超能力ガキ戦争映画『イノセンツ』感想文

《推定睡眠時間:0分》

これほどの緊張感を持ってスクリーンを見つめたのは何年ぶりかと書けば誇張もいいところかもしれないが、登場人物の誰がいつどのように死ぬかわからない緊張感という意味ではあながち言い過ぎということもなく、まぁ映画もいろいろあるわけですけれどもハリウッド映画なんかは映画が始まった時点で誰が死んで誰が生きるかだいたい予想がついてしまいます。スパイダーマンの映画を観る人がスパイダーマンが死んで敵役のタコ博士かなんかが生き残ったりしたらどうしようなんて絶対思わないもんね。その絢爛豪華な予定調和と勧善懲悪がハリウッド映画の強みだとも言えるし、近年その強みは韓国やインドといった映画新興国でもガツンガツン取り入れられて、あれとかそれとかの世界的ヒット作を生んでいることは周知の事実。

というわけでとくにシネコンで観るハリウッド映画なんかそれはもうサスペンスだろうがホラーだろうが緊張感ゼロ、そのノンストレス状態を求めて観に行っているところもあるので別に構わないのだが、この映画『イノセンツ』はそういうものではまったくなかったというお話。なにせわからないのだ。映画の冒頭は車で移動中の主人公の不機嫌ツラ少女だいたい10歳くらいが隣に座っている姉の足をパパママにバレないようにつねるという場面。この姉は知的障害ありの自閉症者で、痛みや不快を感じてもそのことを両親に適切に伝えられない。意地悪くもこの妹主人公はそのことを知っていて姉をサイレントプチ虐待しているのである。

ハリウッド映画なら主人公の子供が悪人というのは禁じ手に近いもので、おそらくそれはアメリカのプロテスタンティズムに根を持つものだと思うのだが、世界で初めてサイコパスの殺人クソガキを描いた名作『悪い種子』を生んだ誇るべき国だというのに今のハリウッド映画ときたら主人公が虫も殺せぬリベラルの善人ガキばかり。こちら『イノセンツ』の主人公クソガキはのたうつ虫を見れば無表情に踏み潰し姉に怪我をさせて喜ぶカスである。だからわからない。それから物語は主人公と同じ団地に住む二人の子供、そしてその秘めたる能力を巡って動き出すが、主人公が善に転ぶか悪に転ぶかわからないから安心できない。すなわち緊張感が持続するのだ。

つい勢いでカスと書いてしまったが主人公のクソガキは実際のところわりとそこらへんにいそうな普通のクソガキである。障害を持つきょうだいを虐待するのも虫を踏み殺すのも誰もがとは言わないがまぁみんな大人になるにつれて都合の悪い記憶を忘れていくだけで結構な人はクソガキの頃にやったことがあるんではないか。俺が小学生のころ近所に知的障害者の弟を持つ秀才クソガキ下級生が住んでいたが、そいつは家の中でどうだったかまでは知らないが外では同じ学校の養護学級に通う弟とあまり顔を合わせようとしなかった。弟と会話をするときには目を逸らして無感情に言うのが常だった。一緒に遊んだりなんかしない。その本心を邪推すれば、きっと弟なんかいなければいいのにと思っていたんじゃないだろうか。自分のことで手一杯な小学生の身勝手クソガキにとって障害者のきょうだいというのはその身に背負うにはいささか重すぎるので、そういうやつを責めることはできない。責めるとすれば自分のことで手一杯な小学生の身勝手クソガキが障害者のきょうだいを背負わなければならない環境の方だろう。

と話が逸れかかったが主人公が普通のクソガキなら他のガキも普通のガキで一人は主人公とよく似て弱い者イジメが好きだが友達ゼロのネグレクト気味ガキ、もう一人は主人公の姉と仲良く遊んでくれるガキのくせに人間ができているガキだが皮膚病なのか色素欠乏なのか肌が汚い。これはグッとくるところだ。とくに後者のニキビ以外の理由で肌の汚いガキというのは本当に本当にほんとおおおおおおおにハリウッド映画には出てこなくてとすいませんねさっきからハリウッド映画の悪口ばかりで!

