《推定睡眠時間:20分》
非常にどうでもいいことなのだが何年か前にNetflix映画を劇場で観たときには額縁上映で配給のムービングロゴとか翻訳者の名前も出なくていかにも配信用映画を無理矢理劇場で流してますみたいな感じだったのだがこの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』はちゃんと劇場公開用の素材を作ってるみたいで(Netflix映画といえば翻訳字幕の質の低さがよく言われるがこれは字幕もちゃんとしてた)そうした問題は一切なく、Netflix映画の劇場公開に対してそりゃあまぁ映画を映画館でやるのは良いことですけれども…と口ごもり感のあった俺のややマイナス評価は見事に覆った。偉いなぁNetflixは。配信の会社なのに劇場公開にもちゃんと力を入れるなんて。ディズニーなんか劇場用映画の会社だったくせに最近は劇場軽視も甚だしく配信にばかり…ゲフンゲフン! あやうくまたディズニーの悪口が飛び出すところだった。
そんなことはさておき映画の感想ですがあれなんか普通。監督がギレルモ・デル・トロで題材がピノッキオで手法がストップモーション・アニメなら普通は普通の映画にならないような気もするのだがなんか普通だった。言い方を変えればここにはぶっちゃけワンダーがなかったように思う。人形が動くことのワンダー、童話的想像力のワンダー、そのいずれもない。面白くないというわけではなく面白いは面白いのだが安パイの面白さで、展開にせよ演出にせよギレルモ・デル・トロならこうやるだろうな、という範疇に小さく収まってしまってなにか突き抜けたところがない。
たとえばこの映画ではピノッキオくんが子ども島に連れて行かれる代わりにファシスト少年兵育成キャンプ(第二次大戦中のイタリアが舞台)に連れていかれるのだが、これなどみんな俺にはこういうの求めてるんだろ的なデル・トロの投げやり姿勢すら感じられるほど。たしかに求めているが求めているものをデル・トロみたいなオタク・アーティストにそのままお出しされたらちょっとそれはお前違うだろと言いたくなる。映画好きって面倒臭いですね。
でも近年のデル・トロはオタク・アーティストというよりはハリウッドで上手いこと世渡りしてるオタク趣味の映画職人と呼ぶべきなのかもしれない。発表する作品はいずれもとくにハリウッドで高い評価を受けているが、アーティスト的なこだわりはその映像世界からさほど感じられないし、ダイバーシティや戦争の爪痕といったハリウッド人種の耳目を引くテーマを自身の趣味であるクリーチャーやクラシック映画のスタイルを用いて表現する手法は、表現欲求よりも打算が目についてしまう。
この映画に関して言えばゼペットさんが一人息子を第一次世界大戦のあおりを食らって失ったというオリジナル設定からしていかにもハリウッド受けを狙ってるように見える。いや、別に狙っててもいいですけど、なんつーかね、寓話的想像力から物語を作っていくんじゃなくてハリウッドで受けるものは何かっていうセールス上の都合から逆算して物語を作ってるような感じがあるから(これはハリウッド映画じゃなくNetflix映画ですが…)、どうにも跳ねないのよ画も物語も。そういうのってやっぱ想像力の枷になるんじゃないのファンタジーの分野では。
従来のピノッキオと違って最初っから最後まで人間ではなく異形として描かれるピノッキオはその造型こそ新味があるが性格は従来のピノッキオを踏襲しているのでその異貌があまり生かされていない、森に浮かぶ平面的な目の形をした精霊とかその集合体の目の天使とかはキリスト教以前のユダヤ的な造型で面白いものの肝心なところでハリウッド的ご都合主義に収まってしまってやはり異形の持つ力や思想が削がれているように感じてしまう。狂言回し兼コメディリリーフに転じたクリケットはピノッキオの良心の呵責を表現する寓話的役割がほとんど失われたことで存在意義がよくわからなくなってしまった。
ピノッキオとかゼペットの木の質感を生かしたデザインは素晴らしい(と書いて素材が木じゃなかったらどうしよう)けれども、それが作品世界の中にリアルに生きているようにはあまり見えないので、仏作って魂込めずとはこんな作品に対して言われる言葉じゃないだろうか。魂なんか込めなくても面白い映画はできるけど、でもデル・トロは映画やその中の異形たちに魂を吹き込むことのできる監督だと思ってたのになあみたいな、ちょっとそういう失望とまではいわないけど釈然としないものが残る映画だったよこれは。
※ちなみに今回ミュージカル仕立てになっているのだがフルミュージカルではなく部分的にミュージカルシーンをちょっと足した程度。それも物語上盛り上がるところでミュージカルになるわけじゃないのでなんとも中途半端な印象で、楽曲も魅力に乏しい。少なくともミュージカル映画としては明確に失敗作と言ってしまっていいんじゃないかと思う。空襲が始まったら降り注ぐ爆弾から人々が逃げ惑う中をピノッキオだけ空気を読まず楽しそうに歌い踊るとかそういう気合いの入ったミュージカルシーンの一つや二つでもあればずいぶん違った印象になったと思うのだが。
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映像世界のアクが強いので人は選ぶと思うがこっちのがデルトロ版の何倍もファンタジー映画としてもピノッキオ映画としても素晴らしいと思う。