《推定睡眠時間:10分》
あぁ良い映画だなと思ったのは酒に酔って歩いてたら謎のマンホールに落下して外に出られなくなったマンホール男の中島裕翔が落下時に負った足の裂傷の応急処置でホッチキスを使うところ、この人ホッチキスで傷口を留めようとするのだが、その時に恐怖と痛みで叫びながら吹き出しちゃってそれから狂ったように笑いながらホッチキスを打っていく。これ、リアルだよね。俺もこうなんです。何もこんな大スケールな処置じゃないがたとえば採血の時なんか俺いつも笑い堪えるのに必死でもう横隔膜がびくびく痙攣してる。
何も面白くないんだよ。でもうわ~これからちょっと痛いの来るな~って思ったらどうしてか笑っちゃう。恐怖に対する防衛反応なんでしょうね。人間ってときどきそういうわけわからん反応する。だからこの映画は恐怖を感じたときの人間をちゃんと捉えてるな~って思ったな。これシチュエーション・スリラーなんて言われるようなタイプの映画ですけど同じような内容でもアメリカ映画だったらまずこういう人間の反応は出てこない。アメリカの映画だったら怖い状況に置かれた人間は「怖いぞ怖いぞ~」って顔をするんですよね。ついつい笑いが止まらなくなっちゃうみたいなバグった反応はしない。
その意味ではシチュエーション・スリラーというよりも心理サスペンスの側面が強い映画かもしれない。シチュエーション・スリラーということで絶賛公開中の『FALL』は高さ600メートルの電波塔のてっぺんに取り残された人の話だったが、こちらはとにかく状況が過酷すぎるので取り残された主人公はどうやって下に降りるかということだけを考えていればいい、言い方を変えれば戦う相手は自分ではなく環境ってわけですが、こちら『#マンホール』は所詮マンホールに落ちただけだから外に出るためのハシゴが壊れているといってもわりと簡単に脱出できそうな気がする。マンホールの中だからスマホの電波が通らないなんてこともなく警察にさえ普通に電話をかけることができる。
でも、出られない。出られそうなのに出られない。その不条理な状況がもたらす焦燥が主人公の戦う相手を状況から自分自身に変えていく。おっと! これ以上は要口外注意だ。でもまぁ、そういう映画です。目が覚めたらなぜか地中の棺桶の中に閉じ込められていた男が生存に向けて絶望的な足掻きを見せる『リミット』、こちらは目覚めたらAI医療ポッドの中に閉じ込められていた女がポッドのシステムを利用して何故自分がそんな状況になっているのかを解き明かそうとするアレクサンドル・アジャの『オキシジェン』なんかと同じ枠の一人芝居サスペンス。
なにせ一人芝居なものだからこの手の映画は主演役者の芝居が最重要と言っても過言ではないがその点これは問題なし、例のホッチキス大爆笑などなど壊れていく人間というのを中島裕翔が迫真の芝居で表現していて、ゆーてジャニーズの人でしょとぶっちゃけちょっと舐めていたところもあるのだがすいませんでした中島裕翔さん演技めちゃ上手かったです。最初は余裕シャクシャクのイヤな人というわけではないが鼻持ちならない敏腕サラリーマン、そこから実は身勝手で傲慢な性格ゆえ本当の友達のいない孤独な人、と移り変わって最後はまた違う表情も顔を出す。中島裕翔の芝居を見ているだけでなかなかどうして飽きないのだからこれは結構すごいことだ。
シナリオははっきり言って導入部はともかく起承転結の転の部分の飛躍が激しく荒唐無稽一歩手前なのだが、マンホールを中島裕翔自身の心に空いた穴として捉える若松孝二の風景映画的なアプローチが功を奏して、リアルなシチュエーション・スリラーというよりは都市の寓話であるとか不条理劇の印象が強いからさほど気にならない。もしかしたら近いのは案外安部公房の小説世界なのかもしれず、安部公房には巨大便器に足がハマって動けなくなったニートの話(『方舟さくら丸』)があるし、そういえば日本の前衛映画の雄・勅使河原宏の『おとし穴』という映画の脚本を書いたのは安部公房だった。もっとも、『おとし穴』は別に物理的に落とし穴に落ちる映画ではないのだが。
ともかくその転の部分の飛躍さえ気にならなければシナリオもよくできていて、ラストから逆算すればマンホールの中で中島裕翔を襲う様々な恐怖や彼の取った脱出のための方策のひとつひとつが、実はなぜマンホールに落ちたのかということを秘かに指し示していたことに気付かされる。その伏線のおもしろさ。加えて、中島裕翔はツイッター(的な)を利用して救助依頼を出すのだが、当然ツイッター人種はカスなので事態は思いがけない方向に向かうってわけで、社会風刺のおもしろさもある。劇中のツイッター(的な)描写がツイッターというよりは掲示板なのはまぁ、ご愛敬ということで。
変な虫のいっぱいいるマンホールの底の気味悪さとそこから見上げた空のおとぎ話的な奇妙な対比など映像面でも抜かりない。邦画的な情に訴えるところもなく、かといって詩情を捨てているわけでもなく、ウェルメイドなシチュエーション・サスペンスもしくは一人芝居心理サスペンスと見せかけて終盤の展開にはしっかり監督・熊切和嘉の世界観が刻まれていたりと、いやぁこれは全然期待してなかったですけど面白い映画でしたね。
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とにかく棺桶の中から一歩も出ない90分。この思い切った舞台設定は映画史上最狭では?
こんなに誉めてるなんて珍しい
全く興味なかったけど気になってきた
そんなにいつも文句ばっかり言ってるかなぁ…(言ってる)