《推定睡眠時間:10分》
びっくりしてしまった。公開初週の祝日+映画館サービスデー(TOHOシネマズ)の好条件が重なったとはいえまさか札止めが出るほどの映画とは思わずとりあえず近くのTOHOの席を取ろうと一時間ぐらい前に予約画面を開くとその時点で既に売り切れ。マジか。少なくともこれよりはエキサイティンッな邦画リメイク版『CUBE』の近い時間帯の回とかはまだ全然席余裕あったぞ。気を取り直して別の映画館のサイトを開くと残席僅かの△マークが出ているがこちらはまだ大丈夫、ということで予約ページに遷移するとその時点で残席2。ええっ! しかもそこキャパ300ぐらいのシネコン的には準メインシアターと言える結構なハコである。そんなに人が呼べるものなのかこの題材で…少なくともこれよりはエキサイティンッな邦画リメ…その話はいいか!
で映画館入ると客の年齢層は結構高め。まぁそうでしょうねこのタイトルにこの題材、予告編では毒蝮三太夫の出演を微プッシュしてたような映画ですからね。菅田将暉くん目当てにリメイク版『CUBE』に行くようなヤング層ならそもそも毒蝮三太夫を知らない可能性があるからどの年齢層を見込んだ映画かは明白。それでその中高年客たちがまぁ笑う笑う。綾小路きみまろのライブかってぐらいウケにウケてて客年齢平均からすればまだギリで若者枠に入れてもらえそうな俺としては盛り上がるどころかいっそ引くぐらいだが、なおのこと驚かされるのはそのウケにウケたギャグの半分ぐらいは某有名お笑い芸人とか某人気劇作家とかが端役で出演したことの…要するに出オチである。
お笑い表現の洗練と多様化が進んで視聴者の目の肥えたこの2021年に出オチでここまで客席を沸かすことができるものか…そりゃ確かに間とかギャップとか出オチといってもそういうのをちゃんと計算した出オチにはなってますけど出オチは出オチだろ三谷幸喜とか。あ言っちゃったね。まぁでもいいよね映画の公式サイトにも役名付きで普通に載ってたし。
で、その光景見ててっていうその中にいて感じたんですけど、これ観に来てる人って夫婦とか友達とかのグループ鑑賞が多くて、その人たちは映画そのものを楽しむっていうよりは映画を通して一緒に盛り上がることを楽しむみたいなところがある。キラキラ映画と同じで。だからギャグは単純でも別にいいんだよな。むしろ単純なギャグほどその笑いを老若男女問わずあるいは国籍なんかも問わず(そんなグローバルな内容じゃないけど)他人と共有しやすいから良い。一緒に盛り上がれる。
そういうことなんだろうなって思ったよ。知ってるタレントしか出てこないテレビドラマの劇場版とかって公開されると絶対に興収ランキング上位に入って、でも内容はえらいチープだったりすることが多々ありますけど、なんでそんなのわざわざ高い金払って観に行くかって盛り上がれるからなんだよな。観客は映画を消費してるんじゃなくてコミュニケーションを消費してて、テレビドラマ映画とかこの『老後の資金がありません!』はとかはちゃんとそのために観客の視線を意識して作られてるんですよ。俺はこういうギャグが面白いと思うっていう作り手のセンスを押しつけたりしないで、どうぞコミュニケーションのツールとしてこの映画を使って下さいって感じで可能な限り間口を広げて謙虚に作ってる。
こないだの衆院選も俺は立憲民主党の支持者なので維新以外の野党の伸び悩みにガックリ来ましたけど、でも野党共闘とか政権交代とか威勢の良い言葉が野党の選挙戦では飛び交う一方で、そのために必要な党の支持者以外の有権者とのコミュニケーションを野党がちゃんと取ってたかなって考えるとそうじゃなかったように思うし、党をあくまでも市民の声を代弁するツールとして有権者に差し出して、そうすることで政党主導じゃなくて有権者間のコミュニケーションから野党の議席を増やそうっていう世論を作り出していくような謙虚さと覚悟とあるいは有権者に対する信頼があったかなって考えると、それもなかったんじゃないかと思ってて、えー、急に政治の話になって俺がこの映画の客入りっぷりと客席の盛り上がりっぷりにエエッてなったようにみなさんもエエッてなってるかと思いますが!
