《推定睡眠時間:0分》
とくに思うこともない映画だったのだがせっかく観たのだし感想を残しておこうということで今こうして書いているわけですがこの『クロムスカル』2009年の映画! はー、なんでまたそれを2023年の今になって突然劇場公開しようってことになったんでしょうねぇ。映画の内容よりもその経緯の方がよほど面白いんじゃないだろうか。そら製作時日本公開はされなかったが今となっては後生に大きな影響を与えたマスターピースないしはミッシングリンク、みたいな映画だったら2009年の映画でもちゃんと劇場公開しましょうよみたいなことになるのもわかります。でも『クロムスカル』じゃん。結構普通の低予算ゴアホラーじゃん。謎だよね。そこらへんの事情は800円もするパンフレットに書いてあるのだろうか。だとすればちょっとだけ読みたい(でも買わない。高いから)
それで『クロムスカル』はこういう映画。霧深いある夜、田舎町の葬儀屋で棺桶に入れられた女の人が目を覚ましました。この人主人公、どうしたことか記憶がなく自分が誰かもわからない。とりあえずその場から逃げ出す主人公だったがその前に立ちはだかるダークスーツに身を包みスカルマスクを顔面に張り付けた痩身巨躯の謎の男。こいつは近づく人間の顔面ばかりをダイナミックに破壊する殺人鬼だった! スマホがまだ普及していない2009年、主人公は助けを求めて田舎町を駆け回るのだったが…。
葬儀屋から始まるし殺人鬼がファッショナブルでかつデカいので夢幻ホラー『ファンタズム』の影響下にある映画なのは間違いないだろう。足元のおぼつかないフワフワした展開も相まって悪夢的な印象をまとっているのが『クロムスカル』のたぶん特徴である。でも『ファンタズム』と違ってこちらはもっとちゃんとした(?)映画なので悪夢そのものにはならない。スカルマスク被害者のみなさまの抱える悩みや不安や痛みそしてちっぽけな勇気や善意を丹念に描写して意外や地に足の付いた真面目な人間ドラマとして成立しているんである。おい話が違うぞ!
最低予算の自主映画かと思いきやクレーン撮影をやってるショットもあって驚かされるが要するにこれは予算はないとしても安い映画ではないんだよな。結構立派な本格派のホラー映画。キャンプに楽しむ映画じゃなくてしっかり観客を怖がらせてちょっとだけジーンとさせようとしてる映画だ。思えば最近のアメリカのホラー映画にはこれが欠けているかもしれない。ジャンルミックスやメタフィクションの手法が盛んに用いられて台詞には気の利いたジョークや他作品の言及がふんだんに込められる、主に人種・性差別や経済格差などの現実の社会問題が反映されることも多く、これらによって観客は現実世界を参照しながらその映画を俯瞰的に楽しむというところがある。完全なる虚構の世界として作品世界を作り上げ、観客をその世界に浸らせて怖がらせる、というホラー映画の在り方は少なくとも今のアメリカでは流行っていない。
だからなんか新鮮に感じたなこれは。今の時代に『クロムスカル』が劇場公開されることの意義といったらそのへんにあるんじゃないだろうか。ホラーは単純に怖いだけでも別にいい。それは決して薄っぺらい体験ということではなく、そこから見えてくるものだってあるんである。顔面破壊がすごい、とか。
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89分ぐらいしかないのに脈絡がない上に繰り返しが多いのでいつまで経っても終わらないように感じられる映画だがそのオリジナリティは他の追随を許さないカルトクラシックです。