《推定睡眠時間:0分》
※この感想はセンシティブな人にとっては数多くのネタバレを含むと思われますが俺の感覚では『NOPE』にどんでん返しなどとくにネタバレしたらマズい要素は一切含まれておりませんでしたので普通にこんな映画だったよと書いてます。内容をまったく全然知らない状態で『NOPE』を観たいんだ! という方は危ないですからさっさと帰ってください。
映画の歴史は黒人から始まった、とは近年リベラル映画人界隈でよく言われるようになったことで、エジソンのキネトスコープ以前に撮影され世界初の映画と言われる1880年発表のマイブリッジの『動く馬』は馬の騎手が黒人であったと劇中でも語られるが、映画の歴史が黒人から始まったならUFOアブダクション事件の歴史もまた黒人から始まった。1961年9月19日、夜のハイウェイに車を走らせていた黒人男性バーニー・ヒルと妻で白人のベティ・ヒルは巨大な空飛ぶ円盤を目撃する。あまりの光景に速度を上げて逃げ出す二人だったがやがて異音が車内を満たし車体はガタガタと振動を始める。そして急激な眠気が二人を襲った…気付けば二人はUFO目撃地点から50キロも移動していた。そして事件の真相を究明すべく後日行われた退行催眠で恐るべき事実が明らかになる。二人はなんと宇宙人に誘拐されていたのだ! 余談ながらバーニー・ヒルは全米黒人地位向上のニューハンプシャー支部役員である。
映画もUFOアブダクションも黒人から始まった。だが黒人は観察されるばかりでその姿を記録・撮影するのは白人ばかり。やや不自然に挿入されるサル役者の暴走のエピソードからはこんな声が聞こえては来ないだろうか。俺たちだって見られてばかりじゃないんだぜ。見る者と見られる者の反転は『ゲット・アウト』『アス』にも見られるジョーダン・ピール作品の主題であり、この『NOPE』でもUFOを見る行為が物語終盤におけるアクションの中心となっている。主人公の黒人牧場主&仲間たちは見ると食われるUFOを必死に見ないように見ないようにしつつも、それをカメラで捉えようと必死に食らいつくのである。
一方的に見られる者の反撃。目を向けられる側からカメラを向ける側へ、UFOアブダクション体験をする側からUFOを撮影する側へ。これまで白人の領域だった「見る」立場を黒人の手に取り戻せ! なるほど、そういうことですか。UFOの「口」に当たる部分が黒目を思わせる形状から初期のフィルムカメラを思わせる形状に変形するのも偶然ではないんだろう。映画の撮影用語にはカメラ・アイなんてのもある。カメラは目であり目はカメラであり。これは見る者と見る者の対決の物語なんである。
ところでジョーダン・ピール映画で俺が好きだったのはその与太話感で『ゲット・アウト』は好きでも『アス』はそこまでは、というのは『ゲット・アウト』には元々スタンダップ・コメディアンだったこの監督らしくリル・レル・ハウリーがボケ役で出てきて大いに笑わせてくれたのだが、『アス』は『ゲット・アウト』のリル・レル・ハウリーに相当するキャラクターがおらず、細かいジョークはあるものの全体的にはアメリカの人種差別が暗く重たい影を落とすシリアスな映画だったからだったりする。
都市伝説から話を膨らませるジョーダン・ピールの映画はシリアスにやっても与太話感が漂うのでそうは言っても『アス』もあの人を食ったラストなんかアホじゃねぇかって感じで忍び笑いが漏れる感じではあったが、この『NOPE』は『アス』よりも更にシリアス方向に舵を切り、冒頭からなぜかバレエシューズが垂直に立っている破壊された子供部屋に血まみれのチンパンジーが佇んでいるシーン、馬に乗っていた主人公の父親がボツンボツンという重たい雨のような銃弾が着弾するような音と共にきわめて不自然に死亡するシーンと、まるで高橋洋の幽霊映画のような奇怪で不吉なイメージの連続。これは笑えない。
UFO襲来シーンでも徹底してUFOが得体の知れない恐ろしいものとして描写されており、やがて明らかになるその造形も円盤を半円の眼球に見立てた不気味なもの、この円盤は別の形にも変形するのだがその形状たるやなんとも名状しがたい、ハリボテのようにも聖女のようにも見える異様なものなのであった。これが不快な重低音と共に人間をアブダクションしようと襲いかかってくるのだから気味が悪いったらない。極めつけは濁流と化す血の雨! バカ映画かなと思って観に行ったのでそのホラー性の高さにちょっと怯む。
