急行映画『オクス駅お化け』感想文

《推定睡眠時間:20分》

俺史上のこの幽霊がこわいベストテンの一つにランクインしているのはPS2の『サイレントヒル4』のオープニングムービーに出てくる幽霊なのだがこいつは前屈姿勢で宙に浮いて地下鉄駅のホームを単なる通行人のようにただ通り過ぎる、だけ。それが怖かった。これはなかなか言葉にしにくいのだが、人間に襲いかかってくる幽霊というものに個人的にあまり怖さを感じない。というのもそれはあまりに人間視点で嘘くさく、映画でも小説でもなんでもいいのだが、創作の都合で人間に敵意をもって近づいてきているように感じて、ちょっと白けてしまうのである。

なぜ幽霊が怖いかといえばたぶんきっとそれが人間のような形をしているのに人間とはまったく別のルールで動く意思疎通も理解も不可能な何かと人の目には映るからではないかと思う。だから、『サイレントヒル4』のオープニングムービーに出てくる前屈姿勢のままちょっと浮いてただ通り過ぎるだけの幽霊は、なにか人間の存在など一切意に介さず勝手に動いている感じがあって俺にはかなり怖かったのだ。まぁゲーム本編ではガンガン突進してくるから逆に全然怖くないんすけどね。

そんでこの『オクス駅お化け』ですがポスターに駅のホームでのけぞった長い髪で表情の見えない女の人が写っていたからこれがオクス駅お化けかー、なんとなく『サイレントヒル4』のオープニングムービーに出てきてあのお化けの感じがあって怖いなー、などと思っていたのですが、序盤で判明「オクス駅お化け」とはこの女の人ではなくこの人はどちらかと言えばお化け犠牲者の方っぽいというか…なのであった。

これは結構ガッカリな出来事であったのだがこちらのガッカリなどいちいち気にしたりしないで次から次へと考える暇もないほどの猛速で面白イベントをぶちこんでまぁ何個かガッカリポイントがあったとしても数打ちゃ当たるでトータル客も納得するだろ的な作劇が最近の韓国映画界のトレンドである。であるからしてこの映画もずんずんずんずんと先に進んでしまってとても怖がってなどいられない。お化けもののホラー映画とかいう数ある映画ジャンルの中でもテロリストアクションと並んでお話理解のイージーなカテゴリーの作品にも関わらず20分かちょっと寝てしまったらもうお話がわからなくなっていたのだから相当なものだ。上映時間エンドロールも含めて80分。なるほどゆっくりとお話を進めている余裕などなかったのだろう。普通に100分ぐらいにすればいいのにと思うが。

というわけで『オクス駅お化け』、こわくなかった。世に言うところのジャンプスケア訳してびっくらかしを使いすぎとの声もあるが問題の本質はどうもそこではないような気がする。何もかもがとにかく歯切れ良くチャッチャと進みすぎなのだ。あまりにもハイテンポで進むのでホラーのムードもへったくれもなく1.3倍速とかで観てるのかと思った。おそらく作っている側は最近のアメリカのポップコーン・ホラーに範を仰いでいるんじゃないだろうか。

幽霊だろうが殺人鬼だろうがその他諸々の怪物だろうがとにかく最近のアメリカのホラーは早い。この人物はこういう人で、舞台となる場所はこういう場所で、その場所にある曰くとはこういうもので…などとくどくど説明なんかするのはA24みたいなアート寄りの低予算ホラーだけで、メジャー路線のホラーは『死霊館』シリーズなど顕著だが、とにかく見せ場に次ぐ見せ場、絶叫に次ぐ絶叫、バトルに次ぐバトル、とこんな具合であり、あぁまったく、情緒がないことこの上ない。配信で映画を観る客は5分何も起きなかったら別の映画を見始めるのでそうした時代におもねった作劇なのだろう。要は金のためなら背に腹は代えられぬということである。

地下鉄という場には特別な魅力と恐さがあって、それは都会の喧噪と臭気に溢れた日常世界を歩いていたと思ったら気付かないうちに何の音も臭いもしない人間味の失せたコンクリート製の非日常世界に入り込んでしまったりする、日常と非日常の壁の薄さに由来するのだろうと俺は思ってる。地上駅は人がいなくても大抵なんらかの息づかい(昆虫の鳴き声とか風の音とか)で溢れているものだが、地下鉄はそうじゃない。電車が到着すれば一時的に人で溢れたホームもボーッと一分かそこら突っ立っていたら周囲に誰もおらずそこにいるのは自分だけ、なんて状況はそう珍しくはないですよね。

それに地下鉄の構造は複雑でどこがどこと繋がっているのかよくわからない。内装は殺風景で変化がなく、まるでどこまでも続いているかのようだ。同じ形をした重そうな鉄製のドアは通路にいくつもあって、その多くは部外者にはどこに繋がってかわからない。まぶしいほどに照らされたホームに立って少し視線を傾ければそこには一転闇に包まれたトンネルが見える。錆びた壁。どこからか流れ出る雨水。掃除の行き届いていない時代遅れのトイレ。そのすべてがよくよく考えればまったく不自然で奇妙なのだ、地下鉄という場は。

都市の中の異界としての地下鉄は、だから都市伝説のたぐいが尽きないし、この映画『オクス駅お化け』もまた都市伝説が元ネタになっているらしい。オクス駅の地下には今は使われなくなった廃ホームがあり(これは事実らしい)、そしてそこには…しかし、そんな地下鉄独特の魅力と恐さはこの映画には残念ながらなかった。結局、この映画はすべてが早すぎて、スクリーンの中で繰り広げられる光景にこちらが何かを感じる前に、さっさと次のシーンに行ってしまうんである。

脚本はイ・ソヨンと高橋洋の連名(脚本協力で白石晃士のクレジットもあり)になっているが、内容的には高橋洋の脚本代表作『リング』とギミックが被るところが多く、詳細知らんがこのへん『リング』が東アジアでかなり売れてパチモノ映画まで作られたりするぐらいだったということが背景事情としてあるんじゃないだろうか。台湾映画には今でもJホラーの影響濃厚な作品が多いが、『オクス駅お化け』もまた『リング』的なJホラーの空気を取り入れようとした作品だったのかもしれない。ただし再三の嫌味な文句になるがそのJホラー感というのも早すぎる展開、早すぎる演出、早すぎる芝居、早すぎる編集、とにかく全方位的に早すぎるせいで結構台無しなのであるが。

まぁ80分の映画だし時間空いたから軽く映画でも観るかという時には有用という意味で早いことが必ずしも悪いとは言わないが、とはいえねぇ、そういうのはお化け映画じゃなくてスラッシャー映画とかでやってよと思うんですがねぇ。あ、あとお化けがガッツリ人間に絡んでくるところも怖くなかったです。なんだ、じゃあ早いとか早くないとか関係なくダメじゃん、それストーリーの核なんだから。ははは!

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地下鉄の異界性を最大限引き出した地下鉄ホラーといえばやはりこれ。夢の中をさまよっているような感覚がたまりません。

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