《推定睡眠時間:0分》
カナダには現役の鉱山がある! そんなことも知らなかったのでマニトバ州ウィニペグのすり鉢状鉱山をへーこんなのあるんですねーこれはCGとかかもしれないけど、と観光的に感心しながら眺めていたら坑内で爆発と落盤事故が発生するわけですが、そのシーンで鉱山の外にいた作業員の一人が爆発を見るや即座に手近なところにある緊急ボタンにダッシュ&プッシュしていてそこにもまた感心してしまった。
撮り方がいいんですよね。なんか臨場感とか緊張感を出すためにまず人物の驚いた顔のアップを撮って、その人が走って行く場面を引きで撮って、それから緊急ボタンを押す手のアップに繋いで…みたいなカット割りをしがちじゃないですか、こういう娯楽アクション映画だと。でもこの映画はそうしないで鉱山に向かって歩いていた作業員が爆発を見て咄嗟に引き返して緊急ボタンを押すまでを引きの絵のワンカットでサラリと撮ってるんですよね。台詞も顔面のアップもなにもなし。この名も無き作業員はそれが仕事の一部だから緊急ボタンを押しただけで、その行為をカメラも殊更に特別なこととして強調したりはしないわけです。
そこに見える労働者に対する敬意っていうのが映画全体の基調になっていて、この映画はとにかく労働者の作業と技能っていうのを随所で見せていく。俺は車のことは全然わからないのであれですが車に関する作業以外にもたとえば例の緊急ボタン押しとかモールス信号とかあとあれだよなスゴイ作業妨害。そ、そこまでして! みたいな。でもあれも悪の仕事とはいえ仕事ですからね。受けたからには全力でやってやんよっていうね。そういう現場の人のお仕事っぷりの数々が実にグッとくる。出発する時にトラックのダッシュボードにドライバーたちがバブルヘッド人形を置くんですけどその意味が明らかになるところとかおおーって感じですよ。展開はざっくりしているがお仕事のディティールにはちゃんとこだわるのでえらい。
そういう一つ一つのお仕事が大事なんだよな。そんなに面白いものではないし稼げるものでもないしそれにも関わらず気力と体力をやたら使う現場のお仕事を厭わずにやってくれる労働者のおかげで世の中回っとるんだよ。現場労働者リーアム・ニーソンが労働者軽視も甚だしい犯罪的経営陣をぶん殴るところはヨシッ! ってなりましたよね。お前らのせいでどんだけ現場が疲弊しとると思っとんじゃ。こっちは自分と家族と世の人々のためにお仕事をしているのであってやらかした経営陣の尻拭いをするために働いてるんじゃねぇっつーの!
いやこれはなにも私怨とかではないのだがなんとなく福一原発事故(の原因)ともストーリー的に被るところもありまして遠いハリウッドの大味アクションではあるがなんだか身近な感じの話だなぁとか思いますよね。どこの国でも現場はたいへん! 経営陣いいかげん!
