《推定睡眠時間:0分》
犬猿元夫婦のジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツが娘ケイトリン・デヴァーの電撃結婚を阻止するためにバリ島に行く映画なんですけどそこで現地の人にジュリア・ロバーツがあなた馬に似てますねって言われるシーンがあって笑ってしまった。似てるよね、馬。ジュリア・ロバーツとサラ・ジェシカ・ハーパーは馬に似てる。チャニング・テイタムは牛に似てる。スティーブ・ブシェミは妖怪に似てる。
顔面いじりなどは今や炎上リスクの高いネタだがこの映画では金持ちアメリカ白人をバリ島のあんまお金がない人がいじることで炎上リスクを低減しつつ邪気のない笑いにしていて作り手の職人技を感じますね。ポリコレのせいで容姿いじりなどができず映画がつまらなくなったと大袈裟に嘆く人もいるが大丈夫、やり方さえ考えれば容姿いじりは全然可能です。炎上回避のための技巧的な容姿いじりの方が逆に嫌味度が高くないかという疑問はここでは受け付けません。
さて『チケット・トゥ・パラダイス』、うん、これは面白い映画でしたなぁ。なんか久しぶりだったわ、こんな肩の力抜いてハリウッド映画観れたの。はいここからいつもの愚痴コーナーに入りますからはいはいいつものあれねと思った人は何段落か下まで飛ばしてもらいたいのですがあのね、最近ハリウッド映画やっぱダメだよ。ダメってこともないだろうけど俺が考えるところのハリウッド映画の良さってホント無くなったなって思うんです。
クオリティは高い。それは間違いない。マーベル映画なんかを観ても撮影や脚本や美術等々映画を構成する各分野に世界最高峰の映画制作者たちが携わっているのがわかるし、その人たちが世界最高峰の仕事をしてる。そりゃつまらないものができるわけがないしゴージャス感のないものができるわけもない。たった2時間かそこら映画館にこもってるだけでものすごい量の良質な情報と体験を得ることができるのが今のハリウッド映画じゃないですか。それはすごいことだと思うよ素直に。
でも違うんだよな。こういうのってハリウッド映画の原体験をどの時代に得ているかで変わってくることだとは思うんですけど、ハリウッド映画の良さって俺やっぱ軽さにあると思う。何にも考えずに気楽に観れてそこから得るものなんか大してないかもしれないけど、でも観終わって映画館を出るときにはああ楽しい映画観たなって、明日からまた気分切り替えて仕事がんばろかなんて思える、そういうのが長い間ハリウッド映画の良さだったんじゃないかって思うんですよ俺は。
そういう観点から見れば今のハリウッド映画ってちょっとよく出来すぎてる。まぁ時間的にも3時間くらいあるのが当たり前になっちゃってるし軽く楽しむっていうことができなくなった。パッと見なんでもないような娯楽映画に見える作品でも社会風刺や政治的メッセージや歴史的背景が含まれていて、観た後にあれこれ考えを巡らせないといけないような気がするし、そうじゃない作品でも他のシリーズ作との繋がりがどうとかっていうのを観客に考えさせるように出来てる。だから映画館を出るときにパッと気持ちを別のことに切り替えることができない。そんな映画ばかりを何本も観ていると、それがすべて映画体験自体は素晴らしいものだとしても、正直なところ疲れてくる。
『チケット・トゥ・パラダイス』が嬉しかったのはこれはそういう作りをしてないんだよね。ま、どうせ映画なんですから100分ちょっとリラックスして別世界を楽しんでくださいや、ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツ、見慣れた男女のスタア揃えて舞台はカラっと明るいバリ島、難しいことなし、堅苦しいことなし、説教もないし啓発もない、こんなもん観たってなんの足しにもなりませんが足しにならない映画に金をかけられるのがハリウッドってなもんじゃあないか、さぁさぁみなさんどうぞ観光気分でお気軽に、バカも天才も貧民も金持ちもアジア人もアフリカ人もどなた様もお待ちしております…ってなもんですよ。
往年のスクリューボール・コメディを彷彿とさせるこの映画、ジョージ・クルーニーとジュリア・ロバーツの丁々発止のやりとりが素直に楽しい。ジェネレーションギャップやカルチャーギャップの笑いもわかりやすさが最重視で、流行に敏感な(そして出世欲の強い)今のハリウッド映画監督がこの手をネタをやると往々にして過度に毒気が強かったり内輪受けの気が出てくるところを、この監督オル・パーカーは実に抑制してやっているから観ていて「笑わされている感」がない。これは万人向けのコメディを撮るときに意外と重要な点だと思うのだが最近のハリウッド・コメディの作り手で重視している人は決して多くない。
プロットは吹けばホコリが飛ぶほど使い古されたものだしギャグにも演出にも特筆すべきものは何もないかもしれない。でも、だからこそこれは見事な娯楽映画だと言い切りたい。軽く笑えてちょっとだけしんみりして最後は爽やかにハッピーエンド。観た後にはきっと何も残らないだろうが…誰もが自分の何かを残そうと躍起になっているこのSNS時代、この欲の無さは存外感動的でさえあるのだ(そしてそれは何のメッセージもないようなこの作品に込められた秘かなメッセージでもあるんである)
【ママー!これ買ってー!】
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表面的には似ていないが『チケパラ』を観ていて脳裏をよぎったのはスクリューボール・コメディの巨匠プレストン・スタージェスの『パームビーチ・ストーリー』。ということでそれが収録されているお馴染みコスミック出版のありがとうBOXのリンクを貼っておく。なおアマゾンプライムビデオには『結婚五年目』のタイトルでレンタルもあり。