予想の斜め上映画『デュアル』感想文

《推定睡眠時間:0分》

むかしアルバトロスとかあのへんの配給会社が『怪人プチオの秘かな愉しみ』とか『ドイツチェーンソー大量虐殺』とか『大脳分裂』とかマニアックなホラー映画っぽい感じのタイトルのビデオをよく出しててそれでどんな怖い映画かと思ってレンタルビデオ屋で借りてくるとなんかホラーっていうかホラージャンルの体裁を取ったアート映画みたいな内容のやつだったりすることがわりとあって、『デュアル』観ながらあーあったなーそういうのーって思ったんですがそれはなぜかといえば日本版のポスターがどう見てもSFアクションだったからそういうつもりで臨んだらいや全然アクションもSFもしねぇじゃんっていうかこれヨルゴス・ランティモス系のシュールな真顔のコメディじゃん! っていうね、そういう映画だったんですよこの映画『デュアル』は。

危なかったね。俺は映画が半分ぐらい終わったところでアッこれは! ってなりましたけど気付かないで完走してガックリ肩を落としたままの帰路でネットの映画サイトとかに星一点クソ映画の評価を投下する鈍い人もいるんじゃないだろうか。その場合その人のセンスの鈍さにも問題がないとはいえないがどちらかといえばやはり配給の売り方に問題があると言えるだろう。わかりますよそりゃ。そりゃこういう真顔のコメディはどういう風に売るのが正解かなんて誰もわからないとは思うんですが、こんなお前ポスターでお前バトル展開を期待させといてお前…ま、俺はかつてのアルバトロス系ビデオみたいな「騙された!」感を楽しめたからいいけどさ。イイお客でしょう、俺。試写会のチケット待ってます。

さて映画の内容に話を移すと。主人公の仕事なにやってるんだかわからん女性カレン・ギランはつまらない彼氏からはわりとぞんざいに扱われつまらない母親のつまらなさには辟易し暇でやることないから暗い部屋でエロ動画サイト見ながらセルフいたわりをという冴えない日々を送っていたがある日突然大量吐血。よほどのことが起きてもなぜか顔色一つ変えないカレン・ギランなのだったがとりあえず病院に行ってみたところ余命僅か生存率0%を告げられる。

突然の死の宣告にも一切動じないカレン・ギラン。しかし内心では動揺しているらしくいずれこの世に残される恋人や母親のために流行りのクローン作成を決意する。「DNA採りますんでここに唾液を入れてください」「どれぐらいで出来るんですか?」「一時間ぐらいで出来ますよ」てっきりDND採取にかかる時間のことかと思ったら一時間後にはもうクローン・カレン・ギランが出来上がっているのであった。今にして思えばこのあたりからこの映画がSFアクションではなく真顔シュールコメディであることを疑うべきだった(ここまでで映画開始からおよそ15分)

さてクローンはあくまでも外見とか声とかが似てるだけなのでオリジナルの方はちゃんと内面も自分のクローンにすべく死ぬ前に共同生活をして自分という人間のなんたるかをクローンに教え込まなければいけない。なるほど、クローンとオリジナルが共同生活を送る中で奇妙な友情なんかが芽生えてきちゃって…みたいな展開になるのかなと思ったら時計の針はあっさりと半年ぐらい先に進む。真顔シュールコメディとわかった今は驚きもないがまだそう思ってないこのときの俺は「急に!?」って思った。

だが急なのはそれだけではない。何病かわからないが致死率100%の大病を患っていたはずのオリジナル・カレン・ギランが病院に行くと担当医から「完治しました」ええっ! お前全然治療とかしてる気配なんかなかったじゃんなんだよそれ! 真顔シュールコメディとわかった今では(以下略)

