ネットって本当に怖いものですね~映画『スプリー』感想文

《推定睡眠時間:0分》

タイトルは日本なら連続通り魔とかいった方が通りのよさそうなスプリーキラーの語から取られているのだろうがスプリーといっているわりにはこの主人公あんまそんな殺さない。何年もライブ配信やってるけど視聴数まだ1ケタでしかもそのうち1人は昔バイトでベビーシッターをしてた年下キッズ配信者か~やっぱ企画力が足りないのかな~そうだ! 人をたくさん殺してライブ配信したらキッズにバカ受け間違いなし! うぉ~バズるぜぇぇぇ!!!!!

って感じでウーバー的なライドシェアの仕事を始めた殺人主人公くんは自車を殺人配信カー(※カメラを何台も取り付けて毒入り水を置いただけ)に改造、序盤はこれに乗せた人たちの目的地を片っ端から地獄に強制変更していくのであったがその勢いはすぐにしぼむ。…伸びない。3人ぐらい殺したのにまだ視聴数が10人もいかない。そんなバカな…たった数時間で3人も殺したのに!? 殺しがダメならじゃあ何をすればバズれるんですか!? まずその発想がダメだろ。

そこから先で描かれるのはバズらないと死んでしまう殺人主人公カートくんの涙ぐましいばかりのバズ乞いであった。出会った人には「ハッシュタグ〈カート・カンクル〉で拡散してくれな!」と声をかけまくるが誰もカートくんのタグを拡散しようとはしない。昔ベビーシッターをしてたキッズ人気配信者をゲストに出せば多少は視聴者の流入もあるだろうと絡みに行くもぶっちゃけ向こうは友達だとは思っていないのでウザキモおっさん扱いされる。殺人配信車の車内では自作ヴェイパーウェイヴっぽい曲を流して俺の面白さを乗客たちと10人未満の視聴者にアピールするがうるせぇから消せと客に怒られてしまう始末(もちろんそんな奴は地獄行きだ! 俺の才能を理解しない奴は!)。

極めつけは偶然乗せたインフルエンサー女性コメディアンであった。このコメディアン、ハッシュタグを拡散してくれないだけならまだしもライブで披露するネタの中でカートくんのバズ乞いエピソードを話してしまう。それでもちゃんと笑いに変えてくれるのならまぁ宣伝にもなろうものだから悪くはないが「なんかSNSに毒されてて可哀そうだった」みたいなシリアストークにされてしまってカートくん自我崩壊。もはやノリノリでスプリーな殺しに向かう意欲はゼロだし観てるこっち的にも殺人を楽しめる気分はさっぱりなくなりむしろ居たたまれない感じである。切ない…なんだか切ないぞこれは…。

しかしこの切なさは欧米ホラージャンルのある意味伝統、SNSが題材にはなっているが本質的には『タクシードライバー』に端を発する「孤独な殺人タクシードライバー」の系譜の映画と見ていいだろう。『新マニアック』の母親とホラー映画だけが友達なジョー・スピネルも孤独のあまり発狂して憧れの女優を主演にした自主映画を撮るためにカンヌ映画祭に向かうタクシードライバーだったし、かの『ネクロマンティック』の監督として有名なユルグ・ブットゲライトのセンチメントなシリアルキラー映画『シュラム』も主人公の職業はタクシードライバーだった。

この二人がトラヴィスの童貞ブラザーであったのと同じようにカートくんも童貞っぽいし恋人とか友達とかいなさそうな感じである。トラヴィスの時代にはネット配信がなかったから承認欲求を満たすためにはリアルを模索するしかなかったが良いですねぇ今はネットがあります。誰でも手軽に承認欲求を満たせるネット最高! 最高なのでバカからゴミまでみんなネットで俺をアピールします。まるで蜘蛛の糸に群がる亡者。あれだねニコ動とかもさ初期は顔出し配信する人が珍しかったから顔を出す勇気さえあれば誰でもネットの有名人になれましたけど今は顔出しなんか珍しくないのでよほど芸がないと一発当てるのは難しい。そんなようなことがアメリカの素人配信業界にも起こってるみたいですねぇ~あぁ切ない!

映像スタイルはなかなか新鮮でPC画面のみで展開するスクリーン・ライフ映画のスタイルをスマホを使ったライブ配信に適用してPOV映画とドッキング、更にはファウンド・フッテージ映画のスタイルも隠し味的にミックスされて(これが皮肉が効いていて良い)いかにも現代的なホラー映画として楽しめるようになっているが、そういうわけで内容的にはいつの時代にもある孤独な男の承認欲求暴走もの。もとより痛々しいジャンルではあるがこの殺人鬼カートくんは9.11陰謀説を信じているアホの子だとしても人種差別には反対だし金持ちには容赦がないしちゃんと頑張ってる人は殺さないで見逃すという根はハッピーでやさしい人なので、トータル10人弱は殺してるので根もクソもないのだがより痛々しくより切ない感じである。より笑えてしまう感じでもある。

「孤独な殺人タクシードライバー」映画はタクシードライバーという職業柄主人公が様々な人と接することになる。っていうんでどれも意外と社会派っぽい側面があったりして、殺人鬼の主人公も悪いがそいつを殺人に向かわせた社会にも問題はあるんじゃないか、という視点が入ってくる。『スプリー』はとくにそのへんが前面に出ている映画で、哀れなカートくんは結局ネットの無責任な暇人どもの暇つぶしのコマでしかなかったし、植松聖や加藤智大のような日本のスプリーキラーと同じようにカートくんもまたネット聖人としてを主に4chanを培養地にネタ的に崇められシェアされるのであったが、殺人鬼もおそろしいが殺人鬼を祀り上げるネット民も負けず劣らずおそろしくおぞましいのだった。

その意味ではホラーというよりもブラックユーモアとか風刺劇寄りの映画かもしれない。最近の映画でいえば『ガンズ・アキンボ』なんかは社会風刺の対象が同じ、ネット災難ドキュメンタリーの『フィールズ・グッド・マン』はペペというネットミーム化したカエルのキャラクターの変遷を追ったものだったが、そのペペは『スプリー』にもセリフというか視聴者コメントとして出てくる。Netflixの米国現代ネットセレブ・ドキュメンタリー『アメリカン・ミーム』とか『FYRE』とも繋がるところがあったりしてたのしい。

と、同時に、実に苦ぁい気分にさせられるのであった。『天使にラブ・ソングを…』のあの曲としておなじみのゴスペル曲『I Will Follow Him』なんかラストに流されたらですねそれは苦笑いです。インフルエンサー志望者の神はスマホ画面の向こうにいる有象無象なわけですねぇ、あっはっはっ…はっはっ…。

※ところでこの映画、現代ネット映画であるからしてネットスラングが多用されるのだが日本語字幕は字数制限とか伝わりやすさの関係でそのまま訳すわけにもいかずかなり端折っており、これに限ったことではないのだがネット映画としての面白さがそれなりに損なわれているのはもったいなくないかとか思う。DVDにネット民向けスラング字幕みたいなの、特典で入らないかな。

【ママー!これ買ってー!】


ありふれた事件 [DVD]

『スプリー』は手法的に現代版『ありふれた事件』っぽくもあった。あのエンディングを踏まえれば確かにこれも「ありふれた事件」ではある。

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