王者なら王者らしくしろ映画『クリード 過去の逆襲』感想文

《推定睡眠時間:0分》

なんか前も書いたような気がするんですけど俺『ロッキー』シリーズの魅力って敗者の物語ってところにあったと思うんですよね。敗者代表のロッキーがそれでも己の人生を賭してリングの上で戦う。これがたいへんに感動的。だから二作目以降のシリーズ作も好きだし中でも『ロッキー4』と『ロッキー・ザ・ファイナル』は傑作だと思いますけど、でもやっぱりロッキーがチャンピオンじゃなくてフィラデルフィアの冴えない貧乏ボクサーに過ぎなかった一作目の輝きには及ばないし、考えてみれば『ロッキー4』は金持ち生活の中でたるんでしまったロッキーがソ連の雪山にこもって己を叩き直す物語、『ロッキー・ザ・ファイナル』はとっくにリタイアして孤独な余生を送るロッキーの物語と、そこには敗者の色があった。ロッキーが無敵のチャンピオンじゃなくて敗者の魂を背負って戦っていた。そういう意味でえらく評判の悪い『ロッキー5』もなにやら敗者のうらぶれ感が濃厚で俺は好きなんですけど。

で、『ロッキー』シリーズスピンオフの『クリード』シリーズって初期設定からしてもう明確にその点が『ロッキー』シリーズと違う。なにせ主人公のアドニスはボクシング史上に残る名チャンピオンであるアポロ・クリードの血を引く男。最初はそのことを知らず地下ボクシングをやったり刑務所に入ったりと荒れていたが、やがて自分がアポロの血を引くボクシング貴公子であることを知ると王者の風格と品格を身につけてボクシング界のピラミッドを駆け上がっていく。貴種流離譚というやつですないわゆるひとつの。だから『クリード』シリーズは『ロッキー』みたいな敗者の物語じゃない。たぶんこのコンセプトは『ロッキー』の反対は何かとスタローンが考えて生み出されたものだと思うんですけど、勝者の物語なんですよねこちらは。勝者たるものどのように振る舞うべきか、勝者として何を行うべきか、勝者である続けるとはどのようなことか…それが『クリード』シリーズの核心なんだと思ってる。

まぁそういうわけでね、正直『クリード』シリーズはアドニスが負け犬ポジションから絶対王者に脱皮する一作目はロッキーの老後が描かれることもあってめちゃくちゃ燃えたし感動もしたんですけど、『ロッキー4』でロッキーが戦ったソ連のボクシング・サイボーグ、ドラゴの息子VSアドニスという超期待の好カードだったにも関わらず『クリード2』はそこまで面白くなかった、っていうかほんの数年前の映画のはずなのにドラゴ親子が出るという以外にどんな内容だったか思い出せないぐらい印象に残らなかった。正直だね俺の脳は。興味なかったんだと思いますよ、『クリード2』の時点ではもうアドニスは絶対王者だったんで。

でこのシリーズ三作目『過去の逆襲』のストーリーはっていうと絶対王者アドニスは絶対王者のまま引退してグラミー賞常連の天才歌手兼音楽プロデューサーの妻と浅田真央にかなり似ている娘と一緒に悠々自適のスーパー金持ち生活を送っていたんですがそこにそのむかし暴力事件を起こしてしまい長い間量子世界にぶち込まれていたジョナサン・メイジャーズ演じる今やすっかりオッサンの旧友が現れます。このオッサンも昔は地下ボクシングで鳴らした男で将来的にはMCUのメインヴィランの座を勝ち取るつもりでいた。

ようやく量子世界を抜け出した頃にはもうプロボクサーとしてやっていける年齢ではなかったが、それでも夢は諦めたくないとロッキーのような爽やかなことを言ってアドニスの経営するジムに入り浸るジョナサン・メイジャーズ。アドニスこのオッサンの願いを断れない。というのもジョナサン・メイジャーズが量子世界にぶち込まれる原因を作ったのはヤングアドニス、その無分別と不義理によってジョナサン・メイジャーズは暴力事件を起こしてしまったのだ。量子世界では俺は帝王だったとジョナサン・メイジャーズ。果たしてその腕前の程は。そしてアドニスの金持ち生活の行方は。

