《推定睡眠時間:0分》
予告編の感じから『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』みたいな映画かなと思いきや共通するところもないではないがわりと方向性の違う映画でいやーびっくりしましたよねこれは俺がTSUTAYAのジャンル分類を担当する人だったら周囲の猛反対を押し切ってSFの棚に置かせますよ。SFでしょこれは。奔放な想像力で科学知識を夢にまでドライブさせる物語という意味で。あるいは困難な現実を想像力で乗り越える物語のジャンルをファンタジーと定義するならファンタジーだ。SFともファンタジーとも観る前は思ってないからむしろSFとかファンタジーとかを高らかに謳う映画よりもその本質に触れた感さえありましたよ。
フランスにはマンモス団地がたくさんあるが(映画の中ではだいたい治安が悪く描写される)そのひとつの公式名称ガガーリン団地に住む主人公の超内気少年は団地の修繕を誰に頼まれるでもなく自分の使命としている。エレベーターは動かないし廊下の電気はつかないし水道管の破損とか壁の落書きとかガガーリン団地の老いっぷりときたらどこから手をつけていいのかわからないほどだが主人公くんはめげることなく地道に修繕を続け住民たちのために日食鑑賞会を企画してやったりもする。
いったいなにがガガーリンくん(※便宜名称)を団地保守に駆り立てるのか。それはガガーリンくんが親からほぼ捨てられた人で昔から住んでる知人友人でいっぱいの団地を失ったら自分の居場所がなくなってしまうという不安であった。ガガーリン団地は本家ガガーリンさんの宇宙飛行達成を記念してその名が付けられ完成式典みたいなやつには本人を呼んだぐらいな歴史ある建造物であるから築50年超の老朽化物件。よって国だか自治体だかの担当者が近々訪問予定であり安全性評価が基準を下回れば爆破解体されてしまう瀬戸際状況にある。
というわけでガガーリン団地存続派の急先鋒ガガーリンくんは少しでも良い評価をもらおうとあっちこっちを修繕して回るのだったがぶっちゃけ焼け石に水、壁にヒビが入ったとかエレベーターの制御盤がダメになったとかまぁそれぐらいならなんとかなるだろうが築50年超の年季は伊達ではなくインフラ設備はボロボロで手の施しようがなくアスベストは基準値超えで健康被害の恐れがありと担当者の安全性評価は完全マイナスで、どうやらガガーリン団地はあの世へダイナマイトで発射される運命らしいことがわかってくる。
近所の人たちが次々と新天地へと去って行く中、ガガーリンくんの脳裏に宇宙が去来する。そうだ…ぼくはフランスのガガーリン! そしてこの団地はぼくのボストークなんだ!!!
近寄ってはいけない場所として映画で描かれがちなフランスの団地だがこの映画の団地はひと味違い確かにヤンキーはたむろしているし敷地内で犯罪物質の売買なども行われているっぽくもあるがママさん運動部がジョギングをしていたり隠居老人たちが日光浴をしながら世間話をしていたり公園でキッズたちが思い思いに遊んでいる光景を見ればむしろ活気に溢れる良いところ、薄れてきているとはいえまだコミュニティが存続していて都市部にはない温かみと明るさのようなものがある。最新の住居に比べればその住環境はよいとは言えないだろうが案外住みやすそうだったりするのだ。
団地のそんな姿をドキュメンタリー的なタッチで見事に活写していてよかったなぁこれ。色んな文化とか人種が入り乱れて猥雑なんだけどそこそこ平和に共存してて、で本当活き活きしてるんですよ団地住民の人たちが。でもその活き活きは未来に向かっての活き活きじゃなくて最期の日々の活き活きだから一抹の寂しさを帯びているんだよな。まぁこの団地もこれで終わりですからねいがみ合ったりしないで楽しくやりましょうやみたいな。そういう空気の中でガガーリンくんは突然にしてあっけない別れと出会いとか反目と和解とかを経験していく。カーニバル文学の雰囲気。
あとやっぱり見立ての面白さですよね。発破解体の爆発音をロケットの発射音に見立てるとか無人の団地を宇宙空間に見立てるとかして見知った光景を異世界に変えていく。団地最期の日々のリアリズムから奇想の脳内宇宙飛行への飛躍は夢と驚きに満ちていてワクワクでしたなぁ。インスタレーション的な面白味もあるし大胆な省略を駆使した編集もあってなにが起こるんだろうどこに行くんだろうこれはなんなんだろうって画面に見入っちゃう。
子供の目で世界を見る映画なんだよな。大人はこれはこれあれはあれって感じで物事の間に厳然たる境界線を引いて言わば農耕的に世界を認識しますけど、子供って境界線を曖昧にしか引かないで遊牧的になんでも無節操に繋げちゃうじゃないですか。敵と仲間の区別もゆるくてさっきまで敵だと思ってた奴もちょっと面白いところが見えたら仲間にしちゃう。ガガーリンっていう不思議感のあるタイトルもそういうことなんじゃないかと思ったよ。世界が西と東に分断された冷戦の最中にあって西も東もなく(宇宙に東西南北はないわけだから!)繋がったもの。子供の遊びの精神で境界線を悠々横切ってしまうもの。
分断は昨今の欧米映画の一大テーマだがこれも思いがけない角度から世界の分断に切り込んだ映画と言えましょう。寡黙に団地の修繕を続け自分だけの宇宙船の建造と夢の宇宙飛行に邁進していたガガーリンくんが長い旅の末に発したたった一言の言葉が分断された住民たちを繋ぐ。本家ガガーリンもかくやのその光景は感動的でありましたねぇ。
※あとこまっしゃくれた住民少女のリナ・クードリはリスみたいでかわいい。
【ママー!これ買ってー!】
これも地元の修繕と空想遊びの映画だから作りは全然違うけど着地した地点はわりと同じっていうのがおもしろいですよね。