本当に完成品なのか映画『せかいのおきく』感想文

《推定睡眠時間:20分》

最近はモノクロのカラー選択がアート系の映画だけじゃなくて娯楽映画でもわりと一般的になってきたみたいで先日観た『私、オルガ・ヘプナロヴァー』もモノクロだったしこの『せかいのおきく』もモノクロだった。話題作でいえばアマプラ見放題に入ったばかりのA24映画『ライトハウス』もモノクロ、A24ならホアキン・フェニックス主演のハートウォームな『カモンカモン』もモノクロで、あとなんか最近公開された映画でもう一本モノクロのものがあったと思うのだがタイトルを忘れてしまった。とにかくモノクロ映画は最近流行っているらしいという話である。

俺は今の映画のモノクロというのはどちらかと言えば嫌いで、なんでかってなんか安っぽいじゃないですか。カメラの進歩も日進月歩で今のカメラ技術なら非常に美しいモノクロ映像はたしかに撮れるんでしょうけど、そうじゃなくて標準はカラーなのにモノクロをあえて使うことで美的効果や異化効果を狙うっていうその発想が安っぽい。そんなの自分の絵作りとか役者の芝居であるとかに自信がない証拠じゃんって気がして、いささか精神論めいてくるけれども本当に良いショットならそれがモノクロでもカラーでも同じように観客に響くはずなんだから、だったらあえてモノクロにする必要ってない。なんか小手先のごまかしって風に見えてしまうんですよ俺には。ことにそれが過去の時代を描く際に採用される場合には。

というわけで『せかいのおきく』、うーんうーんうーん…と唸ってしまう映画であった。お話としては江戸時代を舞台にうんこの汲み取り屋の青年二人と没落した武士の父娘の交流というより人生の交差をユーモアを交えて描くものだが…なんだかこれは江戸時代だからモノクロにしようみたいな発想も安易ならその物語も安易、というよりはっきりと幼いんじゃないだろうか。どうやら封建制の厳格なヒエラルキーをうんこの循環によって突き崩し、みんなお互い様的な長屋感覚を称揚しようとしているようなのだが、そのテーマが十全に展開されたとは到底いえない脚本はボットン便所の汲み取り槽のごとく味噌もクソもごちゃまぜである。現代にも通じる普遍的な青春群像を…というつもりだったのかもしれないがその表現が寛一郎の「青春だな~」という台詞なのだとしたら失笑するしかない。

笑いどころのはいここで笑って下さいよ感に鼻白み良い台詞らしきものを言っている場面でのはいここでグッときて下さいよ感にも鼻白み、出ている役者は池松壮亮、黒木華、寛一郎、佐藤浩市…と錚々たる顔ぶれだが誰もがオーバーアクト、あるいは足りないアクトで、池松壮亮も寛一郎も演技ができない人ではまったくないはずなのだがここでは初めて映画に出た芸人かなんかにしか見えず持ち味が出ていない。類型的な人物造形には作り手の人間観察の浅さが滲み出、ついでに言えばこれは章立て構成になっているのだが各章が数分から数十分程度と短く各章に有機的な連関もなければとくに気の利いた章題が付されているわけでもないので章立てをする意味はなんとなくかっこよさそうという以外にまったくなかったと思われる。

監督は結構キャリアの長い人のはずなのだがこれ本当にベテラン映画監督の作なんだろうか。なんか若い人がインディーズで撮りましたとかならわかるよ。むしろそれならインディーズでこれは野心的だなーすごいなーぐらい思うけれども、表現の幼さ拙さも荒削りな魅力としてプラスに転じさえするかもしれないけれども、ねぇ。ヒエラルキーに対する下からの異議申し立てったってそれを描くためには士農工商の江戸封建制ヒエラルキーをまず前提として描かないと有効な異議申し立てにならないわけじゃないですか。士農工商の間をうんこ売りが渡り歩くとこういう構図じゃないと意味がないですよねっていうそういうさ、そういう基本的なところが抜け落ちているんだものさ。だから「せかい」っていう言葉にもあるべき重みが少しもない。

うんこは良いです、うんこは良い。うんこはリアルなうんこで良かったけれども、いやさすがに良いうんこを観たからと良い映画観たな~って感じにはならないって。ドラマらしいドラマをあえて廃した江戸の日常スケッチ集として観るならばその空気感は決して悪いものではないけれども、だったらどうしてそれを踏みにじるようなテレビ時代劇的オーバーアクトやコントラストの強いモノクロ映像を採用してしまったんだろうか。なんか未完成な映画って感じがするよ。芝居はともかく他の部分に関してはこの映画に本当に必要なものは何か熟考してブラッシュアップできるだろうし、そしたら何倍か良くなりそうなのに、色々事情もあるのだろうがこれで完成ってことにしちゃっているのがもったいない映画だった。

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