それにしてもこうあらすじを書いていても実に気分が盛り上がらない。二作目で決定的になった勝ち組路線は三作目にして更に推し進められアドニス一家の生活っぷりときたらまるで王族である。監督兼主演のマイケル・B・ジョーダンといえばアメリカ向けに脱色されたアフリカンヒーロー映画『ブラックパンサー』の人であるが(主演ではない)、『ブラックパンサー』シリーズも部族社会の根強いアフリカを舞台にしているくせに民衆軽視の甚だしい王族映画であったから、マイケル・B・ジョーダンそれで味を占めてしまったんだろう。王様が何かを守るために戦うのがカッコいい。『ブラックパンサー』はそれでも国と民を守るために自ら戦う王様のお話ということでわかるんだがこちら『過去の逆襲』でアドニスが守るのは自分の名誉である。民どころか家族でさえない(別にジョナサン・メイジャーズは家族を襲ったりはしないので)。カッコいい…か?

むしろ俺がバリバリに感情を乗せてしまったのは落ちぶれオッサンボクサーのジョナサン・メイジャーズの方だった。一歩どころじゃないだろ何歩進んでいるだという今や本邦を代表するボクシング漫画『はじめの一歩』にはリングで殴られるとすぐ吐くことからゲロ道のあだ名で呼ばれていた弱小脇役が登場する。こいつは最初の何巻かに出てその後主人公一歩の所属するジムを辞めるという形で物語から噛ませ犬的にフェードアウトしていった…と思われたのだがその何十巻か後になってなんと一歩の対戦相手として装いも新たすぎる大変身を遂げて再登場、その武器は反則技であった。

一歩のジムを退所後も地道にボクシングを続けていたゲロ道はその後地味にプロデビュー、といってもボクシングの才能はとくになかったのでタイトル戦に向けた期待のホープの噛ませ犬としてのみリングに呼ばれるという屈辱の日々が続いていた。このままで終わっていいものか。ひたすら噛まれ続け、ひたすら吐き続けたゲロ道がやがて会得したのが審判に見えない絶妙な反則技。一歩のようなカッコいいボクシングなんぞ自分にできないことはとうに知れている。一歩のように観衆に勇気と元気を与えるヒーローには決してなれないことも知れている。だが、このままでは終われない。反則に反則を重ね、そのたびにその身を穢しながら、ゲロ道は一歩一歩着実に一歩へと近づいていく。そしてついにゲロ道は一歩との対戦カードを勝ち取るのであった…書きながら泣いちゃいそうなエピソードであるが、すいませんかなり迂回しましたが俺これ思い出したよジョナサン・メイジャーズ見てて。こいつもムショ仕込みの反則技でベルトをもぎ取るからな。か…カッコいい!

カッコいいだけではない。ジョナサン・メイジャーズはベルトを獲得しても記念パーティだといって出身地であるLAサウス・セントラルの路上で地元の貧乏人どもと一緒に麻薬拳銃オールオッケーな明かりはもちろん中でなんか燃やしたドラム缶という本格派のダーティ祝賀会を開くのである。対してアドニスの方はどうかというと出席するパーティはハイパー金持ち業界人のみが集う超豪華セレブパーティであり、トレーニングもロッキーなどはフィラデルフィアの街中で行っていたものだがアドニスは部外者立ち入り禁止スペースでプロのトレーナーを何人もつけてセレブトレーニング。たとえ素行がよろしくなかろうとあくまでも汚ぇLA底辺の貧乏人どもと共に歩み勝利の喜びを分かち合おうとする人情派ジョナサン・メイジャーズに対して庶民どもとはろくに目すら合わせようとしないアドニスのなんと情けなく薄情なことか!

