《推定睡眠時間：70分》
帰りにポスター見たら法廷劇というようなことが書いてあって法廷を舞台にした物語だから別にウソではないけど法廷ドラマとか法廷ミステリーのようなものを想像して観るとだいぶハシゴ外されるなこれという映画でよくある法廷ものでドラマの主軸になる真実は何かとか無罪か有罪かとか、ぶっちゃけそんなものはどうでもよかった。だいたい主人公はポスターに映ってる被告ではなくそれを裁く裁判官でもなく弁護士でも検事でもない、それどころか参審員でさえなく単に傍聴席に座って裁判見てるだけの人、この人は移民二世に当たる人のようで移民一世の母親との間になにやら確執があるようなのだが、母親による乳幼児殺しの裁判を見ているうちに少しだけ母親を理解するようになる…というのがこの映画のあらすじなのであった。
うぅむ、まぁ、そういうのもいいんじゃないすかとは思うのだが、序盤の言葉少なく簡潔で力強いショットの連鎖におおこれは面白いぞと観ていると法廷に入って全力で失速、カットを割ることさえなくフィックスの長回しで延々とにかく延々と被告の語りを撮っていく。耳に入る人間の声には覚醒作用が通常はあるそうなのだがコーヒーを飲むと意識がシャキッとするのではなく起きていられないくらいの強烈な眠気に襲われる俺は人声も逆に作用するらしく淡々とした語りなんか聴いていると5分と経たず眠ってしまう。したがって裁判が始まってからは画面を観ていることができなかった。眠るといっても10分ぐらいで一応は起きるのだが起きてもまだ被告の語りが続いているのですぐにまた眠りの底に突き落とされてしまう。なかなか過酷な映画である。
それでも（アメリカ映画のように）語りの中にミステリーやサスペンスのようなものがあれば始まりと終わりしか観てない睡眠鑑賞者にも楽しめるのだがどうもこれはそうではない。自分の子供を殺した母親の語りを観客に聴かせることを目的とした映画であり、語りの内容ではなく語りそのものが持つ非言語的・非理性的な力に依拠する映画であり、その意味で被告の語りは陳述というより詩の朗読に近いものだったかもしれない。裁判も終わりに近づくとそれまで被告の語りをずっと聴いてきた法廷の女たちは立場も人種も超えて（裁判長までもである）ジーンと共感して泣き出してしまうのであった。
これでよいのだろうか。たとえ舞台装置として使っているだけであっても法廷は法廷で、人間のやることだからそこから感情を排することは当然できないとしても、それでも可能な限り理性を信頼して感情に押し流されることなく中立な立場で人間が人間を裁くという無茶をやるのが裁判であり法廷という場なんじゃないだろうか。ここでは理性の声は男に配されており、男検事が被告の語りにやや露悪的に異を唱えるという形で表れるのだが、たとえ冷酷に見えようともこの男検事は法廷という場で自らに与えられた役割を全うしているに過ぎない。にも関わらずここでは理性の声は女たちの共感を断ち切る悪として言外に断罪され、そのようなわけで映画の最後は法廷内のすべての女たちの言葉に依らず理性も超えた共感と連帯を無言のうちに賛美することになるわけである。
被告の陳述をただ額面通りに受け取るというのであればそもそも裁判というシステムなんかいらないんじゃないだろうか、と俺は冷酷なので思うのだが、裁判がどうとか量刑がどうとかそんなものはどうでもいい映画なわけだから、そういうことを言いたいんじゃないと反論されればそれで話は終わってしまう。それは俺には反知性主義としか映らないのだが、知性が女たちを分断しているとでも言われれば（事実そういう面はあるでしょうし）返せる言葉はない。何を言ってもそれはきっと悪の理性の誘惑として解釈されてしまうであろうから。
昨日感想を書いた『クロース』とかもそうなのだが、昨今このような情緒一本槍の映画がヨーロッパの映画祭で評価されることが実に多くなったという風に感じる。感じているだけで実際にどうかはわからないので話半分どころか話4分の1ぐらいに受け取ってほしいのだが、俺はそれは理性の功績の裏に確実にへばりついている罪を引き受ける気のない無責任で臆病なヨーロッパの（自分たちは理性の恩恵の上でぬくぬくと育ってきた）批評家や知識人の、責任逃れ的な反理性の過大評価の結果であり、退行現象とさえ言えるのではないかと思う。
【ママー！これ買ってー！】
アメリカ法曹界の女性パイオニア、ルース・ベイダー・ギンズバーグの若き日を『ディープ・インパクト』のミミ・レダーが描いた実録法廷お仕事ドラマ。こちらはあくまでも理性で戦う人の映画ということで。