現実がこわい映画『M3GAN/ミーガン』感想文

《推定睡眠時間:15分》

予告編を観てぶっちゃけこの映画には何も期待できない気はしていたしその予感は誰だかは忘れたが宣伝コメントかなんかでホラー映画入門に最適とお前それ怖さが足りないの婉曲表現じゃねぇかおいと確信に変わったので案の定つまらなくてよしよし思った通りだなと謎の満足感を得てしまった。つまらなかったのに。

だって殺人人形が人殺しをはじめるまでに40分以上かかるんですよこれ。いいんですかそんなの。上映時間100分ぐらいしかない映画なんだぞこれは。お金がないのはわかる。配給のブラムハウスは低予算ホラーで有名なところであるから予想範囲内だが、しかしだからといって血の一滴も噴き出さないのはさすがに大人向けのホラーとしてどうか。それで尺埋めに使われるのは両親を事故で失ったガキとそいつを引き取ったエンジニアの交流とかというのはどうなのか。そのうえ殺人人形は超AIが入ってるのでギャンギャンに喋りまくってしまう…どうなのか!

俺が殺人人形ホラーに期待するものがすべてこの映画にはない。第一にはやはり人形の不気味さ。人形って怖いよね。人形というぐらいだし人間みたいに作られてるけど人間じゃないっていう、そこにいわゆる不気味の谷がある。これが気持ち悪くて怖い。第二にはまぁやはり残虐な殺人ですな。『チャイルド・プレイ』からこのかた殺人人形ホラーといえば残虐な殺し。なにせ殺人人形ホラーの多くで殺人人形はリトルサイズ。そのサイズで人間を殺すならばこれはネチネチと追い込んですぐには死ねない方法で殺すしかない、畢竟それは残虐な殺しとなるわけである。しかしこの映画の殺人人形ミーガン人間サイズ、そのうえ超合金製で怪力の持ち主とかいう設定。これでは殺しが残虐にならないのだが、その残虐にならない殺しの描写ですらこの映画ではオミットされている。舐めているのか。

第三は殺人人形と人間のバトルであると書けば意外に映るだろうか。でも考えてみてほしいのだが殺人人形ホラーって殺人人形と人間のバトルがわりと凝ってる。それというのも前項に挙げたが殺人人形ってゲリラ戦術で人を殺すから人間も正面からパワープレイでぶっ壊すってわけにはいかない。どうやって殺人人形の裏をかくかっていう頭脳戦とまでは言わないけれども工夫があるんですよね、一般的なスラッシャー映画と比べて。ところがこの映画ときたらね…まぁそのへんは見てのお楽しめないだが、パワープレイだったね。戸愚呂弟だったら120%のパワープレイだったよ。違うんだよ、俺が観たかったのは暗黒舞踏会編じゃなくて仙水編なんだよ!

でも俺が間違ってるような気もしないでもないっていうかたぶん確実に間違ってるんだとおもいます。これね、殺人人形ホラーじゃないんだよ。ちょっと殺人人形ホラー風味のある子供向けのヒューマンドラマですな。そう捉えれば諸々しっくり来る。殺人人形ホラーとして観れば邪魔でしかないガキと親代わりの交流だが、それが添え物ではなく逆に本筋なのだと思えばあえて怖さを控えた、という見方さえできるだろう。そしてそういうものとして観るならばそう悪くはない映画ではある。までも『チャイルド・プレイ』の初期作とかだったら子供ヒューマンドラマと殺人人形ホラーの融合はもっとぜんぜん巧い感じにやってましたけどね。そのうえブラックユーモアとおもしろいアクションまで織り交ぜて。

それにしても『チャイルド・プレイ』のリメイク版も怨霊殺人人形じゃなくてAI殺人人形になってたし最近の殺人人形ホラーはオカルト要素がなくておもしろくない。押井守の『イノセンス』はAI機械人形に実は人間の魂が宿っているのではないか…? と思わせるところが実に見事に人形ホラー、SFとオカルトの狭間で面白かったが、この『ミーガン』ともなると明確にAIと定義づけられてしまっている上にChatGPTばりに喋りまくるものだから単なる機械的な反応なんだなと見えてしまう。見えてしまうというか、AIがその論理的思考によって人間の倫理を突破するのは怖いよねということを描いているのだから、あえてこの殺人人形の中身がAIであることが強調されるのである(『ターミネーター』みたいな色んな分析グラフが表示されるロボット目線まである!)

時代と共に恐怖の形が変わるというのは理解できる。しかし、いくら形が変わってもそれが合理性では捉えきれない、人間の理解からどこかはみ出してしまうところがあるから恐怖なのであって、一箇所もはみ出すことなく合理の内に収まってしまえばそれはもはや恐怖ではない。実際、だからこの映画は少しも怖くない。合理性を突破するためにオカルト要素を導入するのも安易かもしれないが、AIの超合理的思考がそれ自体によっていつしか合理性を突破してしまうパラドキシカルな恐怖を描くことはこの題材ならできたはずで、それをまったくしていないのはこの映画の作り手がホラーをマジでなんもわかってないからとしか俺の合理的な思考では理解できない。

ある意味、こんな映画が作られてそしてウケているらしい(俺の観た回はほぼ満席だった)という現実そのものがホラーである。それは俺にはまったくとまでは言わずともぶっちゃけかなり理解しにくい現象なのだ。人々はもはやホラー映画に怖さを求めていないのだろうか…恐怖! 恐怖!

【ママー!これ買ってー!】


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その後ブラックコメディのシリーズになってしまうのでホラー映画として面白いのはこの三作目までだと思う。

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カモン
カモン
2023年6月10日 10:36 PM

人形ロボット殺戮ホラーとしてもAI等の技術の功罪を語るSFとしても少女のトラウマ克服成長物語としても叔母と姪の絆ストーリーとしてもそしてもちろん企業ものとしても成り立っていないつまらん映画でしたねー。ではこれがなんなのかというと、私的にはミーガンというキャラ(の主に見た目)を売り込み売り出すためのフランチャイズ映画のような気がしてならない。映画自体が面白くないのにキャラものが売れるかって?いやいや、ITやシャイニングを観たこともないのにペニーワイズやグレイディ姉妹がデザインされたグッズを喜んで買う人やAC/DCやメタリカを聴いてもいないのにバンドTシャツを誇らしげに着る人々がいるくらいだからいけるんですよきっと。なによりこの映画、一般には受けてるようだし笑

カモン
カモン
2023年6月10日 11:51 PM

すっかり言い忘れましたが本作にはアンレイテッドバージョンも存在するそう