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自転車乗りのことを慣用的にライダーと呼ぶのかどうかは知らないがこの奇妙なタイトルの意味を読み解こうとすれば冒頭とラストに置かれた本筋とは関係のない自転車に関するエピソードにその答えがあるように思える。なぜ奇妙かといえばこのライダーズ・オブ・ジャスティスというのは不幸な事件で妻を亡くした軍人のマッツ・ミケルセンがその犯行グループとして狙いを定めるネオナチ組織の名前で、マッツ・ミケルセンと愉快なデータ・サイエンティストたちの名前ではないのだ。しかもライダーズ・オブ・ジャスティス本体は後半になるまであまり画面に出てきさえしない。その組織名をタイトルに冠するとは? なのである。
ラストの方は書くわけにはいかないが冒頭の自転車のエピソードはこのようなものだった。クリスマスプレゼントに自転車の欲しい少女が父親に自転車屋に連れてってもらうがそこにあったピンクだかの自転車は少女のお気に召さない。ブルーの自転車がよかった! それを聞いていた店の男たちはその夜、街路に駐輪中の青い自転車を盗んでくる。この自転車屋さんはかくもダイレクトな方法で商品を仕入れていたのだった。ちなみにこの盗まれた自転車の持ち主がマッツの娘である。彼女が自転車を盗まれたことで急遽予定を変更して例の事件に巻き込まれるのは翌日のこと。あぁ、あの女の子がブルーの自転車さえ欲しがらなければ…人生っておもしろい偶然の連続ですね。無責任におもしろいとか書くなよ人死にはおもしろくないだろ!
このエピソードの寓意はつまり誰かの不運は誰かの幸運で逆もまた然り、誰かの幸運は誰かの不運だということだ。それを踏まえた上でタイトルの意味を考えてみれば、どんな人も正義に「乗る」ことはできるけど正義に「成る」ことはできないとか、そんな意味が込められているんじゃないだろうか。町で見かけた悪人に正義の鉄槌を振るう通りがかりの人がいれば、その人は悪人をぶん殴って見知らぬ誰かを助けたりなんかしちゃったりした時にはなぜ急に広川太一郎文体が入ってきたのかはわからないが正義に乗っている。でもその人が家に帰って今度は何も悪いことをしてない家族をむしゃくしゃしてたみたいな理由でぶん殴ったとしたら、その時にはもう正義には乗っていない。むしろ逆。今度はこの人が誰かの正義の鉄槌を食らうべき悪人だ。
人間はたまには正義に乗る。でもずっと乗っていられるわけじゃない。さっきまでは正義だったものが今は悪だったり、悪だと思っていたものもよく見れば正義だったりするし、なぁんだ正義かと油断しているとたちまちその正義の裏の悪がまたもや見えてきたりする。ある人が正義を行使したおかげで予想外のところに甚大な被害が生じることだってある。その場合、果たしてこの行為は正義と呼べるのだろうか?
事故で母親を亡くしたマッツ娘はすっかり気落ちして不幸な今の原因を延々と過去に遡って見つけようとする。このせいでああなって、あのせいでそうなって、そのせいで…もちろんこんなことは不毛でしかなく、その考えを突き詰めれば極論宇宙が生まれたのが悪いというのが最終的かつ無意味な答えになる。だから事故に巻き込まれた一人でマッツの助力を仰ぐ統計学者はマッツ娘に見る範囲を決めることを教える。ある事象の善悪を確定するにはその事象に関連する事象を限定するしかない。じゃないとどこまでも因果関係は広がって善悪が確定できなくなってしまう。もしある行為を正義だと感じて、それを正義のままにしておきたかったらそれ以外の出来事からは目を逸らせばいいわけだ。そうすればその人の中でその行為はずっと正義のままだ。あくまでもその人の中ではだが。
『ライダーズ・オブ・ジャスティス』がどのような映画かといえばこんな映画だったので、同じ上映館(新宿武蔵野館)で不幸大連鎖事件映画『悪なき殺人』が上映中というのは偶然なのかはたまた編成担当者の作為なのかそのへんは知らないが、テーマ面で呼応してまったくおもしろい。ある意味ではタイトルも呼応しているのでまぁ気になる人は見比べてみて下さいねですがさてさて『ライダーズ・オブ・ジャスティス』ね! おもしろかった! アクションかなぁと思って観に行きましたけど違ったねこれはブラックユーモアの映画。アクションもないことはないけど世に言うところのリベンジアクションとか無双アクションとかそういうテイストでは全然ないです。
ちくしょうあいつら全員殺すの復讐活動を細々とやってるうちにマッツと愉快なそして傷ついたデータ・サイエンティストたちの石化したブロークン・ハートが修復されていくというお話だから復讐というかセラピーだねこれは。いわば癒やしとしての殺し。なんてはた迷惑な! でもまぁ殺される側の奴らはどうせネオナチの犯罪者だしマッツたちは幸せそうだからいいよね。ははは! えー、ブラックユーモアですからねこれは。みなさんちゃんとこの皮肉と寓意を読み取ってくださいよ映画から。じゃないと面白さ半減とまでは言わないが結構大事なものを逃がちゃったりなんかして、ちょんちょん! なぜ広川太一郎?
【ママー!これ買ってー!】
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『ライダーズ・オブ・ジャスティス』と同じく監督アナス・トマス・イェンセン&主演マッツ・ミケルセンのコンビ作で、こちらも善とはなにか悪とはなにか人間の救いとはなにかというブラックユーモア寓話編。2005年の映画だがテーマの鋭さと寓話的な面白みではこっちの方が上っぽい。
こんにちは。
へー『アダムズアップル』と同じコンビだったんですね(これ見逃したんだなぁ)!
北欧映画のエッジのききかた(っての?)面白いです。この一方通行の加害も、笑うに笑えない…
が、私はシリウス君(マッツ娘の彼氏)か一番不憫であったとおもてます。
笑うに笑えないなんとも居心地の悪いユーモアなんですよね。事の顛末も「そんなハッピーな締め方されても!」っていう。シリウス君はマジで1ミリの非もなく完全に巻き込まれただけの人だったのて可哀想でした笑