白かったでしょ。でも面白い以外になんか残りました? みたいな。もちろんAmazonなんかの進出による出版業界の地殻変動とその上で揺れまくる出版社っていう今日的な題材がお話の軸になっていて、それを背景にモラルの問題であるとかジェンダーの問題であるとか伝統と革新の対立etcと様々な問いかけが展開されるのでオモシロ以外にもいろいろあるんですけど、だけどその扱い方は意地悪なぐらいにドライで、こんな映画一本観たぐらいで社会問題分かったように思われちゃ困るよぐらいな、そういう批評的な距離感というのはあるんです。
走りすぎてはいけない。情報速度が爆速の5Gな世の中に翻弄されると身を滅ぼしますからやっぱ立ち止まって一人でじっくり本を読むとか大事。塚本店主が大して売れなくても街角本屋を続けてどうせ本なんか買いやしないガキどもの立ち読みを許していたのもそういうことを伝えたかったからなんじゃないですかねぇ。あぁ、塚本書店に岩田編集長が立ち寄っていれば! いいよもうその話は。
※個人的MVP俳優はファッションモデルのヤクザみたいなマネージャー。すごくああいう人いそう。
【ママー!これ買ってー!】
映画秘宝のインタビュー記事では脚本家か監督が「沈みゆくタイタニックの中での仁義なき戦い」と『騙し絵の牙』を説明していたが『仁義なき戦い』シリーズよりも近さを感じたのは『沖縄やくざ戦争』。
↓原作
松岡茉優の書店の父親が誰だかわからなくて悶々としていた最後に、スタッフロールで塚本晋也とわかって納得した勢ですが、悲…秘宝CMを知っていた人なら指摘されたように二重のインパクトがあったことかと。上映が一年延期していますし、当時公開していればイースターエッグのような楽しみ方はより大きかったかもしれません。
見終わったあとすぐは國村隼の似合わない髪のうねる様が記憶にありましたが、しばらく経って残ったのが、小林聡美とトリニティの女性編集者の原色っぽい服装だったので、確かに面白さを味わったあとは振り返って景色を思い出すことはしないタイプの映画なのかもしれないです。そういえば、あの雑誌、話題の号以降の掲載内容やビジョンが出てきた様子もなかったですし…継続から遠い誌面づくりではありました。でも面白かった、というのは難しいですね。
トリニティはあの炎上商法的に超売れた号で実質的に終わってしまうんですよね。まぁ編集部もあんな状況ならモチベーション上がらんだろと思いますし。だけど、自分があの世界にいてあの号を本屋で見たら普段は買ってなくてもたぶん興味本位でその号だけ買うんだろうなぁと。それをメタ的に体現した映画だったと思いますし、そういうところも今の秘宝(野次馬が進展見たさに買う)と被ってなんとも言えない味になってたと思います。
小林聡美のえげつない図太さ、業界人っぽいな〜って感じで面白かったです。主役格よりも助演陣のいかにもな業界人描写の方が印象に残る映画でしたね。トリニティ編集部の小僧(佐々木インマイマインに出てた人)とかも服装含めて「いそ〜!」って感じで。
面白かったので原作の方を見たらびっくりしました。これ原作とかなり変更点が多いんですね。映画の登場人物オリキャラが多いし、そもそも騙し絵の牙というタイトルの意味も違うし。
え、そんなに違うんですか。雑誌のインタビューで監督が「こう脚色してくるとは思わなかった」みたいなことを言ってたので大胆に構成とか変えてるのかなぐらいは思ってたんですが、登場人物も映画用に作ってたんですか。そういえばこの監督の映画だと「桐島、部活やめるってよ」もかなり原作からの変更点多かった気がします(面白いので個人的には無問題なんですが)