死なないならクローンがいる意味もない。かなり高かったらしいからもったいないが廃棄処分を申し立てるオリジナル・カレン・ギラン。しかしどうしたことか廃棄処分にストップがかかる。「クローンさんが憲法修正うんぬん条に基づく権利を主張されてまして」「は?」「たまにいるんですよねぇ、自我に目覚めちゃうクローンさんって」いるんですよねぇじゃねぇだろと思うがいるのなら仕方がない。だが事態は更に深刻なところまで進んでいた。彼氏に会えば「君よりクローンのがいい」、母親に会えば「クローンの方こそ私の娘です!」、ついには住んでる部屋までクローンと暮らすからと彼氏に追い出され、オリジナル・カレン・ギランは決闘裁判の通達を受ける。

決闘裁判とはなにか。本来はリドリー・スコットが映画化した『最後の決闘裁判』で描かれたアレのことを指すわけだが、この映画ではクローンとオリジナルが一人の人間の存在権を巡って行う死闘のことだ。同じ人間が2人いては困るからクローンとオリジナルを闘技場で戦わせて生き残った方をオリジナルってことにしようというわけである。決戦は半年後(結構遠い)。どうせ失うもんもねぇ、受けてやんよその果たし状、ってなわけで早速ネットで検索してヒットした戦闘ジムに向かうオリジナル・カレン・ギラン。ようやくアクション展開か! と喜んだのも束の間、カレン・ギラン、そのジムですっごいゆるいすっごいもうそこらへんの普通のジムより断然ゆるい基礎トレーニングをやらされるだけだった…そして自称戦闘のプロのトレーナーから1本のビデオを渡される。

「見ておけ。出来は酷いが役に立つ」果たしてどんな映像がと家に帰ってビデオデッキにガッチャンコするとテレビ画面に映し出されたのはすごい血が出る安ホラー映画だった…なるほどね、ホラー映画で血を見ておくのも戦闘訓練のうちってバカ! 翌日ビデオを持ってジムに行ったら「よし、今日は続編を貸す」ってバカバカ! そしてまたもや突然の「半年後」テロップ! あぁ、この映画、ふざけてるわ…とそこでようやく俺は気付くのであった。

そう気付いてからはこれがなかなか笑いの連続、ごっこ遊びにしか見えない模擬戦闘は失笑不可避、定番台詞「金で払えないなら別の方法で払ってもらう」のまさかの帰結には椅子からずり落ち、唐突な犬の受難はその酷さに黒い笑いがあふれ出す。おもしろい映画である。だいぶ予想とぜんぜん違うけどこれはおもしろい映画である。おもしろいだけじゃなくて批評性もある。ここで描かれる世界は笑えるけれども人間を大切にしない。誰もが誰もの代わりになってしまうから個人なんてどうでもよい。これはよく考えてみればきわめておそろしいディストピア的未来世界ではないだろうか。

そんな世界で主人公のオリジナル・カレン・ギランは半ば自暴自棄になっていて、それが最初の方の無気力無表情生活を招いていたことが映画を観ているとだんだんとわかってくる。そのわからせ方のさじ加減もまた絶妙。おもしろうてやがてつめたき…などという批評文句を造語して当てはめたくなる、いや力作でしたねぇこれは。脱力作と言うべきか?

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ヨルゴス・ランティモス作品で共同脚本を務めるエフティミス・フィリップの脚本作。こちらもランティモス作品同様の真顔のシュールコメディになってます。

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ISHIMAMI
ISHIMAMI
2022年12月27日 5:25 AM

全く予備知識なく、劇場で観て途中まで何を見せられているのかも分からなかった。ああ、途中からちょっと未来の話なのね?SF?クローン?主人公がのっぴきならない状態においこまれて行くのに、なんだか緩い展開と奇妙なトレーニング。なんだ?この既視感、どっかで観たことあるぞ、と思ったら、『恐怖のセンセイ』(The Art of Self-Defense)と同じ監督ライリースターンズでした。知らないで見ても分別できるほどの癖の強さに感心しました。