世の中って広いですね映画『グレーゾーン』感想文

《推定睡眠時間:0分》

予算規模的にはわりとお金のある自主映画かVシネのレベルと思われる映画なので推して知るべしというかこういうことはすっぱり言ってしまった方がいいと思うがこんなの普通の意味で面白いわけがない。それはこの映画がとかこの監督がとかじゃなくてもう身も蓋もなく金のない娯楽映画は基本的に全部つまらないわけです。ハリウッドの娯楽映画を見れば建物が爆発するシーンなんかはもはや自然風景ででもあるかのように当たり前に出てくるわけですがそんな本格的な爆発シーンは日本のVシネ程度の予算なら撮れないどころかVシネ何本かの予算を全部足しても撮れないかもしれない。

建物爆破は無理でも血ぐらいなら出せるでしょ、といえばそれは確かにそうでしょうが血だって湧き水みたいにどっかからタダで汲んでこれるわけじゃないんで当然相応のモノが必要になりますし技術も必要、血を飛ばしたらそのシーンの撮影場所は確実に汚れるのでそれがオッケーなロケ地を探すのも一苦労だしもちろんそれにも金がかかる、CGの血なら安上がりというのは編集ソフトに入ってるプリエフェクトとか使って監督自身が付けるならそりゃ安上がりでしょうけど…それ見てどう思う? うわぁ血だこわーい…ってなれます? CGの血だってちゃんと作ろうとしたら専門のスタッフが必要だしスタッフにはもれなく金がかかるわけで…いやまぁこの金をやりがい搾取的に支払わない悪徳自主映画監督というのは日本には死ぬほどいるわけですがそれはまた別の話。

つまり、情熱がどうとか映画愛がどうとか言いますけど娯楽映画のクオリティとは基本的に予算のことです。もう身も蓋もないが事実は事実なのでしょうがない。ある程度の予算を確保しないとスタートラインにすら立てなくて、そこからは作り手の腕の見せ所でしょうけど、どんなに腕の良い職人がいたとしても最低限の材料も設備もなければその職人は腕を振るえないというのは当たり前のことです。なぜかこの当たり前が日本ではあまり通じないから不思議なのですが…とそれもまた別の話だ!

えー、まぁ、だからそういうことですよ! あのですね先に言っとく! 先に言っときますけど『グレーゾーン』かなり予算が厳しいっぽい中で最大限お客さんを楽しませようとめちゃくちゃ頑張っていたしすげー工夫してたと思う。一秒たりとも客を飽きさせまいとするその執念とも言えるサービス精神には並々ならぬものがあって、これも先に言っておきますけどぶっちゃけ苦笑いの映画ですよこんなの! でも俺はこの監督の次の作品も次の次の作品も(できればもっと予算を付けて…)観てみたくなりましたよ。そう思わせるポテンシャルは確実にあって、これはまだポテンシャルでしかないかもしれないけれども予算がないからとムードとか人間ドラマとかあるいは「センス」に逃げずに正攻法の娯楽映画として見事に撮り上げたのだからすごいと思うし、なんか海外の名前も知らねぇ映画祭とかでウケようとしてアートぶった自主映画を撮る監督とかは一度はこれを観るべきだと思う。いや、本当にそう思いますよ、本当に。

はいじゃあひとしきり褒めたのでここからは悪口のコーナーでーす。うーんキツイね。キツさポイントはいくつかあるのだが監督兼主演の宏洋のコメディ芝居がほぼ全編に渡ってダダ滑りしているものの本人はこういうおちゃらけが好きな人だしお客さんを笑わせよう笑わせようとしてコメディ芝居ばっかやるものだからわりと地獄っていうのがまずあるよね。それが「まず」なんだ…と震撼している人もいるかもしれないが「まず」です。

次にキツイのがシナリオね。これは二点キツさがある。どういうプロットかというとなんかまぁ色々あるんですけど要は『特命係長 只野仁』とか『静かなるドン』みたいな普段は情けない男が実は…系のサスペンスあり恋愛ありアクションありちょっとのSFありのコメディで、只野仁ポジションのキャラを演じるのが宏洋。でまぁ宏洋はYouTuberなんでその感覚がシナリオにも反映されていて、とにかく情報や出来事を詰め込む、間を開けない、どんでん返しには何の躊躇もないので終盤は8回ぐらいどんでん返る。

