宗教テーマのおもしろ配信オンリー映画二本の感想文。せっかくなので併せてどうぞ。ちなみに『セイント・モード』はアマゾンプライムビデオほかで、『ギルティ』はNetflixで観られる。
『セイント・モード/狂信』
《推定ながら見時間:60分》
トランス体質の介護士さんだかの人がそこそこ金と名声を持っているが迫る死を前に人生の空虚を感じているらしい末期がん患者の緩和ケアのためにやってくるのであったがこのトランス体質介護士さんがなかなかハードなキリスト教ファン(プロテスタント)だったからさぁ大変、混ぜるな危険な二人のプライベート終末生活は誰も予想できないケミストリーを生むのでした。
誰も予想できないとか書くとかっこいいのでノリで書いてしまったが諸々はぎ取ると物語の骨子はあれとかに近いと思ったよな、ほらあれですよあれ、クリスマスホラーの涙作『サンタが殺しにやってくる』。いや、これは冗談とかではなくて本当にちょっと似てるんですよオチのつけ方とか…『セイント・モード』はもっと容赦ない感じなので泣けないですけど。意外とだから怪作っぽく見えてアメリカン・ホラーの一つの定型なのかもしれないですねこういうのと書こうとして作品情報を見るとイギリス映画とのことで、『セイント・モード』がアメリカ映画の『サンタが殺しにやってくる』と違って泣ける作りになっていないのはそのへんに由来するのかもしれないと思ったりした。
『サンタが殺しにやってくる』と比べると(比べなくていい)ホラーといってもこちらはなかなか淡々と進行する映画で劇的な盛り上がりは演出の面でもドラマの面でもほとんどない。こういう人ならこういう結果になりますよねの過程を静謐なタッチで、しかしオブセッショナルに描いて、ちょっとロベール・ブレッソン映画の空気も感じるのだが、どちらかと言えば描かれる具体的な行為よりもそれを見つめる視点の冷たさの方が怖い映画かもしれない。
信仰とは要するに自傷であり逃避であり妄想であり…とやられてしまえば身も蓋もない。邦題は副題に狂信とあるがこの主人公の介護士だかの人は実はそんなに信仰心が篤いわけではないことが観ていると段々わかってくる。それでもこの人が口を開けば神様キリスト様ありがとうああ神様を感じますああ、ああ! と、盛り上がってしまうのは、自分はそれほどまでに信心深い人間なのだと必死に思い込むことでこの人が別の何かから目を逸らしているからだ。
神様とかあの世とかを本心から信じ込めるガチモンの狂信者は無神論者の他人からはどんなに電波立った不幸な人と見えても本人的にはその世界観の中でむしろ無神論者よりもはるかに幸せなことだって多々あるわけで、宗教の不幸は信じることよりも信じることのできなさにあるのだろうと思えば、なんともイギリスらしいアイロニカルな宗教ホラーである。
ちなみにめっちゃA24っぽいなと思ったらアメリカ配給はA24。やっぱそうなんだ! お前んとここんなんばっか配給してるなマジで!
『THE GUILTY ギルティ』(2021)
《推定ながら見時間:30分》
たった二年前のデンマーク映画を早くも自国でリメイクしてしまうアメリカ映画界の輸入志向にはその仕事の早さに対しては「はやいなー!」と感心しその英語化への執着には「いや映画の中でぐらい他の言語に触れろよ!」と呆れるが(本当は仕事の早さにも呆れてる)そこはアメリカ映画界ということでインスタントなリメイクにはなっておらずむしろ見事な翻案っぷり、オリジナルも良く出来た面白いサスペンスだったがこのリメイク版も勝るとも劣らない出来栄えだった。アメリカンな味付けになっているので好みは分かれそうですけどね。
でどのへんがオリジナルと違うかというと、これはある事件があって一時的に通信指令室(通報を受けてパトカーなどに指示を出すところ)に異動になった警官が今にも夫に殺されそうな人から通報を受けて、電話だけで情報を引き出したりあちこちに指示を出したりしてなんとかこの人を通信指令室の中から救おうとするワンシチュエーションのサスペンスですけど、リメイク版は山火事で見渡す限り煙で覆われ空がオレンジに染まったロサンゼルスが舞台なので冒頭にその風景と福音書のエピグラフが出てくる。
意図はびっくりするほど超明白である。ここは地獄だ。地獄だから誰も人を信じないし誰もがウソをついているし人々は傷つけ合ってばかりでまったく救いの光が見えない。というわけでオリジナル版ではそんなでもなかった宗教要素がリメイク版では冒頭から全開、巧いなぁと思うのはこの地獄めいた山火事風景というのは2020年のカリフォルニア森林火災の世界にビッグ衝撃を与えた例のやつだし、物語の背景として語られる過去の事件というのはオリジナルに準拠しつつもおそらくジョージ・フロイド事件等々の警官による黒人殺しのイメージでやっている(なので「深呼吸して!」の台詞が強調されることになる)
つまりここ最近のアメリカを揺るがした大事件をオリジナルのシナリオを崩さない形で各所に当てはめつつキリスト教の説話として再構築しているわけで、いやー、これは地味ですけどかなり技ありな感じじゃないですかー。主人公の警官役は出演作のほぼすべてで鏡の中の自分を見つめて苛立つジェイク・ギレンホールということで感情の起伏の激しい演技を得意とするこの人らしくオリジナルと違って通信指令室の中でやたら物に当たったり怒鳴ったりするが、それも巧いんだよ演技も巧いけど電話越しの人たちにジェイク・ギレンホールの警官は自分の暗部とか境遇を投影してるっていうキャラクターの解釈がバリ巧い。
やたら怒鳴ったりなんかしてるのは自分に対してキレているわけで、許せない自分を許すためにこの人は電話の向こうの知らない誰かを必死で救おうとする。オリジナル版も展開としては同じなのだがあちらが他者の救済を通して警官としてのアイデンティティを回復する物語だとすれば、こちらリメイク版は他社の救済を通して人間性と個人の生を回復しようとするもっとパーソナルな物語と言えて、山火事地獄のマクロな状況とその中に置かれた無力な個人のミクロな抵抗のダイナミックな対比がその差異を力強く浮かび上がらせる、というのがこのリメイク版の仕掛けなのである。
ゆーてほぼほぼ密室劇なのに俳優の演技一本(しかもジェイク・ギレンホールのほぼ一人舞台)で巧みに展開に緩急をつけていたりするし、いやー、これは面白かったなー。個人的にはオリジナルより好きかもしれない。
【ママー!これ買ってー!】
サンタが殺しにやってくる/聖し血の夜(2 in 1) [DVD]
信ずるものは救われるという心のあたたかくなるクリスマスの奇跡のおはなし(ただし人は死ぬ)