《推定睡眠時間:0分》
アヴァンタイトルはまた別にあるのだが事件のプロローグに当たるロンドンのナイトクラブだかのシーンで今回の事件の中心人物になるカップルが見た目と性格的にニーナ・シモンのイメージでやっているような気がしなくもない女性シンガーの歌に乗ってもうすっげぇエロく踊って距離なんかも密着なんてもんじゃなくてもう入ってるでしょってぐらいであれ着衣のセックスなんですよ! お肌も照明でギラッギラに光ってもうね性欲がナイル川のごとき底なしの性欲が全身からあふれ出す! ドキドキのあまりもう「もう」の大乱発! まったくもう!
そんなシリーズかなアガサ・クリスティーのポアロものって。こんな肉感的なシリーズでしたでしょうか。っていうかむしろ肉感の対局にある知的ゲームがポアロものっていうかクリスティーの推理小説の面白さなんじゃないですかねと思いますがそういえば同監督主演ケネス・ブラナーによる前作の『オリエント急行殺人事件』もセルゲイ・ポルーニンとかペネロペ・クルスとか結構肉体派のキャストが多かった。『オリエント急行殺人事件』も全然感心しない映画で公開時にはその理由が原作の改変部分にあると思ったが案外この肉感に脳が拒絶反応を示したのかもしれない。ガイ・リッチーのアクション版『シャーロック・ホームズ』がヒットしたからポアロも肉体派路線になったのだろうか…。
さてお話の方は大したものではなくこちらとしては大したことのないものが観たくてこの手のマーダーミステリーを観に行っているわけだからそれで超まったく構わないのだが金持ちが結婚旅行で仲間たちと蒸気船に乗ってナイル川下ってたら中で殺人事件が起きてしまいますぎゃー犯人だれ! まぁ金田一少年だの名探偵コナンだのでよくあるやつだよね。そのよくあるやつの原型の映画化だから当然ですがともかくそういうことでポアロは圧迫尋問と推理を開始。そこからの展開は第二第三の殺人とトントンしすぎるぐらいにトントン拍子なのだが時計で計ったわけではないものの最初の殺人が起こるのが体感で映画開始から一時間弱経過後というわけでいや遅せーな!
こんなのアヴァンタイトルになってる(最近流行りの)第一次世界大戦の戦場場面とかあれ本筋にマジで全然関係ないんだから切っちゃえば良かったしナイトクラブのギラギラなダンスであるとか事件の金持ちカップルの執拗なねっとりいちゃつき描写とかもカットしてさっさと殺人のシーンに行けばいいじゃねぇかと思ってしまったのでどうもやはりケネス・ブラナー版のポアロは俺には合わん。だいたいポアロがこんなイケオジ風っていう時点で納得いってないからね俺は!
あとですねこれ結婚旅行のナイル川下りなわけでしょ。それにしては異国情緒ってものが足りなすぎるよな。どういう撮影とかカラコレをしてるんだよって思うんですけど背景がベタっと塗られちゃって遠近感とか立体感が本当ないのよ。で遺跡とか行きますけどこれたぶんロケしてないからCGでガンガン作っちゃうしカメラをガンガン飛ばしちゃうから観光客目線でのショットとかがない、遺跡来たなーっていう感覚がないんだよな。これじゃあなんのためにわざわざナイル川下りを題材にしてんのかわかりませんよ。
蒸気船内の美術はよくできているけれどもこれは場面場面では印象的に使われていても全体としてあまり効果的な使われ方はされない。というかそもそも舞台となる船はこんな作りになってますよーっていうのを見せるシーンがないのでわーすごいさすがお金持ちまるで夢のような船だなーって感慨に浸る間がないだけではなく、簡素なものとはいえ殺人のトリックおよび事件の経緯には船の構造が関わってくるのにこれが明示されないわけだから、限定空間の推理ものとして致命的にして初歩的なミスではないかと思う。この人映画作るの下手なんじゃねぇか。
犯人もさ、散々使い古されたネタであるから途中で読めるのは仕方がないかもしれないけどさ、もう少し引っ張ってほしいっていうかさ…つまんねぇなぁと思ったのがこれは前作もそういうところがありましたけどPC推理っていうのができてしまうところで、PCってあれねパソコンじゃなくてポリティカル・コレクトネスですけど、まぁ今のハリウッドの思想潮流からいってこの人とこの人が犯人ってことはないねって消去法で消してったら推理開始早々に犯人候補が三人ぐらいになるんだよ。原作は読んでないか読んでいても忘れてるので船に乗船した金持ちカップルの周辺人物のキャラ設定がどう変わってるかとかあるいは変わってないのかとかは知りませんけど真面目にポアロものをやる気があるのかよって思うぞ。犯人じゃないやつの犯人じゃなさが露骨すぎるでしょうこれじゃあ。
となんだか不満ばかりですがとにかくまぁ事件が起こってからはトントン拍子に進んでくれるので楽しめたのは楽しめた。水車みたいなところに巻き込まれた死体とかちょっとゾッとする感じでよかったし、そこも含めてかもしれないが人間の肉体っていうのをやたらアップで撮る映画だったのでいろんな肉体が見られておもしろい。おもしろいけど(それじゃねぇんだけどなぁ…そこじゃねぇんだけどなぁ…!)っていうのはずっとあった。よしんば推理ものではなくあくまで殺人ありの人間ドラマとして見せる意図があるとしても、深刻ムードをやたら出してるだけでそのムードの下の人間ドラマはペラッペラに薄く洞察も欠いているのでそうだとしたら単純に失敗だろう。キャラクターには設定があるだけで個性がない。犯人が動機を語る場面とか火曜サスペンスの方がまだ真面目に撮ってんじゃねぇかとさえ思う。
深刻ムードで思い出した。ポアロものってどんなに人が死んでもふわっとしたユーモアがあったりするじゃないですか。そういうのがこれ無かったなぁ。それを抜いちゃったらもうポアロである意味がないと思うんですけどねぇ。じゃあ最後にもう一つだけ文句。これが最後だからこれだけ書かせてくれ。アヴァンタイトルの戦場場面とエピローグのナイトクラブの場面、あれ絶対スタジオの要請かなんかで後から追撮したやつだろ。これじゃあ暗いし地味すぎるからみたいな理由で。なんだよ戦場で顔を怪我したポアロに「口髭を伸ばせば怪我を隠せる」って。おかしいじゃんそれで隠れる位置の傷じゃなかったしアヴァンとエピローグ以外でそのことに触れてる台詞もシーンも一つもないじゃん。雑だなぁそういうところ。雑なポアロ映画でした。ポアロのキャラもなんかよくわかんねぇし!
【ママー!これ買ってー!】
前の映画版は観てよくわかんなかったしあんま面白かった記憶もないが原作はどうなんだろうか。