《推定睡眠時間:10分》
SF映画史上のカルトと名高いこの映画だが俺はなんとなく興味が湧かず観てこなかったのでリバイバル上映はありがたい。そういう機会があればそうだあれ観てなかったわってなりますからね。で観た結果。そうか。そうかって思う映画だったねこれは。このそうかにはふたつの意味がある。そうかの一つめはそうかあのSF作品はおそらくこの映画の影響を受けているんだなぁのそうか。
藤子・F・不二雄の傑作SF漫画『モジャ公』には不老不死の星というのが出てきてたまたまその星を訪れた主人公一行が不老不死の生に飽きた住民たちのために自殺ショウを強制されそうになる児童向け漫画とは思えぬエピソードがあるが、今にして思えばあれは『ザルドス』が元ネタだろう。映画ではカート・ウィマーの『リベリオン』が芸術品に触れたことで体制の犬だった主人公が真実に目覚める…という展開が『ザルドス』的。ゲームの『真・女神転生Ⅲ』の舞台となる変異した東京はボルテクス界と呼ばれるが、『ザルドス』において未来世界の支配層が住む隔絶された空間はボルテックスという名だった。
そうかの二つめはそうかこういう映画だったんだねぇそりゃあカルト扱いされるよねのそうか。この文調から俺のこの映画に対する態度はなんとなく伝わるだろうか。嫌いじゃない。しかしノリノリで観れたほど面白かったわけでもない。それはなぜかというとそうかその1で挙げたような『ザルドス』フォロワーのSF作品の方を俺は先に観ちゃってるんだよな。なんかさ、ネットミームみたいな感じであるじゃないですか。若い世代に大友克洋の『童夢』とか読ませたら「これのどこがすごいんですか?」とか言われたみたいな話。大友克洋は影響力がデカすぎて後の世代の漫画家は大友克洋の漫画手法を大なり小なり盗んで自分なりに発展させてるから、その世代の漫画を読んで育った人が大友克洋を読んだりすると逆にものすごく普通の手法で描かれた漫画に見えちゃうってやつ。
俺それを初『ザルドス』で感じたね。なるほどこの映画を公開当時に浴びていれば非常に大きな衝撃を受けただろうとは想像できる。20世紀FOXの映画ということはメジャーもメジャーで、いくらヒッピームーブメントの残り香の漂うサイケデリック70年代とはいえ、こんなトんだストーリーとビジュアルを持つ映画がメジャーSF大作として公開されるなんて今ではちょっと考えられない。その点はむしろ今観た方が衝撃的ではあるが、とはいえこれは映画史的な文脈の話で映画自体の衝撃はやはり薄い。むしろ当時の技術でよく頑張ったねぇと監督ジョン・ブアマンの脳内イメージを見事に映像化できているとは言いがたい若干チープな特撮などを生暖かい眼差しで眺めてしまい、面白いは面白いのだがでも本来そういうことじゃないんだろうなぁ…とかなんか残念になるのであった。
さて映画が始まるとこの映画の大シンボル空飛ぶ巨大な頭部像…ではなくファラオのような装飾品を纏った男の生首がDVDデッキのスクリーンセーバーみたいにゆらぁと黒バックの画面を雑合成で飛行しながら興行師のごとく前口上を述べ立てる。これはなかなか予想外。その後に続く空飛ぶ巨大な頭部像のシーンから始めれば説明不足の観はあるとしてもシャープにキマってカッコイイと思うのだが、こんな安っぽいシーンから始まってしまったらどう受け止めていいかわからない。
興行師風の男は言う。この物語は皮肉と風刺に満ちています。私はこの物語の人形つかい。登場人物は私の糸に操られ…これは半分ぐらいネタばらしなのでなんとも大胆な構成ではあるまいか。この「最初にネタばらしがある」という点は地味に『ザルドス』最大の皮肉であり見逃してはならない伏線である。創世記のイメージを随所で借用している『ザルドス』はアダムとイヴの楽園追放の反復で幕を閉じるが、それが人間の世界の誕生を陰鬱に祝福するささやかなハッピーエンドではないことを冒頭の興行師は語っているのだ。
楽園追放は近代のパースペクティブで捉えれば人間の主体性の発露とも見えるかもしれないが、『ザルドス』が強調するのはそれがあくまでも蛇の誘惑によって起こされた非主体的な出来事であったということだ。ここではもう一捻りあるわけだが、自由のために支配層に反旗を翻す主人公も、そんな主人公に不老不死の退屈な楽園からの脱出の夢を託す一部の支配層も、蛇に誘惑され蛇に糸で操られる哀れなマリオネットでしかないというのが映画のラストシーンの含意である。ビジュアルや物語の衝撃度は薄れてもその苦味は未だ薄れていない。昔からそうとも言えるがアメコミ映画が幅を利かせる今のSF大作はとくに人間の主体性を称揚するハッピーエンドばかりなんだからさ。
おそらくこれは人間至上主義に冷や水を浴びせるシニカルな寓話として観るのがいいんだろう。狙った笑いどころもあれば狙っていない笑いどころもある。狙った笑いどころの方は主人公ショーン・コネリーが真実を知るキッカケとなる一冊の本のタイトル。狙っていない笑いどころは水晶の中に吸い込まれていくショーン・コネリーの「お手上げ~」みたいなパントマイム。なにあれ! ジョン・ブアマンはユーモアセンスがあんまないので笑わそうとしたところはだいたいスベってたけどまぁそういうところとか面白かったですよ。笑って困惑して最後は人間の無力に苦笑。なんだかんだ序盤の強烈な異世界風景にも圧倒されますし、うーん確かにこんな映画体験はあんまりない。カルト作になるだけのことは(奇天烈衣装やチープ特撮だけではなく)ありますなあ。
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件のエピソードの他にもブラックなギャグやシニカルな展開が見た目の可愛さに反して多いので子供より大人の方が楽しめるかもしれない。