【Netflix】『今際の国のアリス』シーズン2全話完走感想文

《推定ながら見時間:各話30分程度ずつ》

色々言いたいことはあるのだがとりあえずこれだけはというものから先に書くと、「てんびん」のゲームのところおかしくない? このゲームは村上虹郎演じるチシヤが参加する5人でやるゲームで、参加者は0~100の数字の中から好きなものを一つ選ぶ。全員選び終わったら答え合わせ。数字の平均値を取ってそれに0.8をかけた数に一番近い数字を選んだ参加者の勝利。ほかの参加者はマイナス1ポイント獲得。これをワンセットとしてマイナスが10ポイントに達した人から脱落、最後に残った1人が勝者。1人脱落するごとに新ルールが追加されていったりもするがそれはまぁどうでもいいから説明は省こう。

劇中では頭脳派キャラのポジションに立っているチシヤはこのゲームの特徴をこのように語る。0.8倍するのがポイントだ。参加者はより低い数字を選ぼうとするからやがて全員が選ぶ数は0に収束していく。それは合理的な判断だ。しかしそこで1人が100などの不合理な数字を選ぶと平均値が上がり、たとえば1人が100、3人が0、1人が1を選ぶと、1を選んだ参加者がそのセットの勝者となる。だから相手の心理ではなく合理を読むことが重要だ…。

常時スマホながら見鑑賞の俺が見逃しているのでなければ参加者の誰もその理屈に異議を呈していなかったが、これは筋が通らない。とくに「答えが0に収束していく」のあたりが意味不明じゃないだろうか。つまりこういうことである。5人がランダムに選んだ数字の平均値に0.8を掛けたものに一番近い数字を選んだ参加者が勝利するなら、100を選んで勝者になれる人はいない。仮に5人全員が100を選んだ場合は正解が80になり、あいこの場合は勝者なしになる(らしい)。したがって100を選ぶ参加者はおらず、誰も100を選ばないことから99を選ぶ参加者もいなくなる。同じ理屈で99を選んでもあいこ以上の結果にはならないからだ。これは98,97,96…と続くが終わりは81ではない。

0もまたあいこ以上の結果にはならないのでこれも使用可能な数字から除外される。平均値を0.8倍するのでつい低い数字を選びたくなるが、実は0.8倍はポイントでもなんでもなく目くらましであり、重要なのはあいこの場合は勝者なしと判定される(らしいのだがその場面は描写されていなかったしルール説明にもなかった)点だったりする。仮に5人全員が0を選べば勝者なしでたぶん全員1ポイント減点。では4人が0で1人が1の場合は? というと、そのシーンはないので実際の処理はわからないのだが、まぁでもその場合には1を選んだ参加者を勝者としないとただ全員が0を選ぶだけのゲームというか作業になってしまい、劇中ではチシヤが不合理な行動を取ることによってゲーム性が持ち込まれているが、ゲームにならない。

おそらくこのゲームには全員が自分だけ生き残るために0を選び続けると結果的に全員が敗者になり誰も生き残れない、というような皮肉が込められているのだが、原作の問題なのか脚本の問題なのかゲームの設計が不十分なのでその皮肉が機能していないように見える。同じ数字を選んだ参加者が複数出た場合にはその数字以外でもっとも平均値×0.8に近い数字を選んだ参加者がそのセットの勝者となるという設定ならば0以外の数字を選ぶ動機が生まれ、1、1、1、2、3といった風に数字が差異化されることになる。今度は100以下の数字が順繰りに使えなくなるのと逆で、あいこ以上の結果を手に入れるために0、1、2、3、4…と使用できる数字が下から増えていくわけだ。それぞれの数字が99、99、99、99、100の場合は平均値×0.8は79.36だが、その場合100が勝者になるなら100も使用できるんである。

