なんか毎年今年のベスト10はなにかなーなにかなーって結構悩むんですが今年はわりあいすんなり決まってしまってあくまでも俺にとってということなのだが今年はガツンと来る映画が少なかった。よくできてる映画は多くてたとえば『RRR』なんかは俺も大いに楽しんだクチですけど、でもあれって娯楽映画のインド映画的王道をハイレベルでやってるだけで、面白かった以上の感想は俺の中に湧かなかったんですよね。せっかく年間ベストを選ぶなら単に面白いだけじゃなくてやっぱそれを超えるなにかしらが欲しいじゃないですかってわけで面白いにプラスして何かがあった2022年ベスト映画10選をどうぞ(なお順番は観た順。順位はなくいろんな意味でのベストということ。それぞれのタイトルは映画館で観た時の感想記事リンクになってます)
『スティルウォーター』
人間存在のどうしようもなさベスト。これは久々にインパクトのあるアメリカ産ミステリーで、何気ないが核心を突くメタファーの数々やどこか不条理劇的な趣もある異国風景、何層にも織り込まれた文化や価値観の対立の構図やミステリーの焦点が次第に「事実」から「真実」へと移っていく展開など、抜群に上手い。取るに足らないような一件の殺人事件を通して世界の分断や壊れかけのアメリカを浮き彫りにして、その上に普遍的な人間のどうしようもなさが染み出すラストは、2022年ベストやるせない。
『プラネット・オブ・ピッグ/豚の惑星』
脳細胞死滅ベスト。これはヒューマントラストシネマ渋谷で毎年やってる未体験ゾーンの映画たちっていう小規模映画の特集上映のラインナップに入ってた一本なんですけどこの特集の映画って一般公開される映画よりも宣伝が全然少ないからどんな映画かよくわかんないで観に行くことになる。で、まぁ驚いたよね。チラシの印象では『アダム・チャップリン』みたいなゴア・アクション? と思っていたが実際に観るとまぁこれがなんというかなんというかなのだが漫☆画太郎のオリジナル脚本をデヴィッド・リンチが映画化した悪夢的脱力脱糞コメディの奇作というか…唖然!
『白いトリュフの宿る森』
美景ベスト。これはなかなか信じがたい映画でトリュフハンターの日常生活を主に切り取ったドキュメンタリー映画なのだがシーンの一つ一つショットの一枚一枚が異常に高いレベルでアート写真的に完成されていてまるで実写で構成されたおとぎ話絵本、ドキュメンタリーとはとても思えない。ある程度演出も入っているのかもしれないがちょっとやそっと演出を入れたぐらいでこんな映像は普通撮れないので作り手の美意識の飛び抜けた高さには恐れ入るばかりだ。余談ながら2022年は同じくトリュフハンターを主人公にしたニコラス・ケイジ主演の激渋映画『PIG/ピッグ』も日本公開されたトリュフ映画の当たり年であった。
『バーニング・ダウン 爆発都市』
テンション爆裂ベスト。監督ハーマン・ヤウ×主演アンディ・ラウによる爆裂アクション・サスペンス『SHOCK WAVE 爆弾処理班』の姉妹編的続編で、一応アンディ・ラウの職業はどちらも爆弾処理班なのだがストーリー的な繋がりはなく、そのいい加減な続編意識はいかにも香港である。だがそんなことはどうでもよく爆破! 爆破! 爆破!!! チェイス! チェイス! チェイス!!! 銃撃戦! 銃撃戦! 銃撃戦!!! アクションとアクションの間を火薬と粉塵で埋めて行動の後に説明を付ける爆走スタイルにより異常テンションの爆裂作となってしまった。爆破の規模もイメージ映像とはいえ冒頭から香港核爆破なのでとんでもない。そこには香港映画人の体制に対する怒りや反骨精神も透けて見え、やけっぱちとしか思えないがとにかく壮絶な映画である。
『リフレクション』
戦争がもたらすものベスト。これはロシアのウクライナ侵攻以前の映画なのだがだからこそ戦意高揚色もなくストレートにウクライナ人の置かれた苦境が伝わってくるという意味で今必見の映画なんじゃないだろうか。ドンバスで捕虜となって地獄を見た医師が捕虜交換で日常に回帰するもののそこには戦争と死の影がべったり張り付いて…というお話で、フィックスでシンメトリカルに切り取られた息苦しいフレームの中に淡々と当たり前のように入り込む異常な光景の数々は、戦争が日常化すると人間に何が起こるかということを離人症的な視点から観客に体験させる。そしてその先の人間性の回復にまで踏み込んでいるところが、なにより素晴らしい。
