ヒュートラ渋谷の名物企画上映「未体験ゾーンの映画たち」も早くも三週目。なんか今年は例年に比べてスケジュールがだいぶタイトになってる気がするので観るのがわりと大変で観たかったけど見逃した映画が早くも数本。別に全作コンプ勢ではないので構わないが、しかし未体験でやるようなジャンル映画はもうちょっとのんびりした鑑賞スケジュールを組んで観たいものだよな~。以上愚痴終わり。今週観た四本の感想をどうぞ。
『アクセル・フォール』
《推定睡眠時間:10分》
目が覚めたら何故か上海の超高層ビルのハイテクエレベーターにたった一人閉じ込められていてさぁ大変というワンシチュエーション映画でエレベーターだから起こるオモシロ出来事といえば急下降と急上昇ぐらいしかないのだが途中からなかなか思いもよらない大スケールな話に急旋回、壮大なSF叙事詩の第一章みたいになってしまう。主人公がエレベーターに入れられた理由にはなにもエレベーターを使わないでもとか急降下のサスペンス演出にはそんなに何度も急下降されてももう飽きたよとか色々思うが、鋼鉄の質感が見事なエレベーターシャフトの機構や宙に舞って絵を描く植物の映像はCGアートの趣で美しく、わりと最後までおもしろかった。シャマラン映画とか好きな人はたぶん好き。
『TUBE 死の脱出』
《推定睡眠時間:0分》
これまた目が覚めたら変なところに系で主人公の捨て鉢女性が車で事故ったかな? と思ったら宇宙船内みたいな出口の見当たらないSF小部屋に場面変わってついでにそこで目覚めた主人公は趣味の悪いバトルスーツみたいのに着替えさせられてました。謎監禁よりもバトルスーツの趣味に戦慄。こんな特注スーツをわざわざ考案するのだからきっと監禁主はとんでもないヤツに違いない。
さて部屋には這いずれば移動できる程度の広さ高さを持ったダクト的な通路への入り口が一箇所だけある。どうやらこの宇宙船内のような謎空間は小部屋と小部屋がダクト通路で繋がってるらしい。ということで主人公は這いずり這いずり脱出を目指すのだが道中には様々なデストラップが仕掛けられており…まぁ『CUBE』だね『CUBE』。邦画残念リメイクも記憶に新しい『CUBE』の亜流ですが亜流作品の中では屈指の完成度じゃないだろうか。
迷宮美術は鉄の重みをちゃんと感じさせるもので圧迫感があるし、デストラップも火あぶりとか酸の池とかの定番のほかに単にウジの湧く腐乱死体が置いてあるだけ(邪魔なので千切って脇にどけないと先に進めない)とかの地味に参る精神攻撃系もあってバリエーション豊富。登場人物はデストラップでもあるゾンビ的怪物を含めてもたった四人でそのうえ全体の8割ぐらいは主人公単独のシーンというほぼほぼ一人芝居映画なのだが、台詞に頼らず仕草や表情で極限状況に置かれた主人公の心情を見せる演出は潔く、主演ガイア・ワイスの演技もバトルスーツのバカっぽさを時折忘れる程度には真に迫っていた。
オチはちょっとズルイような気もするのだが、『CUBE』の他にもう一本ネタ元になっている有名なSF映画のオマージュと思えば、なるほどね感はある。
『キラー・セラピー』
《推定睡眠時間:20分》
セラピストの殺人鬼が出てくる映画かと思いきやセラピーを受ける側が殺人鬼になっていくという映画。児童カウンセラーの母親を持つ主人公くん10歳くらいはいつも不安と憎悪の渦巻いているドキドキ少年。そんな彼のもとに明らかに彼よりも出来の良い養子がやって来ちゃったので母親を奪われるんじゃないかと少年の不安&憎悪は高まるばかり、家族の緊張も高まるばかり。というわけでちょっとしたことで養子の妹を殴った少年はカウンセリングを受けさせられるのであったが不幸にもそのカウンセラーは変態性欲者。不安&憎悪に加えて性的虐待も加わりいよいよ少年の感情は臨界点に近づいていく。
悪気はないけど周囲の人間を不快にさせてしまう人間というのはいるものだがこれはその最悪のケース、主人公の少年は不器用なだけなのだがそれが周囲のノーマル人間たちには不気味に見えて恐怖を与え、恐怖から周囲のノーマル人間たちが少年を警戒したり敵視するとそれが主人公の少年には過大なストレスになって不器用は加速し、その悪循環がやがて惨事を招いてしまう。セラピーやカウンセリングはある集団の行動様式を標準としてそこから外れた少数の人間を矯正するもので、だいぶ悪意を持ってデフォルメされた形ではあるが、そうした矯正が決して本質的な問題の解決にはならないことを風刺したサスペンスとして、演出はチープでもなかなか見応えのある作品になっている。
『マーシー・ブラック』
《推定睡眠時間:0分》
おもしろかった! これは地味に未体験2022の目玉作品の一つと言っていいんじゃないだろうか。子供時代に猟奇事件を起こした少女が精神科病院を退院して田舎の実家に戻ってくると無理矢理忘れたはずの過去の記憶が蘇り…というあらすじに目新しさはないが、その猟奇事件で少女たちが死の天使マーシー・ブラック様が生け贄を欲しがったと供述しその姿として描いた『ノロイ』のかぐたばみたいなかなり怖い顔が報道されたことでこれがアイコン化してネットに拡散、多数の模倣犯を生んだという物語の背景が今日的で巧い。
その背景によって生み出される様々なメンタル圧迫状況、事件が事件なので実家に暮らしてる主人公の姉はまだ幼い息子に「叔母さんは外国に留学に行ってたんだよ~」と嘘をついているが残酷インターネットで嘘がバレてかえって実家の中の空気が悪くなる、どん詰まり田舎を抜け出したいご近所さん男がどうにかして猟奇事件界のセレブである主人公のインタビュー本を書こうとやたら主人公に接近して忘れたい過去をざっくり掘り返してくる、などなどによって次第に主人公が精神的に追い込まれ、同時に現実と虚構、過去と現在の垣根が失われていく過程はミステリアスかつ怪談的である。
ジョー・R・ランズデールの小説を彷彿とさせる語りの面白さに加えてマーシー・ブラック様の造形の気味悪さ、猟奇事件ルポが飛ぶように売れる(※Netflixなど参照のこと)アメリカ社会に対するちょっとした皮肉や子供の得体の知れ無さなど、88分のコンパクト尺に隙間無くホラーオモシロ要素を詰め込んだ、掘り出し物的一本。
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とくに関係はないが未体験系ホラーが好きな人なら面白く見れるだろうということで。