早い話このゲームは数学がどうとか合理性がどうとかそんな高度なものではなく(あくまでもあいこは勝者なしとすれば)運の良い人が勝つ仕組みなわけで、やってることはくじ引きと別に変わらない。一度選んだ数字は二度と使えないとかにすれば戦略性も出て面白くなったと思うが、そんなことにはならないので最終的にハァ? みたいなエモい結末を迎える。意外と長くなってしまったが何が言いたいかというと、こんなもんを心理戦だのなんだと称してやっていてアホじゃないかと俺は思った。これのどこが心理戦なのか、ゲームなのか。

このシーズン2ではチシヤが「心理戦」担当なので彼はもう一つ頭脳型のゲームに参加する。たしか「かんごく」みたいな名前のゲームだったと思うが、こちらは十数人でやる多人数参加型ゲーム。合コンとか飲み会とかでこんなゲームをやったことのある人も多いんじゃないかと思うが、参加者は自分では外すことのできない首輪を付けてゲームを始め、その首輪のうなじ側にはハート、クラブ、スペード、ダイヤのいずれかの絵柄が表示される。10分に1回答え合わせの時間がある(間違うと爆破)ので参加者は自分の絵柄を知る必要があるが、自分では見ることができないので他の参加者に聞くしかない。しかし参加者にはゲームマスターが紛れ込んでおり、ゲームマスターが回答の時間に誤った答えを言って爆死すればゲーム終了となるため、他人の言うことはあまり信用できない。

というわけでこのゲームでも疑心暗鬼に陥った人々の青年漫画的露悪趣味な騙し合い化かし合いが展開されるわけだが、いやはやなんとも無駄なことをしているなぁと思う。ルール説明でゲームマスターが死ぬまでゲームは続くと言っているのだから普通に考えてとりあえず全員で全員の答え合わせをすればいいじゃない。1人が自分以外の全員の絵柄を見て教える、それが終わったら別の1人がまた自分以外の全員の絵柄を見て教える、それを全員分繰り返せば全参加者が全参加者の言動を監視しウソが言えないことになるので第1ターンはゲームマスターも含めて誰も死なずに無事終了。時間無制限かつこのゲーム会場には食べ物が無尽蔵に近く貯蔵されているらしいので、これを何度も繰り返しながらのんびりと誰がゲームマスターか推理していけばいい。他の参加者なら知らない情報もゲームマスターなら知っているだろうから何気ない会話の中でそのうちボロが出るかもしれない。

もし何日何週間経ってもボロが出なかったらいつかの段階でこんな提案をしてみてはどうだろうか。今度は逆に、全員が全員の絵柄チェックを行わずに1/4の生存確率に身を任せてみるのである。3/4の確率で自分も死ぬとはいえ運が良ければゲームマスターも死んでくれるので即座にゲーム終了となるかもしれない。過酷な選択に耐えられず絵柄チェックを乞う参加者もいるだろうが、ゲームマスターなら運試しはしたくないだろうし、その参加者こそゲームマスターかもしれないから、そんな場合は運任せに反対する参加者以外の人間だけで全員チェックを行えばいい。残酷ではあるがデスゲームってそういうもんでしょう、知らんけど。

ところがこのいずれの方法もアホな参加者たちの1人として思いつかない。頭脳派キャラのポジションに立つチシヤも何処の馬の骨だか知らん参加者1人に絵柄を教えてもらう始末。そいつがゲームマスターだったらどうすんだよアホかお前よくそれで生き残れたな今まで。「てんびん」といいこの「かんごく」といいゲーム設定も杜撰ならその攻略法も杜撰としか言いようがない。そして杜撰なのはチシヤの参加するゲームだけではなく全てのゲームでそうなのである。

「すうとり」。これはまぁパックマンとサバゲーのフラッグを合わせたみたいなゲームである。5人で1チームになってコンテナで作られた迷宮内を駆け回り、隠された宝箱などを獲得して相手チームより多くのポイントを獲得した方が勝ち。このゲームでは敵味方それぞれに陣地がありその陣地に到達すると高得点が得られる。とすれば基本的な攻略法はこうだろう。1人もしくは2人チーム内でもっとも身体能力の高い参加者を選んで迷宮を探索させ、残り3人は陣地を守る。しかし主人公チームはアホなので陣地に1人だけ残して他全員で宝箱を探しに向かい、案の定敵チームに陣地を奪われてしまうのだった。余談ではない余談ながらこのゲームでは参加者同士が遭遇するとバトルになるとルール説明の時に言われていたから殴り合いでもするのかとワクワクしていたらそれぞれが所持するポイント数を競うだけというつまらなさでガッカリした。バトル鉛筆でももうちょい盛り上がるぞ。

