ニューヨーク解毒旅映画『17歳の瞳に映る世界』感想文

《推定睡眠時間:0分》

観た人は誰もが言うと思うが原題の「NEVER RARELY SOMETIMES ALWAYS」っていうのが効いていてどういう意味なんだろーと思っているとその台詞が出てくる場面でグワっと感情持ってかれるんだよな。邦題はこのタイトル演出を汲んでいないじゃないかという声もあるようだがでもこれを日本語にするのは難しいっていうか無理だしカタカナ直訳だと…長ぇし。あと、フックがゼロだし。『ネヴァー・レアリー・サムタイムス・オールウェイズ』…ってねぇ。なんかインディーズ映画を観る会とかだったらそれでも良いと思いますけど一般公開作だと難しいでしょう、さすがに。

という話はまぁどうでもよく。いやぁ面白かったなこれは。いかにもなアメリカのインディペンデント映画っていう感じではあるんですけどダルデンヌ兄弟的なドキュメンタリー・タッチで撮られているから緊張感が一瞬たりとも途絶えない、カイル・マクラクラン似のペンシルバニアの女子高生が中絶手術を受けようとニューヨークに行くだけのお話なのに大都会の一寸先は闇ということでドキドキしながら最後まで引っ張られてまるで大冒険のようである。目的が中絶手術だからこの人にとったら実際に人生の大冒険ですけどね。冒険というほど楽しいものではまったくないが。

映画は高校の学芸会みたいなやつで幕を開ける。学芸会ってあれね『バス男』改め『ナポレオン・ダイナマイト』で主人公がダンス披露してた場とたぶん同じやつ。その学芸会で色んな出し物をやるんですがその時点で既にちょっと面白い。出し物の一発目はなんか男は男っぽい格好をして女はスカートとかの女っぽい格好をして…いやこの説明だと雑すぎてわからないと思いますけどまぁなんかそこは適当で想像で補完してもらうとして、なんかねそういう良く言えば伝統的で悪く言えば古色蒼然としたミュージカルみたいのやる。で二発目です。二発目はエルヴィスのコスプレをした生徒が歌うんだよね。

もう一本なんか出し物があってそれから主人公の女子高生オータム(シドニー・フラニガン)のアコギ弾き語り一人舞台になるんですけど、この学芸会の模様を茶化してるってんじゃないですけど歯切れの良い編集で繋いでるから皮肉っぽさが出る。で、皮肉なユーモアを滲ませつつもオータムさんがどんな環境にいるかっていうのをたったこれだけの映像で説明してるんだよな。こんな田舎なんですよっていう。こんな田舎のイモい学芸会でブルースとかカントリーとかじゃなくて自分の世界を歌おうとするオータムさん浮く。浮くから男子生徒たちから「ヤリマン!」みたいな野次が飛ぶ。飛んでも教師たちも保護者たちもちゃんと注意したりしないんです。

ここはこういう空気が日常的に流れている田舎で、もうそれを観るだけであぁ嫌だなぁここでは俺無理だわって都会人的にはなるし、多少なりとも向上心とか反抗心のある女子高生なんかはさぞ辛かろうという気にもなります。巧いですよね、導入が。実際オータムさんの置かれた境遇や旅立ちの理由はその後いくつか描写されるだけであまり深くは語られないんですけど、でもここから察せられるようにはなっているわけで、なんて無駄のない作りだろうと思いましたよ。

で、どうやら妊娠しているらしいオータムさんはとりあえず親には内緒にして地元の産婦人科クリニックに行く。すると出てきた人の良さそうなババァ医師が例の体温計みたいなやつを渡す。…これ薬局で売ってるやつですか? のオータムさんクエスチョンに事も無げにそうよと答えるババァ医師。確かに人は良さそうだが大丈夫だろうかと不安を感じながら中絶の意志を継げるとちょっとこれをとババァ医師がブラウン管テレビのスイッチオン、画面には何十年前に撮られたのかわからないレトロな中絶反対の啓発ビデオが…大丈夫じゃねぇなこれたぶん。

ここらへんは乾いた笑いが漏れるところではあるがオータムさん的には笑ってなどいられない。どちらにせよペンシルバニア州法では親の同意がないと中絶手術はできないらしく、母親はあくまで父親抜きで話すことができれば分かってくれる可能性もあるが父親は無理だろう、めちゃくちゃぶん殴られるか最悪ショットガンかなんか持ってきて殺されるかもしれん…ということで行き詰まっているとバイト先の同僚にして信頼できるいとこのスカイラー(タリア・ライダー)がどうにかして旅費工面。ニューヨークなら親の同意なしで中絶できるらしいぜってことで二人はニューヨーク行きの長距離バスに乗り込むのであった。