だからねまぁなんかとにかくそういうことなんですよ。そういうことだと思ったの! なんか知らんけど! はいここからちゃんと映画の感想!
出オチ出オチって書きましたけどそれはギャグの部分がそうなのであって、内容的にはもちろんこれはオールドスクールな喜劇ではあるが、実は意外と切実だった。そりゃまぁそうですよねこのタイトルですしねという話なのだが一個一個のエピソードのあるある感が結構濃い、なので切実に感じられるということ。未婚どころか恋愛経験がないお前にいったい中高年夫婦の何がわかるんだよと言われれば反論の余地がないので近くに置いてある食べかけのチョココロネとかグミとかを投げて泣くしかないわけだがそんな俺でもあるある感を感じ取れるということこそあるある濃度の高さの証、中高年夫婦の物語といっても実際には主人公の天海祐希と松重豊の中高年夫婦を軸として様々なタイプの人間が出てくるのでこれを観てあるある箇所が一個も見つからないという人はわりと少ないのではないかと思う。
最初に出てくるお葬式のシーンとかな。ここはですねお葬式は金がかかって大変というところなんですけど、親族の故人との関わり方によって異なる反応をちゃんと点描してるので反家族主義&反儀式主義を標榜し葬式なんか人生で2回程度しか行ったことがない(結婚式なんかゼロなんだぞ。さすがに誰か呼べよ!)俺でもあ~こういうのあるな~って思ったし、あとこれはなかなか洒落てるユーモアなんですけど読経が「香典ウン十万円~」とかって主人公の天海祐希の耳に聞こえてくるっていう。ははは、空耳するよね~。しかも葬式の勘定を任されて頭そのことでいっぱいだからね~。
あとね天海祐希がコンビニでパート始めるんですけどまぁとにかくどんくさい。どんくさいっつっても天海祐希はもう動きは全然キレてるし(ボウリングをするシーンでのフォームの美しさとブレのなさ!)平凡庶民をイメージさせる衣装のはずのブランド不明のアーミーコートがえらいカッコよくキマってしまっているのでどんくさ芝居は天海祐希の優美を無理矢理覆い隠すために喜劇的に誇張されたものなんですけど、まぁそれはともかく、このどんくさい天海祐希がレジ打ちでおたおたしてると留学生なのか日本に元々住んでる人なのか知らないですけど黒人のベテラン店員さん(日米ハーフの副島淳という人)がレジ応援に来て、天海祐希の横についてテキパキとレジに並んだ客をさばいていく。
めちゃくちゃあるなと思ったよ。俺コンビニバイト6年ぐらいやってましたけどあくまでその目から見た主観的な偏見として、パートのおばさんは一つ一つの作業はすごく丁寧にやるしお客さんにも親切なんですけど予想外の出来事に遭遇するとどうしようかどうしようかってなったりして、その合わせ技で結果仕事が遅くなりがちで、一方で留学生の人(劇中の人が留学生設定かどうかはわからないんですが)とかは基本的にバイトはバイトと割り切ってる人が多いから一つ一つの作業は雑なんですけど仕事は早いんですよね。
でまたこのコンビニ先輩の副島淳が天海祐希に怒らない。天海祐希がなんかやらかすと駆けつけて表情一つ変えずにササっと何も言わずに手伝ったりしてくれるんですけど、これはもう超超超差別的偏見ですけど俺の経験上あの大人の対応をコンビニでしてくれるのは外国人もしくは外国にルーツを持つバイト先輩で日本人バイト先輩(とくに男、圧倒的に男)は絶対に嫌な顔をするか無視して手伝ってくれないか怒鳴ってくるかのどれかマジでどれか。
いやまぁ優しい感じで手伝ってくれる日本人バイト先輩も稀にいるがその時は100パー「俺も同じミスやったことあるから」みたいなドンマイ的な台詞が入るんだよな。それは別に悪くないっていうかどちらかと言えばまぁまぁありがたい配慮ですけどドライな感じでただ黙々と手伝ってくれるとかは本当日本人バイト先輩絶対ないと思うねとくにコンビニで。ドライにやってくれた方が一緒に働くにしても客として利用するにしても楽だと思うんだけどなぁ。
そういうやつ。そういうあるある。そういう日常のディティールをあくまで喜劇的に誇張してですけど丁寧に積み重ねていくので切実感が出るし、あと笑える。おっとりした長男の松重豊が妹の若村麻由美に「お母さんはいつもお兄ちゃんばかり甘やかしてた!」って泣くところでの松重豊の今ひとつピンと来てない表情とかあるわ~ボタンが手元にあったら押しすぎて破損するレベルで押してたと思う。あの空気ですよあの空気! なんでこんな当たり前のことが伝わらねぇかなっていうもどかしさ! 俺べつにそんなシチュエーションに遭遇したことないけどね!