で、これはどういうお話かというと、例の鉱山事故で中に作業員が閉じ込められたってんでその救助のために急いで機材を運ばなきゃいかんくなって、それで急遽開けられたのがタイトルのアイス・ロードというやつ、凍結湖の上に季節限定で設えられたっていうかそこ通っていいですよっていうことになってる氷上道路ですね。劇中の季節はめっちゃ雪とか降ってますが一応四月なのでもう通行禁止になってて、そりゃまぁ普通車とかなら別に通れるだろうが何トンクラスの貨物トラックとかになるといつ温度上昇で氷が薄くなって道路が割れてトラックごと湖に落ちてもおかしくない。めっちゃ危ない。
ということでこの道に詳しい(のかなんなのか知らないが)地元運輸会社の社長ローレンス・フィッシュバーンが命知らずな連中を募って集まったのが血の気が多くイジメをやっていた同僚を殴って失職したばかりのリーアム・ニーソン、その弟でイラク派兵された元軍人だが戦闘の後遺症で失語症に陥り今ひとつ社会復帰ができないでいるマーカス・トーマス、フィッシュバーンの下で働いていた地元の先住民(イヌイットかと思ったがファースト・ネーションズと呼ばれるインディアン的な人たちらしい)でおそらく鉱山開発を含む白人大企業の侵略的進出に対する抗議活動が原因でブタ箱に入れられていたアンバー・ミッドサンダーの三人のトラックドライバー。この三人にフィッシュバーンとお前これからどんな道を通るのかわかってんのかよ的なひよっ子保険屋ベンジャミン・ウォーカーを加えた五人が決死の貨物トラックでのアイス・ロード横断に乗り出すのであった。
このあらすじ、めちゃくちゃ『恐怖の報酬』。とてもめちゃくちゃニトロ輸送映画『恐怖の報酬』ですがそれは途中までで、どんなものにもその臭いを嗅ぎ取る俺の狂った映画嗅覚によれば終盤は『ドゥームズデイ』みたいになる。まぁでも一般的には『マッドマックス』だよな。氷がいつ割れるのかなーっていう『恐怖の報酬』的サスペンスだけで引っ張るのかなと思ったら意外や『マッドマックス』的アクション展開になって、他方で鉱山に閉じ込められた作業員たちの間では「このままじゃ酸素が…」ということでトリアージという名の口減らしを求める声が出てくるという極限の現場人間ドラマもあり、一本の映画で三つのオモシロと三つの現場(そして一つのオフィス)が出てくるというこれはなんだかたいへん労働者の懐にやさしいお買い得な映画である。
いいよね、全然無駄がなくて。この人はこういう職業だからこういうことをする、この人はこういう性格だからこういうことをする、っていう作劇になってるから簡潔明瞭、情緒を差し挟む余地も無理な泣かせもなく、ちょっと『ハドソン川の奇跡』とかのイーストウッド印のお仕事映画に近い感触の映画になっていて、そのシンプルな力強さにヤラれます。口減らし問題で揉める鉱山作業員たちの一人が放った「敵は俺たちじゃねぇだろ! 敵は(こんな状況を作った)経営陣だろ!」の劇的にそのまんまなアジ台詞なんかにはもうジンジン来てますよジンジンと。これも変にドラマティックに強調されたりしないんだよな。ここで俺が言わなかったら誰が言うんだよっていう現場労働者の職業倫理と連帯感から出てきた何気ない当たり前の一言っていう感じでいいのよこれが。
現場労働者に寄り添う映画なのでアメリカでは(カナダではどうか知らない)労働者の大問題となっている合法麻薬オピオイドの乱用や無駄に現場の和を乱すだけで一利もない人種差別が素材そのままどうぞの無骨スタイルでねじ込まれたりもする。いいじゃないですか。こういうのが社会派映画ですよ。そりゃ確かに社会問題を巧く調理する映画も社会派は社会派でしょうけど、この映画は労働者に関する社会問題をあくまで労働者目線で取り上げてるのでこう、逆に社会派として本気感がある。単純で面白くてスカッとしてちょっと泣けてしかも社会問題も学べるとかもう娯楽映画として完璧ではないのか。よかったですよ『アイス・ロード』。現場労働者は仕事帰りに必見!
【ママー!これ買ってー!】
お仕事のディティールにこだわるという点ではウィリアム・フリードキン版の『恐怖の報酬』も同じだがこちらは労働者目線ではなく悪魔目線の映画なので労働者に容赦がなくて悪魔的に面白い。
ネタバレあり、今日は、トレーラーが転倒したところでこの後は?と思いましたけど起こせるのですね(びっくり)
面白い映画でした。
あそこは私も驚いたんですが、あれは実際には不可能な映画の嘘らしい笑
https://www.imdb.com/title/tt3758814/goofs?tab=gf&ref_=tt_trv_gf (参考)
でもそういう強引なところも含めて豪快なハリウッド映画って感じで面白い映画でしたね。