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監督主演ケネス・ブラナーの映画版ポアロシリーズ第三弾にあたるこれがシリーズで一番ちっちゃい話なのに一番おもしろく感じたのは多分に俺がこういうやつに馴染んでいたからというのがありこういうやつとはホラーテイストのミステリーのこと。なにやらオバケやら魔術師やらみたいな超常的な存在が出てきますわな。それで人が死んだりしますわな。呪いだ! オバケやら魔術師やらの仕業だ! とみんな恐れますけれども主人公の名探偵は恐れることなくいやこれはトリックです、オバケやら魔術師やらはこの世に存在しないッ! と理性で原始的な恐怖を一刀両断、見事オバケやら魔術師やらの化けの皮を剥いでそれが殺人者もしくはその仲間の仕業であることを突き止めてめでたしめでたしそして名探偵は次の殺人事件の待つ場所へ…とこうなる。
こんなの多感な時期にテレビでずっと観てたね。それは堂本剛×ともさかりえのコンビが時代を感じさせるドラマ版『金田一少年の事件簿』であり渡部篤郎は今でもこれがベストアクトだと俺は信じて疑わない『ケイゾク』でありそして仲間由紀恵と阿部寛を一躍スターダムにのし上げた『TRICK』であり…って要するに堤幸彦ドラマです。とくに『金田一少年の事件簿』ね。『ケイゾク』とか『TRICK』はシュールなコメディのタッチも強いのでホラー的な要素は出てきてもホラーっぽい感じはあんまりないですけど、『金田一少年の事件簿』はホラー色が強く子供心に怖かった。トラウマとまでは言いませんけど初回スペシャルの『学園七不思議殺人事件』に出てきた殺人鬼の仮面は強くハートに刻まれてしばらくお風呂とかで目をつむれなくなったんじゃないだろうか。
そういうのが俺のミステリー原体験なので小学校高学年になってからアガサ・クリスティーなど教養的に読み始めるとぶっちゃけ純粋なフーダニットの『オリエント急行殺人事件』とか『アクロイド殺し』みたいな代表作っぽいやつはあんまり面白くなく、『ABC殺人事件』とか『そして誰もいなくなった』みたいなホラー感のあるやつの方が面白かった。というわけで映像が明るくラッセンのイルカ絵を思わせるデジタルな色彩が特徴的なフーダニット+旅行映画だったブラナー版ポアロの前二作『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』よりも、あらゆる面で前二作の反対をいくかのような、すなわち画面が暗く、色彩は非デジタルな暖色系、舞台はベネチア市街地のカビ臭い屋敷の中のみで、謎解きのヒントは最小限でかつトリックもショボイので謎解きの面白さは少なく、ついでに言えば出演者もオールスターキャストだった前二作と比べて遙かに地味な、もっぱらゴシック風のホラームードを楽しむために作られたB級ホラーのようなこの『ベニチアの亡霊』の方が、俺の肌には合ったんである。
いいじゃないですか、ハッタリきかせたびっくらかし通称ジャンプスケアが多くてね。ポアロが洗面台から顔を上げると鏡に映った自分の背後に血まみれの幽霊が! みたいな超ベタなやつを臆面もなくやる。それも一回や二回じゃなくて事件の夜となるとほとんどひっきりなしと言っていいほどだ。前二作との違いはカメラにも表れる。『オリエント急行殺人事件』も『ナイル殺人事件』もオールスターキャストの群像劇(この手の映画を昔はグランドホテル形式と呼んだというが今もう全然伝わらないだろうな)のためかすっきりと整った構図が中心だったのだが、こちら『ベニチアの亡霊』は広角レンズで画面両端が大きく歪み、それを強調するために壁際にカメラを置いて遠近を強調する、カメラを斜めにして角度にも歪みを加える、などの方法を用いたトリッキーな画面の連続。それもまたホラーのムードを高めるに一役も二役も買うわけだ。
それにしても前二作とここまでスタイルが違うととてもお話が繋がっているようには思えない。いったいケネス・ブラナーに何があったのかと思う。なんだかんだ性善説に則った好人物ばかり出てきて最後も一応はハッピーな感じで幕を閉じた前二作と異なり今回は自己中心的で欲望にまみれた人間ばかり出てくるので映像も暗いが厭世観アリアリで後味も暗い。ポアロの引退宣言後から始まる映画なのでベネチアで変化のない隠遁生活を続けるポアロの孤独な心情を反映したものかもしれないが、この急な変貌っぷりには驚いてしまう。まぁでも最後はね…なのですが。
てな感じで俺は楽しめたのだが、とにかく相当に急ハンドルを切ってきてるので全二作の明るくて華やかな感じが好きだったという人はガッカリな映画かもしれない。それ聞いてみたいよな。ポアロもクリスティもとくに興味なかったけどブラナー版ポアロの前二作はゴージャスで楽しかった! っていう人はこれどう観てどう感じたんだろうか。こういうのが撮れるんならブラナーにはポアロから離れて『そして誰もいなくなった』の方を撮ってほしいとか俺は思うのだが。
【ママー!これ買ってー!】
ハロウィーン・パーティ (クリスティー文庫) Kindle版
原作だそうですがこれは存在すら知らなかったなぁ。『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』とポアロものの代表作を二作続けた後になぜこんな埋もれた作品を。
一応「ハロウィーンパーティー」が原作って事にはなってますが、小説を読んでる身としては首を捻らざるを得ませんね。
舞台設定や登場人物、動機に犯人と何から何まで原作から変えられているので、ほぼオリジナルだと思ってほしいです。
全部違うじゃないですか!それはもうオリジナルっすね…。
映画作る方はオリジナルでやりたかったけどポアロのキャラ使ってるから原作クレジットなしだと版権管理団体からクレームがつくとかそんな理由で無理やり原作付きってことにしたんでしょうか…?
フランス人に間違われたくないベルギー人であり基本イギリスで活躍したポアロが原作無視でわざわざベネチアに隠遁してそこで事件が起きるってことはジャッロっぽいのを作ってみたかったとか?いやなんでケネス・ブラナーがそんなの作りたかったのかは知んないけど笑
『赤い影』みたいのやりたかった説は捨てきれないかもしれません…