脳汁爆発映画『アラビアンナイト 三千年の願い』感想文

《推定睡眠時間:30分》

面白い映画だとは思うが世間で言うほどの傑作ではないんじゃないかと『マッドマックス 怒りのデス・ロード』については公開時からずっと思っていた。そりゃ好きな人はたまらなく好きだと思いますよ。別にそれを否定するつもりは毛頭ないですけど、ただ作品としてそこまでの完成度はあるかなっていうか、俺これ2回か3回観ましたけど最初から最後まで全編アドレナリン超ドバドバって感じにはならなかったんですよね。2回目からは単調にさえ感じられたほどで。でも世間的には超絶大傑作みたいな感じだから俺のセンスがないのかなぁとか思ってたんですけど、えー、俺の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』そこまで傑作じゃないんじゃないか説、どうも正しいっぽいことがその監督ジョージ・ミラー最新作『アラビアン・ナイト』を観てわかりました。

いやはやこれは…これは何を書くべきかどう書くべきか…確かにジョージ・ミラーの映画って『マッドマックス』シリーズに限らず場面場面の迫力とか独創性はすごい。この『アラビアン・ナイト』もビジュアル面や音響面のこだわりは強く感じられてそういう意味では面白かった。でもこの人ストーリーテリングはあんまり上手くないんだよな。やっぱり単調なんです。展開に気の利いたところがなくてお話に驚きがない。編集のリズム感に乏しくて絵面もあまり変化しないから観ててわりと眠くなる。それでも『マッドマックス』みたいなアクション主体の映画だとアクションの迫力でそのへん気にならなかったりするんですけど、これはアクションないからね…どれぐらいアクションがないかってちょっと立って台所行くぐらいのアクションもあまりない。おそらく全体の半分はランプの精と主人公の文学研究者ティルダ・スウィントンがベッドに座って話しているだけ、という…。

まぁいいんでしょう、いいんでしょう。そうですよね『アラビアン・ナイト』っていうとなんか船乗りシンドバッドとかを俺は脳内キッズだから想像してしまいますけれども元来は『千夜一夜物語』、ちょっと不思議な艶笑話も含む語り聞かせのための物語集です。ランプの精(イドリス・エルバ)がティルダ・スウィントンにこれまで体験してきた様々なお話を語り聞かせる…という構造は『千夜一夜物語』をなぞっていて、物語が男から女へ贈られるという逆転が現代風のアレンジ。読んだことはないが愛と信頼のウィキペディアによればオリジナルは狂った暴虐ペルシャ王の妻が王を大人しくさせるために読み聞かせるらしい。

おそらくは…というかおそらなくても物語の持つ力みたいのを描こうとしているんだとは思う。しかしどうもジンが見えているのはティルダ・スウィントン一人で(ただし終盤の老婦人には見えていたっぽい)この人は普段から見えないお友達とお話している多少(なのか?)病気寄りの人であることを伺わせる描写もあり、普段から見えないお友達とお話していた病気寄りの人の前に本当のつまり実在するジンが現れた…という物語と解することもできるがそれはなんていうか物語の力なの? 想像力が現実を作る! と言えば聞こえが良いがラストなんか現実を捨てて空想の世界に逃げ込んだ末期状態に見えるのだが。

学者肌の孤独なオールドミスがアラブ世界の熱にヤラれて異郷のセックスに強い逞しい男に思わずヨロめいてしまう…なんていうあらすじも50年前でもまだ古いオリエンタリズム丸出しの失笑メロドラマに思える(イメージソースは名匠マンキーウィッツの珠玉作『幽霊と未亡人』じゃないだろうか)。言ってみれば先進的な考えを持つ女の人が結局はセックスの強い(ここ重要)逞しい男にすべてを捧げてそれまで持っていた科学信仰や自分のキャリアなんかも投げ出してしまうわけだから反動保守的というか…そりゃもちろん女でも男でも先進的な人でも古い人でもこんな情熱的な性愛に命を焦がしてみたい! と考えることは人生一度や二度ぐらいあるであろうことは上野千鶴子先生が示すところだが、それをよりにもよってジョージ・ミラーにこう堂々とやられてしまうと結構どんな顔をしていいかわからなくなる。

いや、しかし、それも要はジョージ・ミラーの語りの下手さの問題なんじゃないだろうか。語りの上手い監督はどんなアホな物語でもそれなりの説得力を持たせてしまうもので、ある意味それも大いに問題なのだが、ともあれ面白く映画が観られるのならそんな問題知ったことかと思う。この映画がダメなのは語りが下手なので中身のつまらなさとか古色蒼然としたところが露呈してしまっているからじゃないだろうか。しかしそれもダメと言っていいかどうかよくわからない。語りが下手なので映画を構成する様々な要素、シナリオ、編集、撮影、VFX、音楽、役者、美術、等々がすべてバラバラになってしまって一つにまとまらず俺としては大いに困惑させられたが、その度合いがいささか最近のアメリカのメジャー映画にしては強すぎるのでカルト映画的に楽しんだところはなんだかんだないわけでもないのだ。これなんでラジー賞の選考委員はピックアップしなかったの?

なんだったんだろうなぁこの映画。観て一夜明けた今もよくわからない。そういう意味では夢のような、そしてファンタジーの本質を夢とするなら、ぶっちゃけビジュアルは美しいとか面白いというよりひたすら発想がオリエンタリズムにまみれて陳腐だと思うのだが、それでも至極のファンタジー映画と言えなくもない…のか?

※一番良かったところは全裸のデブ女が風呂から上がってくるところでした。

【ママー!これ買ってー!】


『夢』[DVD]
『夢』[Amazonビデオ]

活劇で天才を振るった巨匠が晩年になって突如として常人の理解の及ばぬファンタジーの世界に目覚めた映画という点で『夢』と『アラビアン・ナイト』は似ているのかもしれない。ジョージ・ミラーの場合は前からファンタジー志向は露骨でしたが。

Subscribe
Notify of
guest

0 Comments
Inline Feedbacks
View all comments