怖いのは結構なことなのだが俺としてはジョーダン・ピール映画では笑いたいところもあり、その意味ではこれまでの『ゲット・アウト』や『アス』と比べて捻りが少ないこともあってちょっと拍子抜けな気もしたのも事実。まぁIMAXカメラで撮られた映画のようですしここはみなさん素直にUFOを怖がって下さいってことなんでしょうね。UFOも怖いしアメリカ中西部と思われる荒野に広がるだだっ広い濁り空も怖い。金沢にあるモーゼの墓を訪れた時のことを思い出す。駅から墓まで歩いて行ったが道行く限りあるのは田畑だけで何もないし誰もいない。田舎の人にとっては当たり前の光景だろうが一人モーゼの墓とかいう異界に向かう俺にとってはその空の広さがなんとも圧迫的で恐ろしく感じられたものだ。それをこの映画を観ていて思い出した。
ジョーダン・ピール、もしかしたら本気なのかもしれないね。本気でUFO到来を待ち望んでいる人なのかもしれない。だからこそUFOをお友達扱いなんかせず遭遇したらガチで超やべぇものとして描いているんじゃないだろうか。UFOネタは貧乏白人の専売特許というわけでもなかろうが考えてみればUFOビリーバーの黒人なんかテレビとかで見たことない。アメリカの人種分布からすれば都会の方が黒人比率が高いわけで、都会に住む人は一般的にリアリストであり教育程度も田舎の人より高いのだから、身も蓋もなく言えばアメリカ在住の黒人にはUFOなんてものを信じるうつけ者が白人よりも少ないんだろう。だからこそジョーダン・ピールはこの映画でこう訴えたかったのかもしれない。俺は都会の黒人だけど俺だってUFOが大好きなんだよ!
そうかどうかは知らないが、そうだとすれば、なんだかイイ話である。
【ママー!これ買ってー!】
与太話しか書いてなくてとても面白い本でした。
いつも面白いレビューありがとうございます!ゲットアウトもアスも見ていて、NOPE気になっていたのでより見たくなりました。ゲットアウトのリル・レル・ハウリー大好きです笑。以前書かれていたアスのレビューも面白かったです。
映画ではないのですがにわかさんはyoutubeの「フェイクドキュメンタリーQ」「フィルム・インフェルノ」知っておられますか?滅茶苦茶怖かったのですが、にわかさんのレビューを読んでみたいなと思ってしまいました(おこがましくて、すみません)もしお暇・お時間あればチェックしてみて欲しいです。
やっぱあのリル・レル・ハウリーみんな好きですよね笑
『フェイクドキュメンタリーQ』、実はまだ見ていないのですよ。俺どうもフェイクドキュメンタリー系は白石晃士みたいなベテランの作も含めて興味が薄くて。ホラーだったらやっぱりキチッとショットを作り込んで欲しいみたいなのがあるんですよね。
ただ、それでも『フィルム・インフェルノ』の評判を聞いてさすがに気にはなっていたので、いつになるかはわかりませんができるだけ早い内に見てみようと思います。乞うご期待?
やったー嬉しいです!いつでも構いませんので、楽しみに待ってます
気になった記事しか読んで無かったので、今他の記事を読んで気づいたのですが、さわださんフェイクドキュメンタリー形式に最近特に冷め気味だったのですね。厚かましいお願いをしてしまってなんだか申し訳ないです…本当に見たくなったらで構いませんのでこらからも更新楽しみにしてます。
フェイクドキュメンタリーはもともとあんまり興味ないですけど、それは単純にカメラワークとか編集がどうしても似通ったものになりがちでどれを見ても同じような印象を受けてしまうからで、別に見るのが嫌とかではないですよ。『Q』はもともとネットでやたら評判になっていたのが気になっていてそのうち観ようと思っていたので、肩を押してもらえるのはありがたいです。
『フィルム・インフェルノ』観ました!面白かったです!尺的に一記事使うまでもない感じだったのでここに感想書いちゃいますけど、フェイク・ドキュメンタリーの原点回帰だなと思いましたね。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』の現代アップデート版。3人の写真とか顔の部屋とか怖かったな〜!何もわかんないのもユーチューブ配信の短いコンテンツとして正解だと思います。恐怖表現も多彩でよくできてましたね。
ありがとうございまーす!『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』も好きだったのでほんと怖くて面白かったです。最後が特に…!なにもわからない恐怖って一番嫌だな~と思わされた作品でした。
とくにYou Tubeだと何もわからないまま動画が呆気なく終わっちゃって嫌な後味が残るんですよ
いつも楽しく読ませていただいてます。
最後の考察でほっこりしました。
ありがとうございます!ほっこりしてもらえてなによりです!