《推定ながら見時間:45分》
最近Netflixへの興味が前よりはなくなってきてそれっていうのもNetflixだからできる(観られる)すごいコンテンツっていうのが最近はあんまりなくて観れば面白いんだろうけど…っていう話題作がなんか多くなってきた、気がするから。そりゃ他の人は知りませんけれどもそういうのを求めてNetflix入ったんじゃないんだよな俺はとうそぶきつつ久々におっこれはと思って観たこの『ブラック・クラブ』はしかしゴリゴリのジャンル映画ということで要するにNetflixじゃなくても観られるタイプの映画でした。視聴者なんていい加減なものだなと他人事のように思う。
さてお話はというと近未来のスウェーデンらしき国は第三次世界大戦と思しき長引く戦争ですっかり国土&人心が荒廃しており街を歩けば難民が食いもんを求めて襲いかかってくるぐらい終末感が漂っております。もっとも主人公の兵士ノオミ・ラパスにとってはそんなもんもはやどうでもいい。数年前に娘を失って以来抜け殻のラパスにとって既に世界は終わったも同然、誰が勝とうが国がどうなろうが興味なんざありゃしない。そんなラパスほか数名の兵士に特命が下る。今は海が凍ってる…そこをスケートで渡って味方の軍事拠点にこのマル秘アイテムを届ければこの国は戦争に勝てる!
そんな都合のいいマル秘アイテムが果たしてあるのかなぁと集められた誰もが思ったしだいたいさしたる装備もなく敵軍の監視をかいくぐって真冬の海を100海里もスケートで渡るとか絶死ミッションだったのでやる気ゼロ。ましてやラパスなんかやる気がマイナスに入っていたがそこに上官がペロリと一枚の写真を差し出す。これは君の娘だろう…? どうやら生きていたようだ、難民キャンプで発見された。子供を守る時にはリミッターが解除されたタイラントみたいになるラパスなので一転「お前ら行くぞ!」そりゃあなたは超人だからいいですけれどもこっちは人間なんですよ兵士とはいえ…などとは誰も言わず一行は戦争終結に向けて絶死ミッションに旅立つのであった。
Netflixのジャンル映画は鬱々としたトーンの人間ドラマ要素濃いめの作品が多いが(だからあんま面白くない)これも例に漏れずで戦争アクション的なものを期待してしまうとたぶんきっとおそらく確実に裏切られると思われるのだが他のNetflix鬱々人間ドラマ系アクションと違うのは絵の強さ、そりゃあもうエル・グレコのキリスト磔刑画ぐらい空がどよぉぉぉんとしておりましてものすごい終末感でございます。地平線が沈み込んで地面(氷)と空の区別がない風景は幻想的な美をたたえてそこを進むスケート部隊を神話のベールで包み込む。さすがスウェーデン、寒いところの本場(雑)は違うなぁと圧倒されますネ。
マル秘アイテムを運ぶ決死隊の話ってことで否応なしに想起するのは『恐怖の報酬』ですけれども展開的にはどよ~んと沈んだ版の『地獄の黙示録』って感じでノオミ・ラパス決死隊は行く先々で様々な終末風景に遭遇する。そこで明らかになってくるのは実は、というか実はでもなんでもないが現下の戦争がもたらしたものはある種の同士討ちで敵国をやっつけるために兵力に物資やらエネルギーやらを投下しまくった結果その足元で守るべき人々が死んでいくというパラドックスなのであった。この映画では敵国がどこなのか(そもそもここはスウェーデンなのか)おそらく意図的に具体名が伏せられているがそれはこんな世界戦争の最終局面では敵と味方を区別することなんて無意味だということなのだろう。
なんかね、今のウクライナ情勢的にああこういう映画はいいなって思うよね。どっちが悪いってそれは他国に兵士出して戦争始めたロシアが悪いですけどだからって徹底抗戦を訴えるウクライナ政府が正義ってことにはならないじゃんみたいなのは俺の感覚では常識的な考え方ですけど、ゼレンスキー大統領の外交が上手くて西側諸国もそれを利用して煽るものだから戦争の当事国でもないのにすっかり脳が戦時モードになってる人とかっているじゃないですか。ロシア粉砕だーウクライナがんばれー! みたいなさ。日々流れてくる信憑性の不明な戦況ニュースを見てどっちが勝ってるとか負けてるとかで喜んだり悲しんだりしたらもう負けてるよねある意味。戦争っていうものの狂気に負けてる。そこにいる一人一人のリアルな人間の姿を理性で想像することができなくなってる。だからそういう人にはこの映画観て欲しいですよ。大局には現れない小さな死がここにはたくさん出てきてこれが戦争なんだよってわかりますからね。
という意味でこの映画のハイライトと言えるのが氷に埋まった何十何百という民間人の死体の場面。いやぁここは凄惨にして美しい、まったく見事な地獄絵図でこんな終末なら悪くないかもいや実際にこうなったら嫌だけど! の危険な魅力を発してましたなぁ。雪原迷彩を着用したまま凍死して風景と同化した敵兵とかさ、文字通り冷たい死の表現がイイんだよこれは。銃撃戦もダラダラと続かないで撃たれたらはいそれで終わりみたいな呆気なさが実にゾッとさせてくれます。
氷上のシチュエーションを活かしつつも意外にリアル志向のアクションはそのギャップが独特の近未来感を演出していて面白いし、演じるのがノオミ・ラパスですから極力スタントなしでミリタリーアクションを披露してこれも生々しい迫力があってカッコイイ(撮影かなり大変そう)、ラパスお得意の失意の母親芝居も終末の背景を得て泣かせるという感じではなく静かに染み入るなかなかの名演になっていたんじゃないだろうか。というわけで良い映画でしたね『ブラック・クラブ』。こういう映画はNetflixじゃなくて映画館でかけてくれよって思うんだけどさ。
【ママー!これ買ってー!】
凍りついた終末世界といえば巨匠アルトマンの『クインテット』。ストーリーは全然面白くないがクセの強い世界観がスルメ。