《推定睡眠時間:0分》
あのファン・ジョンミンが誘拐された! との煽りを聞けば『その男ヴァン・ダム』みたいな俳優の自虐ネタなんかも満載のメタフィクショナルなサスペンス・コメディを想像してしまうが、そんなことはなく中身は笑いどころ基本なしのハードコアなバイオレンスありサスペンス。それもそのはずこの映画、中国映画『誘拐捜査』の韓国リメイク版であり、オリジナルの『誘拐捜査』は実際に起きた吴若甫という香港の映画俳優の誘拐事件をアンディ・ラウ主演で映画化した実録もの。そのリメイク版なので『哭声』の怪しげ霊媒師や『アシュラ』の鬼畜外道市長でお馴染みの韓国映画スタア、ファン・ジョンミンが誘拐されるという筋立てになっており、決して「ファン・ジョンミンが誘拐されたら面白いよねw」みたいな不謹慎だがちょっと面白い酒の席でのジョークから生まれたわけではないのだった。
そのことに気付いたのはエンドロールにオリジナル版のタイトルが原案として流れてきてのことなので、最初からそうと分かって観れば単純におもしろいバイオレンス・サスペンスとして楽しむこともできただろうが、てっきり「ファン・ジョンミンが誘拐されたら面白いよねw」から生まれた企画の映画とばかり思っていた俺はこれ別にメタギャグとかもないし誘拐されるのがファン・ジョンミンじゃなくてよくない? の疑問符をわりと終始頭に浮かべることになってしまった。でもそう観ると逆になんか笑っちゃっておもしろい。ファン・ジョンミンが誘拐されて殺されそうになるという深刻だがどこかふざけたシチュエーションにも関わらず笑い要素全然なし。それが、なにやら松本人志のコントのように、みんなして真顔でギャグをやっているかのように見えてしまったのだ。先入観っておそろしいですね。
までもそれは斜め観というものでこれはあくまでもシリアスな映画、ファン・ジョンミンを誘拐したチンピラ集団の放つヤバさが尋常ではなくずっとハラハラドキドキしてしまいます。こいつら本当バカなんだよな~。バカだから行動が短絡的すぎて何をしでかすかわからないっていうね。普通ファン・ジョンミンなんて有名人を身代金目当てで誘拐したら敵に回すものが多すぎるし逮捕リスクもでかすぎるから危ないって考えると思うんですけどこいつらバカだからそんなの考えないし貴重な荷物にも関わらずファン・ジョンミンの言うことが気に障ったりすると瞬間沸騰して殺しそうになってしまう。
一番怖いのは人間、とはよく言うがこの言葉には修正が必要だろう。一番怖いのは頭が悪くしかも凶暴な人間。
ちなみにこのバカ誘拐団がどのくらい凶暴かというと自分たちの工房で手製の手榴弾を作ったり安倍晋三暗殺犯が使っていたのとたぶんメカニズムは同じ鉄パイプ銃を作ったりして武装している上に監禁小屋とは別の部屋はいざ警察が踏み込んできたときに一人でも多くの警官を殺せるようにと爆弾トラップを仕掛けているくらいの凶暴さ。
銃はともかく手榴弾と爆弾トラップは誘拐事業者として明らかに無駄なだけの過剰武装、そんなものをわざわざ用意したところで身代金を手にする役には経たないし警察に踏み込まれたときの籠城戦で勝てるわけもなく、むしろ無駄に警官を殺傷して無駄に罪を重くするだけだろう…などということには一切考えないのでおそろしいバカである。それにしても日本の報道では模倣犯を恐れて自主規制されている暗殺犯山上の自作銃に近いものがこんなところで見られるとは。いったいどんな銃だったのか気になっている人は観に行ってみよう。
ただ思ったんですけど最近の韓国映画に出てくる犯罪者、こういう凶悪なバカが多くない? メンバーの一人(ハゲ)がバカどもの中でもとりわけおっちょこちょい度の高い映画マニアで他のメンバーから邪魔者扱いされていて可哀相なのだが、ニヤニヤ笑いの感じといい犯罪者仲間からかなりダイナミックに見下されている点といいイ・ヨンエの役者復帰作『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』に出てきた誘拐漁村のバカとキャラがかなり被ってしまった。
最近の韓国映画こういうの多くない? なところはそこだけではない。路地裏を爆走して物と建物を壊しまくるカーチェイス、手榴弾を駆使した爆炎バトル、土砂降りの雨の中の格闘、誘拐団の首魁の息を吸うように人を殺して平然としているサイコ感…どれもよくできているのでシーンや演出としてはカッコイイのだが、どれも最近の韓国サスペンス映画でありがちな要素であり、またか、と思ってしまったのも正直なところ。
ファン・ジョンミンが本人役で出る誘拐映画ならもう少しオリジナリティが欲しかったし、ファン・ジョンミンにしかできないことをやってほしかった。そりゃまぁついにキレたファン・ジョンミンがアシュラの形相で誘拐団のガキどもをぶっ殺しにかかるシーンは面白かったけれども、それだけじゃなくてもっと色々とファン・ジョンミンの誘拐設定で遊ぶことができたんじゃないだろうか。
監督はこれが長編デビューらしいが、最近の韓国映画は全般的にレベルが高くなったけどその反面で各監督の個性は弱くなってしまったように思えてならない。こうすれば映画は売れるという方程式がある程度確立されてしまったので若手監督もあまり冒険をしようとしないんじゃないだろうか。だから、どの映画を観てもかなり面白いけど、どの映画を観てもなんとなく既視感を覚えてしまう。特異な設定のこの映画にはそうでないものを期待して観に行っただけに、面白いけど…と三点リーダが脳内に浮かび上がってしまうのだった。
※ただ誘拐団の凶暴エロねーちゃんは超よかったです。俺もあのエロねーちゃんに誘拐されたい!
【ママー!これ買ってー!】
オリジナルはどんな映画なんだろうか。
オリジナルは誘拐された呉若甫本人がEDで歌ってますよ
ケレン味控えめで淡々としてますが、その分リアリティは感じられるので個人的にはオリジナルの方が好みでした
あと警察が優秀に描かれているのも中国らしいっちゃらしいですね
そうなんですか…この韓国版だと結構警察がチョンボしてましたけど、オリジナル中国版だとやっぱり警察は強く賢く正しい!みたいな方向になるんですねぇ。
そういえばジョニー・トーが中国資本で『毒戦』を撮ったときに警察の描写と薬物(密売人?)の描写で結構当局と揉めて大変だったとか言っていたような。