「ちぇっくめいと」。まるでチェスのようなゲームと参加者の一人が感想を漏らすがどう見ても似ているのはチェスではなく「どろけい」だと思う。敵味方に別れて鬼ごっこをして捕まった人は相手チームの仲間にならないといけない。相手チームの仲間になるというからインスタント洗脳マッシーンでも活用して無理やり走らせるのかなと思いきやなんとその方法はボスによる説得。毎日毎日殺し合いが繰り広げられている殺伐としたこの異世界東京にあっては人のぬくもりを感じる方法で好感が持てるとはいえ、「ウチのチームにいなさい。勝つのはこちらだから」みたいな言葉一つであっさり説得される参加者たちのモブ精神は半端なさすぎる。

このゲームも他のゲームと同じように勝者は生き残るが敗者は死ぬ。終了時点で仲間の数が多い方の勝利で、敗北チームは全員が死ぬことになる。ところで主人公ら挑戦者チームは開始時点で十数人、対してゲームマスターの相手チームはたった4人である。…みんなで一箇所に固まって襲って来た敵チームを包囲して迎撃すればほとんど何もしなくても勝っちゃうじゃん。ところが実際には主人公チームのモブ参加者たち、「うわー敵が来たー!」とかモブな台詞を吐きながら散り散りに逃げていくのである。バカなんじゃないだろうか。

更に言えば「ちぇっくめいと」と言うだけあってこのゲームにはそれぞれのチームにキングが一人設定されており、キングは敵にタッチされても相手チームに移動しなくていいという特権を持つ。キング取ったらその時点で勝ちじゃねぇんだ、まがりなりにもチェスがモチーフのゲームなのに。こんな特権を持つ参加者がいるなら利用しない手はない。主人公チームのキングはゲームマスターに指定された子供(セコイ!)なのだが、子供とはいえ別に走れないわけじゃないんだから立派な戦力、俺はこの子供が死に物狂いで走りに走り、あるいはそのチルドレン体型を逆に生かして大人なら隠れられない物陰にこっそり潜み、あと1人獲得すればこちらの勝利だが残り時間はあと僅か…という絶体絶命の局面で物陰から飛び出して相手チームのエースにタッチする、などのスカッと展開を期待したが、キング、まさかの置物。ぜんぜん走らない。だったらお前その無駄な設定はなんだったんだよ設定作ったんならちゃんと使えや!!!

とまぁそんな具合でいやぁ、雑! そりゃまぁシーズン1も雑なドラマではありましたがアクション系のゲームが多く多少の粗さも画面の勢いでカバーできたりできなかったりしていた。ところがシーズン2はこれまで見てきたようにアクションよりも頭脳戦に比重が置かれる。実質おにごっこの「ちぇっくめいと」は『リアル鬼ごっこ』監督の佐藤信介らしくある程度アクションが見せ場になっているが、形勢逆転などのドラマティックな瞬間はアクションによってもたらされるわけではない。もはやルールも何もなく単なる銃撃戦をやってるだけのゲーム(?)が出てくるゲームの中では一番見応えがあるというのは、頭脳戦を通して人間のさまざまな葛藤や決断といったドラマがウェットに展開されるシーズン2にあっては皮肉なことだ。

