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「今観るべき映画!」みたいな煽り文句は嫌いなのだがそれが実際に該当する作品があるとすれば現今のウクライナ戦争の始まりの始まりにフォーカスしたこの『ウクライナから平和を叫ぶ』のような映画だろうと思っていて、にも関わらず宣伝不足のためか情報感度の高い客の多い渋谷の上映館に驚くほど客が入っていないことにいささかの落胆を覚えると同時に、でも、こういうことなのかなとも思った。
この映画で描かれるウクライナ戦争の始まりの始まりとは何かというとユーロマイダン革命に続くロシアのクリミア半島占拠(併合)、そしてその後に勃発したドンバス地方の親ロ分離主義者と川を挟んだ西側ウクライナとの紛争で、2016年公開の映画なので劇中で戦争といえばそれを指す。で監督のスロヴァキア人写真家の人は主にドネツク人民共和国(自称)に入ってって戦争被害についてインタビューをするんですけど、ドンバスって要は田舎なんですよね。
まぁその荒涼たる風景ときたら痛ましい。現在もそうとはいえ戦争中なので砲撃の痕なんかが修復されることなくそのまま放置されてたりするんですけど、それを除いてもなんだかあまりに貧しく救いがなく見える。田舎には田舎の良さがあるなんてもんじゃなくて、そりゃ住んでる人はそう思ってるかもしれないですけど、傲慢な都会人の目から見たら本当になんにもないんですよ、将来性のありそうなものが。
ユーロマイダン革命をウクライナと西側諸国の側から捉えたNetflix映画『ウィンター・オン・ファイヤー:ウクライナ、自由への闘い』は俺の観測する限りでは配信されるや感度の高いツイッターの映画クラスタの間で結構話題になって、なのになんで『ウクライナから平和を叫ぶ』の方は話題にならないのかと思うんですが、ユーロマイダン革命ってキーウの出来事だから都会の話でしょ? でもこっちは田舎の話。身も蓋もないけどそれが理由なんだろうって思っちゃう。都会で人が死ぬとみんな大騒ぎしますけど田舎で死んでもあんま相手にされないんだよな。
しかもこの映画の場合はおそらく今の日本の一般的認識では卑劣ロシアの手先(まぁ実際そうだろうけど)のドンパスの親ロ派住民にどんな大変な思いをしましたかってインタビューしてるわけじゃないですか。そしたら二重に関心が持てないんじゃないかな。どんなものにも両義性はあってユーロマイダン革命は基本的に西側諸国と西側ウクライナの人にとっては良い出来事だとしても、東側ウクライナの親ロ派・ロシア系住民にとってはクーデターとかテロに等しい出来事として映ったりするわけじゃないですか。
でもどちらの声が強い影響力を持つかって都会の西側ウクライナなんですよね。その地方と中央の不均衡がウクライナ戦争の下地にはあると思ってて、これはウクライナから遠く離れた日本の観客の鑑賞態度にもやっぱり見られるものなんだろうとおもいます。
で観ていて考えてしまったのはこれ映画と直接関係ないんですけど、都会の人よりも力のない田舎の人ってそれで福祉の充実をとか格差是正をとか都会だけに富や人が偏らないように再分配をとかっていう自分たちを助けるためのリベラルな政策とかっていうのに、案外惹かれない。何に惹かれるかって「力」なんですよね。力こそ全てっていう世界観が田舎と都会の構造的な格差の中で自然と形成されていって、まさしくその「力」によって都会は田舎を搾取してるんですけど、だからこそというか、やはり「力」を持つこと、「力」を志向することが偉いんだという考え方に田舎の人は染まっていく。日本の例でいえば強権的で中央集権的なイメージの自民党が地方でひたすら強く適者生存のネオリベ政党の維新も西日本で支持を拡大しているというのは、それが弱者としての地方にやさしいからではなくて、むしろ逆に弱者にやさしくないからなんだろうとか、まぁそういう感じで。
『ウクライナから平和を叫ぶ』に出てくる傷ついた人たちの中でとりわけ強い印象を残すのはキーウはナチスが占拠してて私たちを皆殺しにしようとしてるから早くプーチンに助けに来て欲しいって泣きながら叫ぶ老婆だったんですけど、これなんかそういう「力には力を」のもっとも痛ましい表れじゃないですかね。それはもちろん親ロ派、ロシア側のプロパガンダの成果っていうところもあるんでしょうけど、こっちの人にしたらそもそもユーロマイダン革命で西側ウクライナの「力」によって自分たちの政治家だったヤヌコビッチが権力の座から引きずり下ろされたと感じてたりするわけだから、力がなかったから負けた、だから力が欲しい、プーチンさんお願いしますっていうそういう感じで。それが結局はドンバスがクレムリンに従属し搾取されることを意味するとしても意に介さないんじゃないですか。自分たちは強い者に巻かれる運命なのだからどうせ巻かれるならせめて人種的に親近感を抱ける強い者=プーチンに巻かれたいみたいな。
なんかまぁ、そういうのが俺には見えてくる映画でした。全然映画の内容について書いてないですけど67分とか短いドキュメンタリーなのだし、観れる人は自分の眼でこういうのはちゃんと観た方がいいすよってことで、あえて書かないまま感想を終えてしまおう。一本の映画としては案外あっさりした旅行記のような作りで物足りなさを感じるところもないでもないが、でもドンバスの風景とかドンバス住民の声なんてまず日本の主流メディアには(ネットも含めて)流れないから、今観る価値は非常にありありな作品だと思います。
【ママー!これ買ってー!】
ウクライナ&プーチン関連本が本屋を超絶賑わせている昨今、たかだか極東の島国の本屋さえも情報戦の舞台の観があり、ウクライナ情勢に関心はあるが果たしてどれを読むべきかと悩んでいる人も多かろうと思うので、そういう人にはウクライナ戦争どころかユーロマイダン革命のずっと前に刊行されたこの手軽なウクライナ史を勧めたい。