《推定睡眠時間:30分》
今回の映画ドラえもんは色んな時代の空に浮かんでいるかもしれないユートピアを探しに行くお話ということでドラえもんが飛行船型タイムマシンのタイムツェッペリン号というのを買ってきてくれるのだがそれを見た瞬間、あぁこれは昔の映画ドラえもんだな、と思った。なにもそこだけではなく今回は全体的に旧ドラ回帰の志向が明確で、理想郷と書いてユートピアと読ませるタイトル、物語の導入部が出木杉くんの雑学、のび太のドラえもーんの叫びにエコーがかかってタイトルイン、異文化に属するキャラクターとの交流、タイムパトロールの活躍、暴力的なジャイアンに0点のテストに怒るママ、0点のテストを隠すためのひみつ道具活用が伏線に…と声優こそ違うがテイストは完全に旧映画ドラえもんといっていい。
そしてその極めつけが飛行船タイムツェッペリン号。そうそうそうなのよ、旧映画ドラえもんってF先生存命中の前期と死後の後期(俺通称「芝山ドラ」)でわりとやってることと作品のレベルに開きがありますけど、それでも旧映画ドラえもんを通して必ずあったのは冒険旅行っていうコンセプトなんですよね。これが新映画ドラえもんになってからは一貫した特色ではなくなった。昔ってインターネットがないから遠くのことを知るにはやはり現地へ行かねばっていう考え方が一般的だったと思うんです。ドラえもんでもスネ夫のいとこかなんかがよく海外に行く人でそのたびに現地の珍しいものと土産話を持ってきてくれるし、F先生の他の生活ギャグ漫画でもそういう人って頻繁に出てくるでしょ。でそれは今も本当はそうなんだけどでも昔ほど一般的ではなくなっちゃった。知らないことがあればなにも現地へ行かずとも検索すりゃそれでいいじゃんって考える人は少なくともインターネット前よりは確実に増えた。
F先生って体が弱いわりには旅行が趣味の人でカメラ持って取材を兼ねた世界旅行をわりと行ってたんですよね。それでその成果がいぶし銀のF漫画『T・Pぼん』にまとめられてるわけですけど、そういうこともあって旧映画ドラえもんといえば冒険旅行、まぁ公開されるのも夏休みとか春休みだからそれに合わせてのび太たちが見知らぬ世界を旅するワクワクっていうのが主軸になってた。で旅行には足が必要ですよ。『海底鬼岩城』ではバギーちゃん、『銀河超特急』(言うまでもなく某999のパクリもといオマージュ作である。R.I.P.)では宇宙を駈ける寝台列車、『大魔境』では汽船なんか乗ってましたねそういえば。
今の映画ってドラえもんに限らないですけど、A地点から遠く離れたB地点に移動するときにその移動の手段とか時間っていうのをあんまり描写しない。そこは省略してすぐA地点から遠く離れたB地点に着いちゃう。俺はこれが結構不満で、とにかく観客を退屈させちゃいけないっていう強迫観念に駆られた今の先進国の娯楽映画って移動している間みたいなあまりイベントの起こらない場面はサッとカットしちゃいがちですけど、そうすることで何が犠牲になるかって映画のリズムと、そして旅情ですよ。あぁ今この人たちは遠い世界に向かって旅立ったんだって感じられない。日常が非日常に変わっていく魔術的な時間の高揚感が感じられない。それってずいぶん味気ないと思うんですよね。余談ながら最近『コンパートメントNo.6』っていう寝台特急でソ連崩壊間もないロシアを旅行する地味な映画が異例のミニシアター大ヒットを飛ばしてますけど、これももしかしたら「映画で旅を感じたいなぁ~」と考える人たちに支持されてるんじゃあるまいか。
そんなわけであの飛行船タイムツェッペリン号を見た時には映画ドラえもんでは久しく感じていなかった冒険のワクワクが湧き上がった。旧映画ドラえもんでは『銀河超特急』の車掌さんや『ドラビアンナイト』の時間旅行公社ガイド・ミクジンなど冒険旅行のおもしろガイドも定番キャラだが、今回はガイドとまでは行かなくともタイムツェッペリンの内部を案内してくれる販売店のロボットが出てきて旅行気分を盛り上げる。声優は南海キャンディーズの山里亮太なのだが意外とハマっておりタレント声優的な場違い感はまったくない。声優業界もう一人の山ちゃんとして案外活躍できるんじゃないだろうか。
ただその冒険旅行のワクワクが次の段階まで続かない。すなわち、未知との遭遇がもたらす驚きや、未知の領域に踏み込むときのハラハラ、手に汗握る敵との戦いや、そして周到に張り巡らされた伏線をダイナミックに回収するクライマックスのカタルシス。早い話ここには旧映画ドラえもんにあったセンス・オブ・ワンダーがちょっと×2ぐらい足りないのだ。予告編がプロペラ機をフィーチャーしてたから『翼の勇者たち』みたいな飛行機レースとか空戦が繰り広げられるのかなと思ったらそんなこともない。芝山ドラの見所であった活劇性は薄く、ユートピアの見た目もユートピアの説得力に乏しい(それはあえて、という可能性もあるのだけれど)
脚本家が畑違いの古沢良太ということで不安視する声も公開前にはあったが蓋を開けてみれば「あの頃の」映画ドラえもんにもっとも近い新映画ドラえもん。よくできた映画には違いないが、でもそのことで逆説的に、旧映画ドラえもんはもう作れないんだなぁとか思ってなんかしんみりしちゃったなぁ。かつての映画ドラえもんと同じように上映時間98分のプログラム・ピクチャーとして面白く観たから、とくに不満があるわけではないのだけれども。
※あと今回の作画は背景に顕著だが紙の質感を持たせていて、キャラ作画も紙媒体の児童漫画的。そのへんも原点回帰を打ち出してるんでしょうな。良かったです作画、素朴なあたたかみがあって。それとドラえもんの頭が今回やたらデカい。
※※ちなみに次回作ですがどうやら映画ドラえもんとしては初のジャンルに挑戦してる気配でちょっと楽しみ。もしかしたら『ねじ巻き都市』のリミックスだったりするかもしれません。
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俺の中で芝山ドラ最大の問題作。しかしわけがわからなくてサイコーだし『スターウォーズ エピソード1』に露骨に影響を受けたと思われる飛行機レースも迫力があって楽しい。