でも韓国映画もインド映画も中国映画も日本映画も、要するにハリウッドから多大なる影響を受けてそこから抜け出せないでいるハリウッド文化圏の映画は全部そうと言ってもこれは過言ではないのでみなさんそんな映画を観た記憶があるかどうか30秒くらい考えてみてほしいんですが、ほんとね出てこねぇのよ肌の汚いガキって。俺は年中全身からリンパ液を放出しているアトピーキッズだったからそれがずっと不満でね。ガキってむしろ基本は汚いでしょう、肌。あと歯並びも汚いね。顔の作りも汚い。まぁ要は全身汚いねガキは。それがガキの自然なのに映画に出てくるガキときたらとにかくキレイなんだどこもかしこも。誰が望むって大人が望むからですよ。観客が望むから製作者も望む。ガキにキレイさを求めるなんて大人のエゴでしかないのにね。

まぁだから何が言いたいかっていうとですね、この映画はそういうところで大人に媚びてなかったんだよ。ちゃんと汚いガキ、ムカつくガキ、不気味なガキと自然体のガキばかり出てくる。それがまたハリウッド的な予定調和を打ち砕いて画面に途切れない緊張感を与えてるってわけ。そして自然体のガキの生々しい姿を捉えているからこそ、何気ないガキ仕草にドラマが生まれ、超能力という題材に仮託された「子供たちの持つ無限の可能性」のテーマがちっとも嘘くさくなくまざまざと浮かび上がってくるってなわけである。

さて、外堀は埋めたが…それ以上は無粋か書くのは。どうせ見りゃわかる映画だしな。とにかくたまらなく緊張感のある傑作超能力ホラーであるというそれだけで前情報なんぞ充分。ネタバレ欲しさにこのページに来た奴は反省してさっさと映画観に行け。そうだなこれはジョシュ・トランクの『クロニクル』、M・ナイト・シャマランの『アンブレイカブル』、フィリップ・リドリーの『柔らかい殻』、ルネ・クレマン『禁じられた遊び』あたりとは共通するところが多いかもしれない。それから日本では大友克洋『童夢』の影響ばかり言われているが、俺としては近年話題を呼んだ他のユーロ・ホラー(『ぼくのエリ』とか『テルマ』とか『RAW』とか)ともどもスティーヴン・キングの影響めっちゃでかいなと思った。この監督は明日にでもキング原作の超能力ホラーを撮り始めるべき。ディーン・クーンツ原作でも可。

無粋と言いながら最後になっていろんな映画のタイトルを出してしまったが、まとにかくこれこれのタイトルのどれかひとつでもピンと来た人は観に行くと幸せになれると思われるので観に行きましょう。ハリウッド調のケバケバしいサスペンスとは明確に異なる低温サスペンスだから合わない人は合わないと思うが(結構寝てたりする人いた)、ハマる人にはめっちゃハマるはずだ。俺はちなみにこれ泣きましたね。なんか泣ける感じのシーンがあるとかじゃなくて、いやそれもあるっちゃあるんだけど、自閉症の姉が団地の子供と遊んで笑顔を浮かべるところとかも泣くんだけど、そうじゃなくて、超能力バトルの演出とその時のガキどものカッコよさに興奮して泣いてしまった。本当に良い映画っていうのはそういうところで泣けるんだよ。

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その後監督のジョシュ・トランクはハリウッドで痛い目にあって目下のところ監督リハビリ中だが、ここ10年くらいのアメリカの超能力映画で一番面白いと思われる『クロニクル』を放った人間に才能がないわけはないので、めげずにぜひとも頑張っていただきたい。

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鮮度抜群
鮮度抜群
2023年7月29日 9:51 AM

主人公の姉と仲良くしているアイシャは尋常性白斑をもつ子役が演じているみたいですね。尋常性白斑って撮り方次第でいくらでも美しかったり神秘的だったりお洒落だったりの方向にもっていけるものなんですが、あえてそれをせず普通にそのままポンと撮ってる感が良いなあと思いました。そういうところが実にこの映画らしいなあという。