《推定睡眠時間:50分》
環境活動家の人が使う用語にグリーンウォッシュというのがあって、たとえば環境に配慮したりフェアトレードを推進したりして何々認証みたいのを受けるとその企業はウチは他者よりもクリーンですみたいな感じになって製品価値が上がるじゃないですか、でも実はその認証のために契約してる外国の下請け会社では環境破壊や人権侵害が蔓延してたりして、その場合その会社と契約したことで何々認証を受けて表面的にはクリーンなイメージをまとった企業は、本当は全然クリーンじゃないってことになる。そうしたブランドイメージ向上のためだけに諸々配慮してますよ系の認証を受ける行為をグリーンウォッシュと言うんですって。ふぅん。
それとは全然別の話ではあるのだがそんなウォッシュ行為は日本の映画配給にも存在し、例として『たちあがる女』というアイスランドの映画は環境テロリストが一人で軍の貯蔵庫から爆薬盗んでプラスチック爆弾を製造して鉄塔を破壊するようなハードコアな映画なのだが日本の配給会社はこれを北欧のちょっぴりおかしなハートウォーム主婦コメディみたいな感じの惹句とポスターで作品を売り込んだためうっかり騙されて観に行った俺はたいへんな衝撃を受けることとなった。
この衝撃は当然良い意味での衝撃なので配給さん騙してくれてありがとうなのだが、ともあれこれが作品の内容と著しく乖離した宣伝で作品イメージを上塗りするウォッシュ行為、名付けてほんわかウォッシュであることには変わりなく、そしてハード系洋画のほんわかウォッシュはマダム客が来がちなハイソ系ミニシアターの上映作品では案外珍しいものではない。この映画『私の大嫌いな弟へ ブラザー&シスター』もその一つであった。
原題『BROTHER AND SISTER』になにやらハートウォームな一文『私の大嫌いな弟へ』が接続されたこの邦題から大抵の人が想像するのは「もう! あんたなんか大っ嫌い!」みたいな、本人は真面目に怒っているが周囲の人々からすればやれやれまたかよく喧嘩するねぇあの姉弟は、ま、喧嘩するほど仲が良いって言うしなハハハ、みたいな寅さん的な関係性ではないかと思われるが、『私の大嫌いな弟へ』の共に著名人な主人公姉弟は誹謗中傷だのなんだので裁判をやっているぐらいガチで仲が悪く、それぞれの近しい人たちは口々に「もうあいつと関わるなよ…あいつそのうちお前殺すぞ…」とか真剣に言うぐらいのドン引き険悪ムードを漂わせているのであった。
詳しい理由は説明やシーンの省略を多用する監督アルノー・デプレシャンの作風もあってあと俺が半分以上寝ていたこともあって(たぶんそれが原因の9割)よくわからないのだが、とにかくこの二人は仲が悪いのでパーティやらなにやらの席で合わせたくない顔を合わせれば無視しよう無視しようとしても無視することができずにいがみ合い怒鳴り合い殴り合いは周囲の人たちの制止で辛うじて回避という始末。もうホントに怒鳴ってばかりいて全然話が進展しないから眠くなってきちゃって怒鳴り声に驚いて目を覚ますがまだお前ら喧嘩してんのかよと呆れながら再び睡眠を何セットか繰り返してしまった。
これだけ仲が悪いのにとくに関係改善の前兆もないまま終盤になると突如二人で関係修復宣言。なんだそりゃと思っていたら今度は弟がよくわからない理由で自殺しようとして周囲の人間が心配する中で姉だけは「さっさと死になよ」と笑いながら煽ったりする冷血を披露。なんなんだ、なんなんだよお前ら! 『羅生門』の雨宿り下人でもないのに「さっぱりわからねぇ」と思わず脳内で呟いてしまうところである。
ただどうも、その激しい敵対関係の背後にあるのは純粋な憎しみではないようだ、ということがこの捻れた奇妙な関係を眺めていると朧気ながら見えてくる。二人が一つのベッドを共にする終盤のシーンの姉弟というには少し近すぎるような距離感からするに、おそらくそれは愛である。兄弟愛とか家族愛とかそんな穏やかなものではない。男女の間の愛、それもプラトニックではない生々しい愛である。それが二人の間にはある、もしくはあった…かもしれない。
そうと思えばこの二人がかくも激しく反目することにも少しは理解ができようもので、きっと二人は一線を超えてしまったから、その罪悪感によって無理矢理お互いを引き離しているのだ。無理矢理引き離してはいるが本心ではそうではないだろう。だって一線を超えるぐらいの激しい愛なのだし。だからそのジレンマが敵対行動として爆発する。そうでもしないとまたくっついてしまうから、とお互い無意識的に感じているのではないだろうか。ホロ苦ハートウォーム家族ドラマと見せかけて近親相姦。すさまじいほんわかウォッシュっぷりである。
画面に顔を出すことすらない弟の息子の通夜で幕を開ける奇抜な導入、なにがどうなってそうなったのかよくわからない自動車事故による突然の転調等々、突拍子のない行き当たりばったりのような展開はデプレシャンらしいところ。姉役の武闘派マリオン・コティヤール、何考えてんだかよくわからない不気味さが妖艶さを醸し出すときがあってさすがだなと思った。なかなか変で見応えのある映画でしたね。うん、そういうことにしとこう。
【ママー!これ買ってー!】
日本で姉弟近親相姦といえばエロ漫画かフランス書院のネタでしかないがさすがヨーロッパは性愛に対する理解が深い、こちら『山の焚火』は直球の姉弟近親相姦ものでありながらその物語と映像は神話の粋にまで高められております。