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冒頭で自身奴隷労働をさせられていた青年が言うようにこの現代社会で奴隷労働(※比喩ではなく言葉通りの意味)なるものが平然と存在するとはにわかには信じがたい話だが漁船に乗せて遠洋漁業に出してしまえば確かに警察の目は届かないし本人だって逃げようにも逃げ場がないから奴隷労働をするしかない。この映画はタイの「海の奴隷」を扱っているがこれはなにもタイだけの話ではなく、連続48時間労働も…台湾で外国人漁師が「海の奴隷労働」-AFPBBなんて記事を見ればお隣台湾でも同じようなことが行われているし、幸いかどうか日本では海の奴隷の話は今のところ出ていないようだが(陸の方では技能実習生の奴隷労働問題がありますが)、漁業に食い込んだヤクザと密漁の実態を暴いた鈴木智彦のルポルタージュ『ヤクザとサカナ』だってあるわけだから、国産のサカナにしてもクリーンなわけではまったくない。家に居ながらにしてグーグルアースで世界中を見て回り基地に居ながらにしてボタン一つで遠隔地の武装集団もしくはそう誤認された民間人をドローン爆撃できるような現代にあってなお海の上は何が行われているかわからない不可視の領域なのだ。
というわけでそんなデンジャーゾーンにパティマ・タンプチャヤクルさんという人権活動家の人が挑む。奴隷ルートにもいろいろあるらしいが冒頭の青年などは風俗に出かけたら人身売買組織に拉致されてしまい気付けば船の上ということだから相手はかなり危険な奴ら。なにも直接対決をするわけではないが異国の地(この映画の中ではインドネシア)に散在する奴隷を見つけては身元を特定し可能ならばタイに帰す活動なんてものが奴隷主たる漁船オーナーとか人身売買組織の気分を害さないわけがないのでかなり命がけな感じである。
もっとも映画の力点はパティマさんと仲間たちの奴隷解放活動というよりもその涙ぐましい努力の結果無事見つかった奴隷の人たちの方に置かれている。長い人で奴隷歴20年とかテロップで出るのだがそれだけ時間が経ってしまえばもうタイ語を話せなくなっている人もいるし帰国を持ちかけても現地で家族を持ってしまったからと断る人もいる。たいへん当たり前の話なのだが奴隷は人間なので一人一人に事情があるし人生があるし言いたいことも言いたくないこともある。それをつぶさにカメラで捉えることで奴隷労働の非人間性を訴えるのがこの映画なんじゃないかと思う。
ちなみに、上映後のトークショーによれば日本市場に入ってくるサカナの最大3割が奴隷労働によって得られたものの可能性があるんだとか。外から入ってくるサカナは奴隷労働産で国内で採れたサカナもヤクザ絡みだったりするわけだからそりゃ適法漁業をやってるところの方が多いだろうとはいえサカナというのはグレーな食べ物ですなぁ。
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ということで海の奴隷とは別問題ですがこれを。