佐藤信介という監督はドラマ演出は下手なのになぜかドラマを積極的にやりたがる。それが決して世間ウケを狙った軽薄なものではなく本人的には真剣にやってるんだろうなというのは佐藤信介の初期代表作ということにしたい釈由美子主演のSFリメイク版『修羅雪姫』とテーマの面でもドラマ演出の面でもあまり変化が見られないことからうかがえる。テーマというのは「過酷な状況に置かれた子供たちのサバイバル」である。これはほとんどの佐藤信介映画に共通するもので、佐藤信介映画の主人公たちの多くはサバイバルの中で人が信じられなくなったりするのだが、信頼できる人との出会いによって人間への信頼を取り戻す。その葛藤や変化が佐藤信介映画の核であり、このシーズン2も山﨑賢人演じる主人公アリスを初めとして登場人物のそうした面が強調される。

佐藤信介映画といえば『いぬやしき』や『アイアムアヒーロー』といった作品に顕著なようにルサンチマンでもあるのだが、2000年の商業デビューからこのかたずっとルサンチマンと子供の葛藤ばかりを描き続けてしかもその視点や演出に変化が見られないって大丈夫なのか。ちょっと90年代感覚的なものを引きずりすぎじゃないのか。アクションだけやってれば面白いんだからもうそんなのさっさと卒業してくれればいいのに…と思うがゲーム場面よりも下手したら登場人物たちがウジウジと悩むシーンの方が多いくらいに見えるシーズン2だったので佐藤信介的には卒業すべきテーマどころか今こそもっともっと真剣に描くべきぐらいに思っているのかもしれない。たぶん子供思いのやさしい人なのだろう。

でもあえて言うがやっぱいらんわそれ。全然ゲームをやらないで人間ドラマを70分くらいやってる最終エピソードなんてもうね、ベタな台詞にベタな台詞を、ウェットな演出にウェットな演出を重ねてモニターの前で恥ずかしくなったよ。しかもその先に待ち受けるのがあのオチで…いや、一応好評ならシーズン3にも繋げられる作りにはなってるんですけど(ジョーカーの札ね)、シーズン2でも物語が綺麗に完結してるのは売れたら引き延ばし病が常態化してる現代の大資本ドラマとしては立派なことだと思いますよ。でもさぁ、そのオチかぁ…って。今の時代にそれかぁ…って。一周して新鮮なオチとも言えなくないけれども、まぁ、原作準拠だろうとしてももうちょっと考えてほしかったですよね…。

ってなわけで総評としてはシーズン1超えなかったな。別にシーズン1だってそんなに好きなドラマじゃないしバカじゃねぇかって思いながら観てましたけど、でもシーズン1はアクションとサバイバルがちゃんと描かれてたからまだ面白かったんですよね。シーズン2は物語がちょっと進んだと思ったらすぐ停滞するし牽引力になるようなアクションも乏しい。役者も見た目が子供っぽいから迫力ないしね。シーズン3をやるならまぁ観るかどうかわかんないすけど、物語的には一段落ついたわけだから、ウジウジしたドラマなんかすっ飛ばしてアクションとゲームばっかやってほしいすね。新キャラの恒松祐里も三吉彩花もまだまだ活躍させられると思うので。

※ところでこのデスゲーム異世界、電気がないからとかいう理由でやたら人が野宿してるのだが、別に電気がなくても風雨はしのげるんだから普通に建物の中に住んだらいいと思う。子供たちのサバイバルをテーマにしてるくせに具体的なサバイバル的想像力に欠けているのもこのドラマのダメなところだ。

※※「すうとり」のゲームマスターとして登場する股間のPをモロ出しにした山Pは良かったのでその点追記しておきます。そこだけ『オースティン・パワーズ』みたいになってました。

【ママー!これ買ってー!】


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シーズン2を観ていて感じたのは『ハイスクール奇面組』っぽさなのだったが『アベンジャーズ』などのマーベル映画にも俺の目は『ハイスクール奇面組』成分を検知しましたので時代は『ハイスクール奇面組』だと思います。ダイバーシティの概念を世間より数十年先駆けてギャグ漫画に落とし込んだ今こそ読まれるべきこの名作、おい佐藤信介! お前が実写ドラマ化してくれ!! 福田雄一は嫌だ!!!

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2 Comments
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匿名さん
匿名さん
2024年8月25日 8:57 AM

ここまで批評しかしてない感想文も珍しいな