どんでん返しってそれまで信じていた前提が覆るから面白いわけじゃないですか。だから前提は強ければ強いほど基本的にはよくて、それは前提だけでシーンやシークエンスが自然に動いていくようなシナリオ上の「間」を多く作るということでもあると思うんですが、このシナリオの場合はとくに終盤マジで「間」がないんでいくらどんでん返ししても白けるだけでなんの驚きも面白味もない。これはキツかった。

それからシナリオのキツさのもう一点はコミック調を狙ったにしても考証とか整合性から成る一定程度のリアリティが、ここにはほとんど見られない。キラキラ映画みたいにある種のファンタジーとして割り切るならそれでもいいかと思うんですけど、基調はサスペンスだからそうなるとこれはキツイよな。やっぱ一定程度のリアリティはないとサスペンスにならないもん。身も蓋もないけど。

あとは…あでも意外とそんなもんかもしれない、キツイところ。なんか書きたい悪口なくなっちゃった。宏洋の過剰なおちゃらけはともかくとして俳優陣は適材適所でよかったからかなり的確に演出を付けていることがわかるし、映像的には動的なショットが多いのと突然YouTube動画風のフレームをはめ込んだりする素っ頓狂なユーモアが特徴的で、カット尻をガンガン切っていく間を作らない編集も含めてネット動画世代の映像感覚っていうのをすごく感じた。これはシナリオの面だと結構悲惨な方向に作用してましたけど映像面だと全然良くて、画面の面白さで助かってるところは相当あるなと思った。その現代的な映像遊びを除いてもシナリオの(交通整理や取捨選択をしないがための)抑揚のなさとは対照的にカメラワークなんかはケレン味もあり緩急もしっかりついてるので映像は普通に面白い。

あとはまぁあれだよね、やっぱ宏洋と大川宏洋を切り離しては観れないんで、どうしても頭の中で宏洋が携わった幸福映画と比較したりするわけですよ。ちょっと感慨深いものがありましたね、そしたら。あぁそうかこういうことが本当はやりたかったんだなぁみたいな。たとえばさ、教団的にも宏洋的にも黒歴史になってしまった暗黒青春映画『さらば青春、されど青春』では若かりし頃の某大川隆法(的な)を宏洋がつまらなそーーーに演じてましたけど心の中の悪魔を一人二役で演じてる時はめちゃくちゃ楽しそうに演じてるように見えたんだよ。『君のまなざし』っていうおいそのタイトルはっていう幸福映画でも宏洋が陰陽師になってのバトル展開とかがあって、こういうケレン味は最近の幸福映画にはまーーーーーーないもんですから(あるけど作り手の興味がそこにないので全然面白くない)あれはやっぱ宏洋のテイストだったんだなっていうか、まぁなんかそんな感じで。

それからこの映画って宏洋がヤクザの一家に拾われてその跡目争いに巻き込まれるような展開になるんですけど、ねぇ、アコギな商売をしてる親父の跡目争いですよ。その家族構成とかを見るとうーんこれはっていう感じにはなるわな。たぶんねそれは確信犯的にやってるんじゃないですか。なんか宏洋がこのヤクザの親父に色々言うんですよ、あんた子育てには失敗したよ、とか。その子供たちに対してはお前らの商売は犯罪なんだよ、とか。

こんな血の通ったドストレートなメッセージを内包した映画ってなかなか無いよね。まこんな映画っていうかこんなポジションの映画監督がそもそも少ないわけですが(他にいないだろ)、こんなメッセージを最近の流行言葉で言えばえげつないほどのサービス精神で塗りたくられた生粋の娯楽映画のフォーマットに乗せてくるわけですから、そういう意味では唯一無二の映画で、幸福ウォッチャーは当然観るだろうがとくに幸福に興味が無い映画探求者も必見、普通の映画好きの人はどうでしょう…と思うがなんか適当な日本の自主映画とかVシネを観てから観に行けば面白いかどうかはともかくとしておぉぉぉチープだけど盛ってるなぁぁぁぁ! と面白いかどうかはともかくとして感激できるんじゃないかと思うので、機会があったらみなさん観ましょう。世界が広がります。

【ママー!これ買ってー!】


闇経済の怪物たち~グレービジネスでボロ儲けする人々~ (光文社新書)

世の中にはいろんなグレーゾーンがあるんだなぁ~(映画とはとくに関係がありません)

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