《推定睡眠時間:0分》
食通でもないし料理も作らないし松屋と日高屋とやよい軒のローテーションで生きていける人間なのでイタリアの超田舎に住むトリュフハンターの老人たち+都会のトリュフ関係者に密着したドキュメンタリーと聞いてもあまり面白そうなものは想像できないのだが観てびっくりのワンダー世界、何がすごいかといえば冒頭からしてすごいのだが被写界深度の極端に深い=前景と後景の差を作らない撮影法によってほとんどすべての場面が一枚の絵になっている、冒頭のシーンでいえばこれはトリュフハンターの一人がところどころ紅葉した秋の山でトリュフ探しをしているシーンなのだが色とりどりの葉の一枚一枚が油彩絵具の塗りのように浮き上がってさながら印象派の絵画のような現実離れした風景を作り出しているのだ。
風景を綺麗に撮るのはやりかたさえ知っていればわりかし誰でもできるだろうが地味に圧倒されるのは人物を撮る時は正面か真横かもしくは45°のポジションからフィックスで取る。一人のシーンは正面から、会話のシーンは真横か45°から、明らかに不自然なポジション取りだがカメラなどそこに存在しないかのように人々は振る舞って誰も画面のこちら側に目を向けることはない。にも関わらず画面の中で繰り広げられる会話はかなりプライベートかつデリケートなもので台本に台詞書いてるんじゃねぇかと疑わずにはいられないが、まぁとにかくねちょっとこれは信じがたい。深い陰影や背景色の調和も実に見事で動くフランドル絵画とかロイ・アンダーソン映画のドキュメンタリー版とでも言えばこのすごさが伝わるだろうか?
だが、その見事に完成されたアート映像世界の中で繰り広げられる人間模様はなんかえらい牧歌的である。言い方を変えればめちゃくちゃ庶民である。俺はもうトリュフハンターの看板下げるんだよ! となぜキレ気味なのかはわからないがキレ気味に引退宣言をタイプライターで(タイプライターで!)書いていた一人の老トリュフハンターは最初こそトリュフハントを取り巻く環境の変化をプロ的に嘆いたりしていたが途中から「だいたい昔は女の服を脱がせるのだって難しかった。それにひきかえ最近は…」お前全然それトリュフ関係ねぇじゃねぇか何の話だよ!
もう歳なんだからトリュフ獲りに出かけるのやめてよと命令に近いお願いをドシンとした感じの妻からされたひょろひょろのトリュフハンター爺は弱々しく「でも森に行くとフクロウの鳴き声が聞こえてたのしいから…」そんな言い訳が通るかよ! 案の定「家でも聞こえる」って真正面から否定されてたし! でもこの爺夜中になったら妻にバレないようにこっそり窓から外に出てトリュフ獲りに行くんだよねぇ、はっはっは。
いいですねこの落語みたいなイタリア庶民の日常。ドラムが趣味のトリュフハンターが狩りの途中で別の顔なじみハンターと会って立ち話をしているとその足元をトリュフ犬がガサゴソと掘り出してしまうところとかの企まぬユーモアにはガンガンに和んじゃう。この犬がまたいい顔しててトリュフハンターと同じ湯船に浸かってドライヤーで乾かしてもらうところの馴れっぷりっていうかくたびれっぷりっていうかさ、単なる日常の一コマなんだけどそういうのがいちいち可笑しかったよ。それとトリュフを売り込む側だとかトリュフ鑑定人の人だとかのプロフェッショナルなお仕事風景の対比はどこか皮肉めいてもいてこれもクスっとさせられた。
ところでなぜ犬かといえばトリュフ狩りは犬頼りなのです。山ん中のこのへんにトリュフが生えがちっていう秘密のポイントをハンターは知っててそこに犬を放つと犬は鼻を頼りに山を駆け回りここだと思ったところを掘る、するとそこにトリュフが埋まってるわけです。土ん中にあるんだねトリュフ。キノコみたいに地表に出てこないで。でこの独特の狩りを観客に体感させるためにこの映画では犬カム導入。犬の頭か首にアクションカメラを取り付けて犬と一緒に観客もトリュフ狩りに出かけることになるわけですがとにかくもう縦横無尽に観客の三半規管など考慮せずに犬たち走り回るものだからこれはもうUFJのライドですよ。犬にはこんな風に世界が見えてるんだな~とわかって面白いので犬好きなら倍楽しめるに違いない(かなしい出来事もありますが)
なんでも劇中のトリュフハンターが狩ってる白トリュフというのはかなりの高級品だそうでどこにでも生えてるわけじゃない。ということでハンターは狩り場を自分だけの秘密にしていて狩り場教えてくれないかオファーを頑固に断ったりしているそうですが、秘密と聞けばなにか殺伐とした競争のようなものが頭に浮かぶも少なくともハンターたちには表向きそんなところはない。秘密にしているのは商売上の都合というよりもそれが秘密でなくなってしまったら今の静かで幸せな犬とあと妻との生活が崩れてしまうからなのかもしれない。こういう庶民の桃源郷みたいな場所は守ってあげたいよな。犬をまるでピノキオのように可愛がる爺トリュフハンターがテーブルの上に犬乗せて同じ皿で一緒に飯を食うとかさ、そういう幸せ生活を壊しちゃいかんよ! 誰に対する憤りなんだそれは。
※もちろんお仕事系ドキュメンタリーとして白トリュフの収穫から流通までの過程も断片的ながら描いてくれているので業界もの映画としても楽しめる、と一応付け加えておこう。
【ママー!これ買ってー!】
こちらも知られざる桃源郷ドキュメンタリー。絵画的な絵作りが素晴らしいのは『白いトリュフが宿る森』と同じ。こっちはもっと神話的な展開があります。