誰が声を奪ったか映画『無聲 The Silent Forest』感想文

《推定睡眠時間:0分》

その少年が地元小学校から全盲の兄が身を寄せている寄宿制の盲学校に転校したのは本人の語るところによれば国の就学奨励金を目当てにした父親と長兄の策謀であって将来的な失明を危惧されてはいたがまだ視力の残っている少年としては地元小学校に残り続けたかった。真相は藪の中だがその経験が少年の人格形成に大きな影響を与えたことは間違いない。全盲の生徒ばかりの盲学校で例外的に目が見える少年はそこで必然的に権力者として振る舞うようになる。

だが生徒たちを視力で支配する一方で少年は暴力的な長兄を恐れまた敬ってもいた。元々は地元小学校にいたことから盲学校の王様たる自分に劣等感を抱いてもいた。長兄から毛沢東を学ぶよう勧められた少年は素直に毛沢東に憧れを抱き児童会選挙に立候補する。しかしお菓子を配るなどの賄賂も虚しく落選。いたずら好きで協調性のない少年は目の見えない生徒たちから恐れられてはいても好かれてはいなかった。それが堪えたのか少年は選挙結果を受けて泣きじゃくったという。麻原彰晃こと松本智津夫、10歳の頃の出来事であった。

なぜ麻原彰晃の過去エピソードが台湾のろう学校を舞台にした『無聲』の感想でと皆さんお思いでしょうがいやそりゃ確かにそうなのですが関係ないのですがでも観てて思い出しちゃったからなーこれはーそういうやつをさー。まぁいいじゃないですか、これはほらやっぱりどんでん返しがどうのみたいな映画ではないですけどあんまり前情報を入れないで観たい映画ではあるからな。内容にあまり触れずにその核心にだけ触れる感想を書くには…そうだ麻原彰晃だ! そうだじゃない。でもこの盲学校教師の証言なんてもう映画を観た人はあー似てるなーとか思うんじゃないですか?

盲学校の生徒には、大なり小なり社会に対する憤りや、被害者意識、劣等感があるんです。しかし、ふつうの生徒はそんなことは口にせずに、社会に協力していこうという気持ちをもっていた。ところが、智津夫には、それがなかった。自分のために、まわりを利用しようという意識ばかりがあった。社会の常識は、自分の敵だと思うとった。そして長兄にくらべて智津夫には、人の上に立ちたいという名誉欲が人一倍強くありました。
髙山文彦『麻原彰晃の誕生』

この教師がヤング麻原彰晃の名誉欲と捉えたものはもしかしたら『無聲』で描かれる校内犯罪の「犯人」が語るその動機、誰にも自分を傷つけさせない…だったのではないかとか、『無聲』を観た後にはちょっと思ったりもするのだ。

オウムを連想したのは犯人像のためばかりではない。っていうか犯人像はむしろオマケ連想のようなもので、映画で描かれる校内犯罪の形態っていうか成り立ちっていうかが俺の目からすればかなりオウム犯罪っぽく、オウムにせよこの寄宿制のろう学校にせよだが共通点が一つしかない人たちを社会から隔絶した空間に入れて無茶な共同生活を送らせるとどんな惨劇に発展するか、というのがこの映画を観ればよくわかる。

その意味ではあんまり障害がどうのとか関係なくわりと一般的な話ではあるんだよな。ま大人が自分から閉鎖集団に入っていったか子供が親に入れられたかの違いはありますけど、どんな人間でも条件さえ揃えばこれぐらいやりますよっていうことだと俺は受け取った。これを聾唖の人たちに固有のつらい物語だとやさしい健常者が理解するなら、その人は自分はこんな風にはならないといって障害者と健常者を無意識的に別々の枠に入れることで自分を守っているんじゃないだろうか。はい残念そんなやさしい責任逃れ体質の健常者こそ特定状況で同じような犯罪行為に手を染めるとオウムが証明済みで~す。っていうか、それも(健常者の)教師側の問題として劇中にちゃんと出てきますけどね。逃げ場はない。君たち観客に倫理的逃げ場はないんだ!

とはいえ障害ゆえの的な部分もないではなくてそれはたとえば冒頭に出てくる警察の対応…ではなく、それを障害者を拒絶する社会の描写だと思わせるのはある種のミスリードで、このシーンでは主人公の少年と彼が財布を盗まれたと語る老人のどちらに非があるのか実はわからない、警察も差別してやろうというつもりで少年を疑ってかかっているのではなく意思疎通ができないので結果としてそうなってしまっている印象で、また別のシーンでは主人公が市場で荷物を運んでいたオッサンに詰められたりするのだが、それを見た周囲のオバチャンたちなどはその子は耳が聞こえないんだよ! とオッサンに集団でキレかかり主人公を擁護してくれるのであった。

そこにハードルがあるのは厳然とした事実だがとモラル以外は健常者の俺が書くといかにも残酷だが、そこでやっていこうと思えばどんな障害を持っていても案外やっていけないこともないのが健常者様どもの社会である(「案外」なので当然至るところで不利だったり不快な目には遭う)。でも、障害者の子を持つ健常者の親は違うし、これはまったく皮肉なことだが障害を持つ子供たちの保護に熱心な教師ほど健常者社会から子供たちを遠ざけてしまう。冒頭の警察署のシーンでろう学校転校生の主人公(トロイ・リュー)が警察に手話で文句を言うのを翻訳係を買って出た熱血漢のろう学校教師(リウ・グァンティン)は事を穏便に済ませるために「反省します、と言ってます」などと文句を言わなかったことにしてしまい、外に出た後は主人公に手話で「警察はバカだから相手にするな」と言って健常者社会との接点をまったくの善意から切断してしまうのだ。それは「うちの子は健常者社会では生きられないから」と家やろう学校に子供を閉じ込めようとする親たちも同じなのである。

子供たちを無聲に追い込むのは悪意とは限らないし無関心とも限らない。「子供たちのために」事件をもみ消そうとする校長を見れば大抵の観客はこいつはけしからん肥溜めにでも突き落としてしまえと思うに違いないが、それは「子供たちのために」警察に対する主人公の抗議の声をかき消した熱血教師の行動とどれほど違ったことだろうか? とまぁそんな映画で(?)最初から最後まで徹底して安易な観客の共感やカタルシスを拒みつつも子供たちが声なき声を振り絞る場面で思わず落涙というたいへんな力作、よってたいへんおもしろかったです。あと、超いいなと思ったのが誰の台詞かは書きませんが「いつのまにか喜んでた」みたいな台詞ね。あれは素晴らしかったな、人間とか世の中ってそんな単純な善悪に割り切れないんだよってことに、真正面から立ち向かっていて。

※主人公が一目惚れするろう学校の少女ベイ・ベイ(バフィ・チェン)が異常にかわいい。あと熱血教師のリウ・グァンティンは『一秒先の彼女』のぼーっとしたバス運転手。

【ママー!これ買ってー!】


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寄宿制のろう学校を舞台にしたサスペンス・ドラマといえばこれが傑作。『無聲』を観て胃が痛くなった人はぜひ観よう(もっと胃が痛くなるので)。

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