《推定睡眠時間:30分》
映画ナタリーのイマイケルという機能はとても便利でこれは地域ごとや駅ごとの映画の上映開始時間をシネコンから名画座まで時刻表にして出してくれるというものだが、これで見つけて観に行ったのがこの映画『帰れない山』、時間がちょうど合うという理由だけで観に行っているので当然内容は知らず、イマイケルの時刻表にはポスターが表示されるだけであらすじなどはないのでジャンルもよくわからない。しかしイマイケルのポスターを見る限りではさわやかっぽい感じである。そこから俺はこう推理した。『帰れない山』のタイトルからするとこれはおそらく山岳遭難ものであろう。ポスターには二人の男が映っているからこの二人が山登りでもして突発事故で遭難するに違いない。といってもポスターの明るい色合いから考えるに全体のトーンはサスペンスというよりは『生きてこそ』のようなヒューマンドラマかもしれない。極限状態の中で試される親友(であろう)の絆。やがて食糧も尽きておい俺はもう死ぬからお前は俺を食って生き延びろいやそんなバカなことができるか二人で生き延びるんだ元気を出せ! みたいなね。
はい全然そんな映画じゃありませんでした。この『帰れない山』とは「(山の外にある自宅などに)帰ることができない山」という意味ではなく「もう帰ることができない(あの)山」の意、主人公とその親友はともに山育ちでやがて主人公は父親の都合で都会の方に出てってしまうのですがそれから十数年、すっかり大人になりつつも人生の針路がわからなくなってしまった主人公があの山にふらりと帰るとそこにはあの頃と変わらずずっと山暮らしを続けてる親友がいた。感動の再会。そして人生の再生。だがアチラを立てればコチラが立たずというのが人生であるから幸せ山暮らしもいつまでも続くわけではない。「あの山」は目に見えないほどゆっくりと、しかし着実に二人の人生から離れていくのであった。親友の妻(?)が「じわじわと褪せていく愛もある」と言うように。
今時こんな映画もあるんだなぁと思ったのはにわかにリバイバルの様相を呈しているスタンダード・サイズのアスペクト比を採用しているからではなく、主人公とその親友に起こる出来事がまるで日記帳の抜粋ダイジェストのように繋げられるからであった。現代のふつうの映画ってそういう繋ぎ方、そういうシナリオ作りってしない。たとえば主人公が物語の中で結婚するとしたら、その結婚相手との出会いのシーンって観客がしっかり感情移入できるようにじっくりと描いたりしますわな。この映画そういうところがない。シーンが変わったらいつの間にか出会っていていつのまにか結婚してる、みたいな感じ。叙事詩なのですね叙情詩ではなくて。
だから起こる出来事は平凡でもよくある映画に比べてとっつきにくいし理解もしにくい。さっきまで山にいたはずなのにシーンが変わったら急にチベットの街にいたりするからあれって思う。その間に場所の移動を示すカットなんかは入らないんですねぇこれは。なんでそういう作りをとっているかといったら人間の生の大したことのなさを示すためでありましょう。雄大な山々をバックに点描される二人の男の人生はあまりに小さくどうでもいい。人生に疲れた主人公が「あの山」に惹かれるのはそんな理由によるのでしょう。山の空気を吸い山の食材を食し山に小屋を建てて自家発電でのんびり暮らしてみればなんだ今まで感じていたあれこれの悩みなんか冗談のよう、生きることとはこんなに簡単で下らないことだったのか! というわけでこの映画では主人公のどんな行為もどんな人生の一場面もことさらにクロースアップして見せたりその善悪を裁いたりとかしないのです。たぶんね。
ちょっと古典的名作の風格だよね、そんな思い切った作りを今時こんなに堂々とされると。まぁスタンダード・サイズというのも相まって。そのアスペクト比選択だってスタンダードの広さがあれば映画は充分、シネスコとかビスタとかいたずらにアスペクト比を広げたところでそこに映り込むのはスタンダードの延長線上にある余分なものでしかない、ってことでしょうから。俺はその考えに結構共鳴してしまうところがある。だからといっていかにも反動的なスタンダードの絵作りにはなっていないのがまたこの映画の良いところだな。だってスタンダード・サイズのフィルムしかなかった時代は「これがスタンダードの絵作りだっ!!!」みたいな意気込みって別に作り手にないもの。スタンダードしか選べないからそれに合わせた絵作りをしているだけで、それは今の映画監督があえてスタンダードを選択してあえてスタンダードの絵作りをするのとは根本的に違うよね。で、この映画はたしかにあえてスタンダードを選んでいるのだけれども、ガチガチに構図を作り込むことなく、サラッと被写体を捉えているからわざとらしくなくて良かったというわけです。
帰れない山、まぁ山かどうかはともかく誰にだってそういうのあるよね。俺にも帰れない映画館ってのがあるよ。銀座シネパトスとか新橋文化とか浅草中映とか…それはなんか違う話になってくるような気がするのでまぁいいか! えー、『帰れない山』、人生に疲れた人の止まり木としてたいへんに渋い逸品でございました。
【ママー!これ買ってー!】
「山の民」映画の名匠フレディ・M・ムーラーの代表作。リアリズムのタッチで描かれる社会から隔絶された山小屋一家の暮らしが次第に神話へと変貌していくこの独特の緊張感と高揚感は筆舌に尽くしがたい。
こんばんは。
初めてチラシを見た時、これは『ブロークバックマウンテン』とか『ゴッズオウンカントリー』とかの系譜?と思ったら違ってました。
が、1980年代位に作られた映画を見てる感が良かった。
原作既読でしたが、少年時代の描写が切なくて、映画もよく頑張ってたと思います。
それにしてもロバは働き者。『小さき麦の花』はご覧になられたかな?
昔の映画の風格がありましたよね。テレンス・マリックとかマイケル・チミノの映画っぽさを感じました。『小さき麦の花』はタイトルも知らなかったです…
ロバは働くし、家も建つよ!
山人のやることってどこの国でもあんま変わらないんすね笑