サメ家族ドラマ映画『ブラック・デーモン 絶体絶命』感想文

《推定睡眠時間:60分》

日本版のおもしろい予告編ではテレビ東京の映画CMでよく聞いた声な気がするナレーターの人が「(爆弾で)爆発か!(サメに)喰われるか! どっちDEATHかー!!!」と心なしか猪木似せで叫んでいたがこれを見に行った2023年6月2日夜は台風絶賛接近中であり次々と河川の氾濫情報や列車の運休情報がネットに放流される中、終電10分前に終映というギリギリタイムの上映回しか残っていないこの映画を観に行く俺の心は避難帰宅か映画強行どっちですかと揺れていた。

そこからもう少し事実を誇張しておもしろい風にこの映画の鑑賞体験を書くこともできなくはないが急に面倒臭くなったので諸々端折って結果から言うとすげーつまんなくて能動的に60分寝た。台風を心配しながら観に行ったのにこんなにつまらないなんて! 逆にというか俺これみんなに観て欲しいよ。そしてカルト映画化してほしい。お金がないから必要な画や展開が撮れなくてつまらない映画というのは世の中にたくさんあります。お金がないからとその貧乏を自らネタにして誤魔化す映画というのもたくさんある。でもこの『ブラック・デーモン』は違うね。お金はあるんです。そりゃたんまりとは思わないけれども少なくとも映像から安さがにおわない程度にはお金がある。にも関わらず本当につまらない…むしろ一周してすごいと思う。よくこんなにつまらない映画が一般劇場公開できたなという意味でこれは快挙じゃないかな。担当者は本年度配給アカデミー賞最優秀がんばった賞だ。でもこんな映画のためにがんばる必要はまったくなかったと思う。

どうつまらないかってこれ石油リグにそこの元現場責任者だった父親が妻と子供連れて遊びに行ったら爆弾が仕掛けられてて運が悪くビッグメガロドンもいて石油リグから出られなくなっちゃうけどこのままだったら死ぬというお話の映画なんですけどメガロドンサメが冒頭に説明的に出るには出るとはいえ襲撃シーンが抽象的で血の一滴も出ない、そしてその後30分観ていても全然サメが出てこない! 序盤に展開されるのは主人公一家の家族ドラマなのだが家族ドラマとかはどうでもいいのでとりあえず寝るか寝て起きればサメ襲ってきてるだろと思って能動睡眠に入り約15分後に目を覚ましたところびっくり石油リグの安全な室内で家族が延々と言い争っているではないか。話の内容からするに俺が寝ている間にちょっと出てきたようなのだがいやおいサメ出せよ。サメどうしたんだよ。家族の誰も死んでねぇじゃねぇかおい。足とか手とか喰われる程度の怪我さえしてないぞ。

この会話がとにかく無駄に長いのである。メガロドンだから積極的に暴れてくれれば石油リグぐらい壊せると思うのだがこのサメは妙にお行儀がいいので石油リグの上の方には突撃してくれない。したがってサメの脅威のない室内で会話劇スタイルの家族ドラマが展開されることになるのだがそんなの面白いわけないじゃないか。ところがこの脚本家と監督は家族ドラマが面白いと思っているらしいのである。物語は次第にメガロドンがどうとか爆弾がどうとかそんなことはどうでもよくなり一家の父親がひた隠しにしてきたかつて犯した罪とその精算へとスライドしていく。ひた隠しにしてきた罪とは実は石油リグは偽装でそこは巨大サメ研究施設でしたとかそういう面白いことではない。書かないがサメとは全然関係ないことであった。

そもそもこの物語におけるサメの立ち位置はホラーアイコンではなく冒頭の『ロード・オブ・ザ・リング』みたいなナレーションで語られるように自然の権化である。人間が欲に駆られて悪いことをしているとサメが襲ってくるぞというわけで人々を戒めるためにこのサメは存在するのだ、ここでは。だからサメがバクバク人を食べたりとかはしない。サメという試練を通して父親が己の罪と向き合いサメのせいでバラバラになりかけた家族の再統合が果たされ、父親が家族に対してポツリポツリと愛を伝えるエモーショナルなラストはその愛のディープブルー加減に大感動…という映画が『ブラック・デーモン』なのである。

肩透かし感がハンパないのだが作っている方は至って真面目なのでラストなんかホンモノの感動作に見えてしまう。もちろんホンモノの感動作ではないので感動などできない。家族ドラマを描きたかった制作サイドの思惑とは裏腹にこっちは家族をサメのエサとしか見てないのでエサが全然サメに食われず言い争ったり泣いたりしてるだけという展開にはむしろムカつく。夫の罪を知った妻が「アンタはサメなんかよりよっぽどモンスターだよ!」と責めるシーンがあるのだが何を言ってるんだサメの方がモンスターに決まってるだろ。アイツ体長がタンカーぐらいあるぞ。このへん作り手の関心と狙いがどこにあるかよく表れているところだろうと思う。

すごいよね、サメと爆弾出したら普通はサメに人を食わせたくなるし爆弾で建物を損壊させたくなります。そこにホラーやサスペンスを詰め込みたくなる。ところがそれを全然しない。全然しないで家族ドラマをやっている…そんな人いるんだ!? って思う。しかもその家族ドラマが本気なのだ。面白いわけがないじゃないか。そんな状況で家族ドラマをやられても面白いわけがないんだよ…でもこの監督と脚本家の人はあくまでも家族ドラマを本気でやるのである。そして序盤の石油リグ城下町の描写や途中差し挟まれる資料映像のような実景ショットを見るに、石油マネーの功罪みたいことをかなり本気で訴えようとしているようなのである。サメ映画で。

こう本気だとネタにもできないのでBからZまで主にZ寄りで数あるサメ映画の中でもつまらなさは比較的上位なのではないだろうか。たとえばトイレからサメが襲ってくるという映画なら面白くなくてもネタ的に観ることができるし人に話すこともできる。でも『ブラック・デーモン』の生真面目さはそんなネタ化は許さない。そのくせ本気の映画としては全然面白くない。こういう映画、良いですよね。そりゃ面白くはないよ。面白くはないけどこうも本気だと、そして本気で滑っていると、心を打たれる。このような映画こそ俺は広く観られてほしいと本気で思う。ただ、もう何度も書いていると思うが、本当に面白くないので面白い映画が観たい人は来ないでください。振りじゃねぇから。本当に面白くねぇから!

【ママー!これ買ってー!】


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まぁとはいえデケぇサメの出てくる映画と聞けばやはりこういうバカっぽいのを期待してしまいますよね。続編ももうすぐ日本公開。

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