『PLAN 75』
リアルSFベスト。日本SFは映画でもドラマでもそうだがコンセプト重視というところがあって予算的な問題もあるのだろうがディテールにはあまりこだわらない。俺はそれが理由で日本SFにあまり興味を持てないのだが、そんな中にあってこの映画は例外的に徹底してディテールに凝った本格派のSF映画、姥捨てが制度化された近未来日本を冷徹なタッチで描き出すが、現代と完全に地続きになったその風景はとにかくめっちゃありそう。ドラマにあまり起伏がないところは難点とも言えるがそのおかげでリアリティが増しているとも言えるわけで、そのうち本当にこんな暗黒未来が到来するんじゃないかと恐ろしくなる力作SF映画である。
『エリザベス 女王陛下の微笑み』
一時代の終わりベスト。昨年亡くなったエリザベス女王の死去前に制作された生前葬のようなドキュメンタリーというか映像思い出アルバムは監督ロジャー・ミッシェル、この人自身も映画の完成後に亡くなっているのでこれが遺作となってしまった。まぁ映画の外の出来事をもって映画の善し悪しを判断するのもなんかズルい気がするけど、でもやっぱ女王と監督の二つの死がこのささやかでプライベートな映画に特別な色彩を与えているよこれは。これを観るとあぁイギリスの戦後は終わったんだなって思う。精算されたものもあればまだ未精算で禍根の残るものもあるけど、とにかくイギリスの戦後は終わった。そのことを肯定も否定もせずエリザベス女王を通して淡々と描くこの映画は、きわめて個人的な映画でありながら、であるからこそ歴史を俯瞰する視座を持っている。そんなことはなかなかできるものではない。
『こちらあみ子』
人間いろいろベスト。20世紀には『ミツバチのささやき』とか『牯嶺街少年殺人事件』とか『友達のうちはどこ?』とかっていう児童映画の名作がたくさんあって、これらは児童映画の名作であるに留まらずどんな地域でも通用するような普遍性を持った、世界映画というべきジャンルだと俺は思ってる。『こちらあみ子』はそんな世界映画の待望の(誰が?)最新作で、マジョリティと世界の見え方が異なる少女の人生の一時期を、残酷さと優しさ、冷たさと暖かさ、悲劇と喜劇の混在するタッチで描いた映画。奇を衒ったり表面的な目新しさで着飾ることなくあくまでもオーソドックスな映画技法を用いて、その効果を最大限に引き出した映像と音の世界には、こういう批評ジャーゴンは使いたくないのだが圧倒的な強度があったと思う。2022年のベストというか2020年代の日本映画のベストでもいいんじゃないだろうか。主演・大沢一菜も文句なくすばらしい。
『七人樂隊』
粋ですねぇベスト。アン・ホイ、ジョニー・トー、リンゴ・ラム、ツイ・ハーク、サム・ハン、ユエン・ウーピン、パトリック・タムに加えて企画段階ではジョン・ウーも参加予定だったという香港映画のまさに満漢全席というべき珠玉のオムニバス映画…と書けばなにやらすごい映画っぽく感じられてしまうだろうがその中身はといえば拍子抜けの軽やかさ。1950年代~2020年代? までを舞台としてそれぞれの監督がそれぞれの捉えた「香港」の姿を10分程度の掌編で描き出すが(1970年代のエピソードが抜けているのはジョン・ウーの枠をそのままにしてるからだとか)、どのエピソードもまったくもってチャーミング、肩肘張らず小難しく考えずひとかけらのユーモアとノスタルジーを込めて、の姿勢は粋の一言。それを通して現代の香港の在り方を批判するしたたかさには、香港映画人の気概を感じて超グッとくる。
『マッドゴッド』
イマジネーションの奔流ベスト。いやはやこれは美しい、悪夢の中で地獄を巡るような映画なのだが、ハリウッド特撮の大物フィル・ティペットが持てる技術とアイディアを詰め込めるだけ詰め込んだその作品世界は、下痢便食ってウンコ人間作るみたいな幼児的奇想に彩られているにも関わらず品のなさを感じさせない、むしろ高貴にさえ映る。それは観客にショックを与えるために様々な悪趣味を導入しているというよりは、ティペット自身がそれを作りたいから作っているという無邪気さに(たぶん)由来するんじゃないだろうか。今時こんな無邪気で商業性を欠いた映画は自主映画でもあまり観られない。これこそアートというもの。魂の穢れが浄化されるようなまったく見事な悪夢だった。