《推定睡眠時間:0分》
こんなタイトルではありますがマツシタさんの秘密はとくに暴かれませんでしたしペルーの心霊スポット通称マツシタ邸は何もマツシタさんのお化けが出るスポットではなくなんか知らんがお化けが出ると言われているスポットらしいです。南米だけにアツいアツシタさんへの風評被害。アツいといえばマツシタ邸内はクルーが持参した温度計では霊気により外に比べて10度ぐらい涼しかったのでここは避暑地として使えるかもしれません。この設定はのちのち何か怪奇現象に関係してくるのかなと思ったらとくにそういうことはなかったです。という、オカルト番組(っぽい)のクルーが撮影のために中に入ったら云々のPOVモキュメンタリーホラー。
やれ二時間半だ三時間だディレクターズカットで四時間だと娯楽映画の長尺化はどこに好評なのか今ひとつわからないが進行中のようですが、そんな時流にはまったく我関せずの上映時間77分というこの『シークレット・マツシタ』、こんな映画なら何時間だって観ていたい。いいですねぇ、お化け屋敷探検以外になにもなくて! そんなに怖い怪奇現象も起きないからまったりしてて!! いいよいいよ~最高の肝試し映画じゃないですか~。人間というのは面倒なもので映画などをあまり面白くしすぎるとその反動で同じ映画の面白くない部分が実際以上に面白くなく感じてしまいます。その点この映画はイイ。なぜなら面白いところと面白くないところの差が小さいのでいくらお化けが出てきてもそれでオモシロ食欲が満腹にはならずいつ次のお化け出るかな~の微妙なわくわく感がずっと持続するのです。
というわけでジェットコースター的なお化け映画を期待すると帰りにお化けのラーメン屋に寄りたくなること間違いなしの恐怖腹八分目映画ではありますがご飯はいつでもマズそうに他の人の三倍の時間をかけて食べる俺としてはこのまったり恐怖がちょうどよし。マツシタ邸というのはペルーではよく知られた都市伝説スポットらしいのでお化けを見せることよりも恐怖のマツシタ邸内部を見せることを重視したようで、カメラは恐怖の現場であるマツシタ邸内二階の各部屋を律儀に回りながらそこに残る家具や調度品を捉えていく。お化け出ますけどお化け映画っていうか廃墟探検映画なんですよね、実は。だからBGV的に何時間でも観たいし観れる。
撮影はいろいろ壊したりぶちまけたりするので基本的にはマツシタ邸を模したセットらしいが(このセットが雰囲気抜群)監督インタビューによれば一部は実際のマツシタ邸で撮っているらしい。お化け屋敷というと山奥とかを想像するがこのマツシタ邸はペルーの首都リマの一等地にあり、目の前には交通の絶えない大通りが通ってるし道路を挟んで向かい側は元アメリカ大使館というからお化け目線で考えればずいぶんと条件の悪い物件であるが、その立地が映画的には面白い効果を上げていた。
最初の方にマツシタ邸敷地外の歩道でリポーターが「これから私たちはあの呪われたマツシタ邸に…」みたいな導入部を撮ってたらバスがすぐ後ろを通って音撮れなかったから撮り直しをさせられるっていう場面があるんですけど、ここうるさいんですよねマツシタ邸周辺って、都会だから。邸内に入っても全然騒音バリバリで普通に大通りからエンジン音もクラクション音も聞こえてくる。その騒音を基調音にして見る静まり返ったマツシタ邸内はリアルな不気味さがある。森の中の廃墟みたいな非日常の中の非日常じゃなくて外に出れば車も人も普通に通ってていつものなんでもない風景が広がってるっていう日常の中の非日常が、ほんの一本違う道を入っただけで異界が広がっていたりする都会の不条理の表現になっていたりもするわけだ。
映画とは関係ないがそういえば思い出したエピソードがあったので少し脱線。この映画マツシタ邸でお化けを見ておかしくなってしまった警備員が出てくるのですが、何年か前に銭湯で身体を洗っていたら青い顔(ていうか声?)をしたオッサンと話ぶりから察するにその先輩らしいオッサンがこんな会話をしているのが耳に入った。
青いオッサン「…ドアを開けるといました…見間違いなんかじゃなくて見たんです…私もう恐ろしくて…」
先輩オッサン「そうか。まぁ無理するこたぁないよ、前にもそういう人いたから。あそこはなぁ」
おそらく建物の夜間警備員であろうと思われるが、果たして青いオッサンが何を見たのか、あるいは見たと思い込んでいるのかは知らないが、ともあれそのころ二日に一回のペースで銭湯通いをしていた俺にとって銭湯は日常だったので、明るくて清潔で油断しまくっているところに不意に非日常が飛び込んできてなんとなくゾッとさせられたのであった。
『シークレット・マツシタ』に話を戻せば先にも書いたがこれは廃墟探検映画の側面が強いのでお化け描写はそんなでもない。無線に混ざる人声のようなノイズとか突然立ちこめる霧とか雰囲気系の恐怖演出はそこそこ怖いも日系人お化けのみなさんは日系人らしくシャイで慎ましいのでカメラの前を横切るときもすいません的な感じで腰を屈めてサッと横切るのが怖いというよりも可笑しい。アメリカ人お化けなら絶対にカメラに向かって決め顔をするのでお化けにも国民性というものがある。あとあれ笑っちゃった、お化けに身体を乗っ取られた撮影クルーの名前をリポーターが何度も叫んで目を覚ませーってやるとお化けの入ったその人バチコーンとリポーターをビンタして「そいつじゃねぇ!」って言うの。いいですよね、お化けだけど人間味があるっていうか。
そういうもののハイブリットの映画だな。冷たくて都会的なんだけど妙な人間味があって、新しいものと現代的なものの中に古いものや歴史的なものがあって、取るに足らない絵空事ストーリーにも警備員への賄賂とか生々しい現実が混ざっていたりもして。マツシタ邸というのはそれら諸々が時代錯誤なオリエンタリズムの中で交差する、夢でもあり悪夢でもあるような地点なのでありましょう。
【ママー!これ買ってー!】
Sweet Home, Famicom Japanese NES Import by Capcom [並行輸入品]
POV廃墟探検ものだと韓国映画の『コンジアム』も面白かったが雰囲気的に『シークレット・マツシタ』と近いのは黒沢清の『スウィートホーム』。アフィリンクを貼りたかったがDVDとかになってないのでゲーム版で誤魔化そう。しかもNES版で。