まぁそんなような映画で老後の資金問題をあちこちで身につまされながら笑いながら見ていくことになるわけですが最後はもちろんホロリとできてイイ話、いやそんな理想的な展開はないしそんな理想的な場所もないしのツッコミは避けられないが、ともあれ巷で言われる老後の資金問題(+義母とどう折り合いをつけるか問題)を要するにそれはコミュニティの空洞化の問題なのではないかと読み替えて問題をスライドさせるのは原作者を含めた作り手の知的誠実さで、核家族化が進行してるから老後ウン千万の貯蓄が必要という事態になり、また老後恐怖の原因にもなっているという問題設定はまったくその通りではないかと思う。だから物語の途中からは実は資金繰りの話じゃなくてどうやって核家族の檻から家族を解放するかみたいな話になっていくんですよね。義母・草笛光子は天海祐希を核家族とその家から解放する者として存在するというわけ。
ま解放といってもこれは中高年向け映画です。解放の先にあるのは現代風のダイバーシティとかおひとりさま志向ではなくて長屋的な相互扶助であり、たとえば家族の在り方を根本的に見直すようなところまではいかない。日本って昔はこんな感じの緩い繋がりが家族の外にもあったよねっていう中高年の保守的な世界観に合わせた回答で、俺ははやく家族どころか人間もやめて全身サイボーグになりたい現代っ子なのでそこにいくらかの反感を抱かないこともないのだが、とはいえ、クライマックスの祝祭的な「お葬式」シーンがまとう多幸感にはまんまとヤラれ、要するにかなり良い映画でした。
出オチの人たちも含めて面白い人たちばかり出ていますしねぇ。草笛光子のマダムっぷりとか最高じゃないですかー、冒険心に富んでいて楽しいし嫌味とか文句とか全然言ってこないし。育ちがいいんだよな。育ちがいいから下々の世界をあんまり知らなくて一緒に暮らす下々出身の天海祐希はかなり疲れるっていうのもまた共感度の高い嫁姑問題ですなははは。嫁姑問題っていうと昼ドラとかだと憎み合いどつき合いみたいな感じですけど住む階層の違う姑と生活水準とか世界観を合わせなきゃいけないっていうことの方が実際にありがちな嫁姑問題での妻の辛さだよねたぶん。
でその辛い妻の天海祐希はこう、空回りしてばかりだけど超絶対めげないガッツ系のキャラクターで、いやもうめっちゃ好きだわこんなもん。天海祐希みたいなシュッとした人がコメディエンヌに徹するギャップの良さときたらですよ。天海祐希と宝生舞が永遠の憧れ女優さんである俺としては天海祐希がどんなしょうもない映画に出てどんなしょうもない役を演じたとしてもそれを腐すことなどできないわけだが、とはいっても最近はあまり面白い役をやっている印象がなく、平々凡々な主婦の役とかが多かったので(天海祐希ほどのポテンシャルを持つ人にそんな役ばかりやってもらっていていいのかなぁ…)とか感じていたところに来たこの映画、この天海祐希、これは間違いなく天海祐希主婦シリーズの最高峰でしたね、作品的にも演技的にも。
あちなみにその夫・松重豊はいかついガタイに似合わぬ小心おっとり夫っぷりがなかなか萌えさせてくれますが工事現場の警備員として働く場面があり、黒沢清の初期作『地獄の警備員』が映画デビュー作の松重豊がまさかのところで警備員回帰! …とかまぁ色々面白いところあります。映画としての完成度は高くないかもしれないけれどもそのぶん間口の広い映画の良さというのはこんな風にあれこれと語る余地が大きいところなんだろうなぁと、おひとりさま鑑賞の俺もこの感想を書いてて実感しましたよ。いやぁ、たのしかった!
【ママー!これ買ってー!】
『老後の資金がありません!』の天海祐希は最高だったがそれはそれとして『黒の天使vol.2』みたいなカッコイイ役柄の天海祐希もまたいつかは見たい。