しかもである。書いていてどんどんアドニスに対する説教が湧き上がってきてしまったがこいつ過去の罪を精算してねーんだよ! ネタバレになるから詳細は書かないがジョナサン・メイジャーズがチャンピオンになる夢をふいにしたのはアドニスを守るためなのだからアドニスは石油か温泉が出るまで土下座したっていいくらいなんだよ。でも実際はろくに謝りもしない、ムショから出たばかりで職歴も学歴もなくホームレス同然のジョナサン・メイジャーズを見てもハイパーセレブにとっては紙くず同然のポケット紙幣を渡す程度の援助しかしない、お前のジム使わせてくれよと言われると露骨に嫌な顔をしてその後ジムのトレーナーに文句を言われ「だってしょうがないじゃないですか…付き合いもあるし…」と本人に聞こえる距離でヘタレた回答をする、実は昔こういうヘマをしてしまってと妻に打ち明けて妻に「アンタ別に悪くないじゃない! 気にすることないよそんなの!」と慰めてもらってたったそれだけで罪の意識を消してしまう…ってお前もっと過去を重く受け止めろよ! アンタ悪くないじゃないじゃないんだよ悪いから明らかに! テメェの辞書に仁義の文字はねぇのか! ないか! 英語だし! ちなみに『仁義なき戦い』の英語訳は『BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY』らしい。

まぁそんなわけだからこのアドニスを応援できるわきゃあない。したがってアドニス対ジョナサン・メイジャーズもまぁ盛り上がらない。これは演出と脚本の問題もあり反則技で勝ち抜いたゲロ道メイジャーズなのだからアドニス相手の本戦でもゴリゴリ反則技で削っていけばいいのになぜかそれをしてくれない。なんだ、アドニス相手には正々堂々って実は良い奴じゃないかお前! おい主人公間違ってるだろこれ! とにかくである、もちろんボクシング映画など大抵そうなのだがラストの試合はアドニス勝利が目に見えた消化試合のように俺の目には映り、ジョナサン・メイジャーズのファイトにも絶対に勝ってやるという闘志が感じられないものだから、なおさらというわけなのである。

マイケル・B・ジョーダンの関心はきっと自身が演じるアドニスという王様の神格化にしかなかったんだろうということは本編終了後にオマケで付く想像の斜め上を行く『クリード』アニメシリーズの予告編を見たことで揺るぎなくなった。想像の斜め上を行くと知っていても想像の斜め上を行くと思うのでみんな劇場で観てびっくりしてほしい。俺の観た回ではアニメの映像が始まった瞬間に年季の入ったシリーズファンと思われるオッサンの「ええっ!!!!」という悲鳴に近い驚きの声があがった。

そのトンデモ感も含めて楽しめたのは事実だし、なんだかんだ嫌いというわけではない『クリード』シリーズなのだが、まぁ、今後もシリーズを続けるつもりならちょっと考え直してほしくはあるよ。王様の物語なら王様の物語で良い。ただし、王様なら王様らしく威厳と責任と慈愛の心など様々な平民にはなかなか持てないものを持っていてほしい。『過去の逆襲』のアドニスが王様としてあるべき姿を示せていたかと言えば、俺はぜんぜんできてなかったと思う。

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ジョナサン・メイジャーズがムショでどんなことをしていたかが描かれる『過去の逆襲』前日譚。

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堕つつ
堕つつ
2023年6月3日 5:16 PM

アドニス相手にこそ反則技を使いまくるのかと…隠し凶器出したりするのかと…
2人だけの幻想世界でクロスカウンターとかいくらアニメ好きとはいえちょっと寒い…
「ロッキーVSドラゴ」って去年あったじゃないですか。あれを直近で観てしまったあとだとアドニスとアポロも別に似てる親子って感じが全然しないんですよね。
お調子に乗ってなぶり殺しにされたアポロの方が遥かに誇り高く感じてしまうって。
「クリード1」のときに左目が腫れはがった顔見て、おぉカール・ウェザース!なんて思ったもんですけど。容姿だけですがー。
というか「クリード2」までならまだ未熟な男がロッキーの指導とアポロの血によって真の王者になれるのか、ってこちらも多目にというか贔屓目にみれたんですけど今回は確実に他界してるアポロどころか、ロッキーの影すら無かったじゃないですか。
色んな大人の事情があったんでしょうけど、結局クリードってロッキーシリーズありきの成功だったのは明確で、確かに黒人映画として観るべきところも多々あるとは思いますがロッキーユニバースの後日談として、少なくとも自分は大好きだったんだなあって思わされましたね。