田舎女子高生の二人旅はなにかと大変だ。乗り込んだ長距離バスでもうトラブル直面、絶対に女子高生とヤリたいマン青年が執拗に絡んでくる。オータムさんの方はこんなん絶対に女子高生とヤリたいマンだろと完全に無視を決め込んでいるがスカイラーは素朴な人らしくまんざらでもないような反応をしてしまうから絶対に女子高生とヤリたいマン青年もなかなか興味を失ってくれない。中指一本立ててスマホに没頭してればいいのになぁ。

でも君かわいいねとか言われると周囲の人間が知らない自分の特別な価値を認めてもらったように勘違いしてしまうんだな。スカイラーは別に自己肯定感の低い人ではないがなんせまぁ田舎だから自分の価値を試したり認められたりする機会が少ないっていうかさ…このへんのナチュラル田舎蔑視は私個人のものであり決して映画がそう言っているわけではありませんのでご了承下さいネ!

というわけで行きのバスからして前途多難な二人のニューヨーク大冒険は右を向いても左を向いても困難だらけ、一歩進んでは右に旋回もう一歩進んでは左に旋回して一向にゴールに近づいている気がしない。しかし地下鉄で遭遇した変態オナ男などを除けばその困難の大半は適切な情報さえあれば対処可能なものっぽいというのはなかなか痛ましい、妊娠中絶の情報にしても地元のクリニックでは最新の情報を得ることはできなかったわけで、中には間違った情報さえあってお前ふざけんなよ人の良さそうなババァ医師! という感じなのだが田舎だから仕方がないかという諦念も抱いてしまうのだった。

とにかくアメリカという国は都市部と農村部の人権感覚に差がありすぎるし情報格差も著しい。州の権限が大きいからこれこれの薬物はやっちゃいけませんみたいな普通の国なら国全体で統一されるようなルールも州法ごとにオッケーだったりダメだったりで、ペンシルバニア州とニューヨーク州は地図上はお隣なのでなにがそんな違うんやと完全部外者の俺としては思ってしまうがこの映画を観れば州をまたぐだけで別の国に来たような違いがあることがわかる。

禁止薬物ぐらいならまだマシというか合法的にマリファナやりたかったらオッケーな州に住めばいいじゃんみたいな話になるが、中絶となるとそう悠長なことも言っていられない。都市部じゃなくてなんか北の方(雑)だとしてもせめてニューヨーク州に住んでいたらもう少し適切な中絶情報と医療アクセスを得られたんじゃないだろうか…と思えばけっこう理不尽かつ切ない話である。実際にはオータムさんに必要だったサポートはそれだけではないので尚更だ。

その格差を全身でビシクサ浴びまくる田舎女子高生のニューヨークふたり旅はしかし、過酷でありつつも二人をここではないどこかへの可能性に開く解放の旅でもあるのだった。ニューヨーク(市)は人も多いし建物も多いし地元に比べれば露骨に危なそうな気がするが夜通しやってるゲーセンなんか地元にない。そこで一晩過ごすのはさすがに厳しいとしてとりあえず24時間いつでも乗れる地下鉄だって地元には当然ない。そこには地元と違って困った時に逃げ込める隙間がどこにでもあって、欲しい情報を得ようと思えばいつでも得ることができるし、サポートが必要ならトラブルの種別ごとに窓口はちゃーんと開いているのだ。

悲惨と言えば悲惨な物語かもしれないが観た後になにか解毒感があったのはオータムさんとスカイラーが言葉には出さないもののニューヨークふたり旅を通して地元では教わらなかった人生の逃げ道を知ったように見えたからだったと思う。夜中のゲーセンでやったダンレボも絶対にマジで絶対に女子高生とヤリたいマンのマジで絶対にヤリたい圧を感じながら食べたフライドポテトも(ここはスリリングでありつつも絶対に女子高生とヤリたいマンの完璧に見え透いた絶対に女子高生とヤリたさが滑稽でちょっと笑ってしまう場面でもある)そのひとつひとつが二人にとっては逃げ道だったんじゃないだろうか。

ロードムービーは国を見せる映画のジャンルと言えるがここで描かれているのはそんな逃げ道だらけのアメリカの姿であった。アメリカの狭さと広さと冷たさと優しさと愚かさと賢さと不可能性と可能性をこんなに狭い範囲の旅で感じさせてくれるのだからすごいよねー。良い映画でした。解毒。

【ママー!これ買ってー!】


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妊娠中絶題材の単語並べ系タイトルの映画といえば『4ヶ月、3週と2日』。ドキュメンタリータッチという点でも共通する。

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