《推定睡眠時間:15分》
スティーブン・キングの原作『子盗り鬼』を読んだのはいつのことだか覚えていないがこのあいだ本棚を整理したときにまとめてキング文庫を捨てた中に原作収録短編集『深夜勤務』があったので読んだのは間違いなく、しかし内容については忘却の彼方なのでおそらく大した話ではなかったのだろう。『深夜勤務』には他にも映画化された短編がいくつも含まれるが、もっとも面白かったのはアル中の親父が腐ったビールを飲んでたら灰色のスライム生物に変身してしまうというしょうもないやつだった。これは短編ドラマぐらいにはなっているかもしれないがさすがにネタが下らなすぎて映画化はされていないじゃないだろうか。
面白いキングの短編というのは貧乏人の日常に材を取ったワンアイディアのバカネタ系が俺観測によれば圧倒的に多いので映画にするとなんていうかこうC~Z級っぽくなってしまうんである。俺はそれでも構わないがキング原作映画にお金を出す人は大御所作家の映画化権取ったのにC~Z級になったらたぶんめっちゃ怒るからそもそも映画化を画策しないと考えられるのだ。昔はそれでもキングなら中身がなんでも売れるだろみたいな感じでバカネタ系のキング原作映画もたくさんビデオ屋に並んでいた気がするが最近は見ないなぁ。
ということで2023年公開のキング原作映画とくればウェルメイドな安パイ路線はほぼ確定されたようなもの、『ブギーマン』、当然ながらウェルメイドな安パイ路線で楽しめはしたがとくに面白くはなかった。なんらかの事故的出来事により母を失い残された娘二人父一人の典型的アメリカのホラー映画にありがち家族は傷心ムード、その心の隙間に忍び寄るのはクローゼットの奥に潜んでいて夜寝静まった頃に姿を現すらしいブギーマンでしたというわけではいはい、ってなもんである。そういう感じのアメリカのホラー映画今まで何回観てきたと思ってるんだよ。まぁそんなことを言ったらゾンビが3人ぐらいしか出てきてこないゾンビ映画だって腐るほど観ているがそちらに対してはあんまり文句を言わないのでフェアじゃない気もするが…。
とにかくすべてが絶対にアメリカのホラー映画で前に観たことのあるアレである。傷心ティーン少女(もちろん学校ではいじめられ気味だが一人だけ理解者のマイノリティ人種の友人がいる)が主人公で謎のモンスターとの戦いを通して母の死を乗り越えるという手垢がつきすぎて子供ができそうな(そういうグロい日本の昔話がありましたよね)プロットのどこにキング原作の映画化権を買って映画化するほどの価値があるのかと思うがセガール映画だって毎回同じ話でも固定客は喜ぶというかむしろ同じ話を望んでいるので現に映画化されているということはこれで喜ぶ人もたくさんいるんだろう。モンスターの造型も見たことある、モンスターハンターのおばさんの性格も台詞も知ってる、いじめっ子のやる悪意のいたずらも父親の苦悩も最終対決とその決め技もデジャヴュ不可避。
おそらく原作はここまで物語を掘り下げてはおらず、さっきChatGPTも言ってたからそれなりに信じられると思うのだが、序盤に出てくるブギーマンに家族を殺されたと訴える男の話だけで終わってるはずである。内容を忘れている以上は偉そうに言えないが『深夜勤務』の他の収録作の傾向でいえばこの時期のキングは結末をあえて曖昧にしてゾッとする余韻を残す手法を取っていて、そこから考えればこの原作もブギーマンに家族を殺されたと訴える男の話は本当なのか、単にどうかしているヤバイ人なだけじゃないのか、と思わせつつもそれが現実なのか妄想なのか決定的な答えは出さずに、でも読者が夜クローゼットを覗くのがちょっと怖くなる…とそんな短編になってるはずである。
それを長編映画用に肉付けすればこうなるという例がこの『ブギーマン』なのだがー、まぁ中盤ぐらいまでは現実か妄想かという心理ホラー的な方向で怖がらせるのでいいとしても終盤はモンスターとのバトルとかガンガンにやるので妄想もクソもなくしたがって原作に(たぶん)あったゾッとする余韻などは綺麗さっぱり消えている。大きな音がたくさん出るモンスターとのバトルを入れた方が盛り上がるのは間違いないかもしれないが…ゾッとする余韻よりも銃だのナイフだのが飛び交う最近のアメリカのホラー映画によくあるド派手な盛り上がりを取ってしまったら、残るのは既視感だけじゃないかとおもう。
この監督は音で怖がらせる演出が好きなようでこの前映画館でやってた『ダッシュカム』もでかい音にびっくりする映画だったがこちらも終盤はでかい音とでかい音のぶつかり合い、こうなると怖くないどころではないが、わりと最初の方は壁の向こうや上の階からのちょっとした音というのを効果的に使って不気味なムードを出しており、ベタだな~とは思いつつもその怖がらせ方にはわりと好感が持てたりした。まぁ大人の事情もいろいろあるんだろうが、その静かな恐怖路線で最後まで貫けばよかったのに、客ウケを狙ってモンスターをはっきり見せてバトルホラーみたいにしちゃったのがやっぱダメっていうか、台無しというほどではないにしても興を削ぐところだったな。
でもそれは裏を返せば最初は心理ホラーで中盤はモンスターホラーで最後はバトルホラーと一粒で三度おいしい映画ということでもあるので、なんかあれでしょう、記憶には残らないかもしれないけどとりあえずなんかB級ホラーの安定した感じのやつ観たいってときにはちょうどいい映画なのかもしれないな、こういうのは。
【ママー!これ買ってー!】
今知ったのだがキングの初期の本はほとんど絶版になっていてこの『深夜勤務』も電子書籍どころか本屋さんにも置いてないらしい。先言ってよ捨てちゃったじゃん…。