おっ父と呼びたい映画『オットーという男』感想文

《推定睡眠時間:0分》

なんだか落語の人情噺みたいな映画である。トム・ハンクス演じる主人公のオットーさんは苦虫を噛み潰したような表情をいつでも崩さず他人がちょっとでも構ってくると俺は俺のやり方でやってるんだ勝手にさせろ的な刺々スタンスで突き放す中年やもめ。仕事以外の趣味といったら住んでるゲーテッドな郊外コミュニティの見回りをしてゴミを分別するとか開けっぱなしのゲートを閉めるとかなのだが仕事の方は定年退職、見回りの方も最近はなんだかろくでもない住民が増えてきて以前のようにやりがいがなくなった…ということでオットーさんはあの世の妻と再会すべく自殺を試みる。

ところがちょうどそのとき向かいにメキシコ人の若夫婦が引っ越してくる。この若夫婦、人は良いし賑やかで楽しいのだが最近の人なのでなんだか見ていて頼りなく、夫の方はそこまで窮屈なスペースというわけでもないのだが家の前で縦列駐車がうまくできない。えぇい俺に任せろ! 見るに見かねて、というより「じゃあお願いします!」と妻の方に元気よく言われてしまったからなのだが、引っ越しカーのハンドルを握ったオットーはお茶の子さいさいで縦列駐車を無事完了。それからというものこの夫婦はオットーがあれこれの方法で自殺しようとするたびに「オットーさん! ちょっと車貸してくれませんか!」とか「オットーさん! すいませんけどウチの子たちの面倒見といてもらえませんか!」と頼ってきてオットー死ぬに死ねず、やがて他の近隣住民たちもオットーを頼るように…って落語である。ほら、タイトルだって原題は『A MAN CALLED OTTO』だから訳せば「おっ父と呼ばれた男」と…お後がよろしい、のか?

それにしてもオリジナル版のスウェーデン映画『幸せなひとりぼっち』は映画館で観た時になんだかイーストウッドの『グラン・トリノ』のようだと思ったものだが、その舞台をアメリカに移して再映画化したらそれはもう単なる『グラン・トリノ』やないかという感じになる。違いは銃が出てくるか出てこないかというぐらいでコミュニケーションの取りにくいカタブツだが根っからのエンジニア気質でなんでも器用に自分で直してしまう主人公のキャラクターは『グラン・トリノ』のイーストウッドとほとんど一緒。その凍りついた心を近所の移民が溶かすというのも『グラン・トリノ』と同じである。

こちら『オットーと呼ばれた男』は『幸せなひとりぼっち』や『グラン・トリノ』と比べるとだいぶなんていうかやさしい寄りのエモい作品になっていて、『幸せなひとりぼっち』や『グラン・トリノ』もエモいはエモいがハードボイルドなエモで「泣ける!」という感じではないのだが、こちらは試写を観てる若い女の人がめっちゃ泣いてる映像がテレビCMに使われそうな「泣ける!」エモさであった。

『幸せなひとりぼっち』はタイトルにあるように主人公はなんだかんだ独りぼっちを選んだしそれは彼にとって幸せだったという映画なのだが、『オットーと呼ばれた男』の方は近隣住民がガツンガツンこっちのプライベートに侵入してくる。とにかくこいつら何かあるとまずはオットーを頼ってくるんだよな。ヒーター直してくれとかハシゴ貸してくれとか。持ちつ持たれつとは言うがオットーにとっては持ちつ持ちつで長屋住民の如し個性豊かな近隣住民にとっては持たれつ持たれつ。そんで「悩みがあるなら素直に打ち明けてくれよオットー!」とか言ってくるんだよ。

人から頼られ人のタメに何かをするにやぶさかではない俺ではあるけどそれはなんかお前らさすがに厚かましくない!? って思ったよね。でもそのことでコミュニケーションが生まれてオットーは孤独じゃなくなりました良かったですねというのがまあ実にアメリカっぽい。他人とコミュニケーションを取ることは無条件で幸せなことなんだっていう強靱な信仰が民主主義大国アメリカにゃあやっぱある。俺この国で暮らすの絶対無理だわ。

オリジナル版というか正確にはこれは原作ものなので前の映画化作品というべきだが、その『幸せなひとりぼっち』は主人公とご近所さんがあまり密なコミュニケーションを取らないところがひとつのポイントになっていたし、俺はそこが好きだったのでマーク・フォースター監督作らしくあまりにもエモくコミュニケーション重視のこちらアメリカ映画版はちょっとキツイところもあるのだが、とはいえ分かりやすく、そして落語的に面白いのはこちらの方。『幸せなひとりぼっち』と比べて観るとアメリカ人のツボみたいなものも見えてきて、これはこれで面白い映画でしたね。

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おひとりさま本シリーズで再ブレイクを果たした上野千鶴子が実はおひとりさまではなかったことが下劣なる文春報道により発覚したいま、まったく意図せずなんだかタイムリーな感じの邦題になってしまった。ちなみにわたしは入籍するとかしないとか公表するとかしないとかそんなの個人の自由なんだからほっとけと思ってます。

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2 Comments
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カモン
カモン
2023年3月14日 11:01 PM

そう、グラントリノと同じ構図なんですよねこれ。絵面がえらい違うだけで
クリードにおけるロッキーも立ち位置としては実は近い。ロッキーがあんなキャラなんであんなことにはなってますしクリードは同国人ではありますが黒人の若者なので異文化みたいなもんかと
なのでこの手の設定は確かにアメリカ人のツボのひとつなんでしょうね。発祥はどこなんだろう
ただグラントリノはパブリックイメージ含めイーストウッドがそれまで積み重ねたものを投影という表現ではすまないほど活かしきったというか、この偏屈なじいさんを演ってるのがイーストウッドでなければはたして成立したのかこれ、というところまで徹底したのが決定的な違いでしょうか